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碧斗に行ってほしくなさすぎて詰んでる
俺はスマホを手に持ちここから数駅先の雑居ビルが立ち並ぶエリアへと走った。
もし本当に碧斗がクラブに行っているのだとしたら、検討はついてる。
昔碧斗が話しててくれたことがある。
『悪でいると悪が付いてくる。人間そうなるようになってるんだよ。最初の頃は俺もよく周りの不良にクラブに行こうって誘われてたし』
『はぁ?だいたいなんでクラブなんか行けるんだよ、俺たち高校生だろ!?』
『知り合いがやってるクラブが二駅先にあるんだって。そこなら未成年でも顔パスで入れてくれるんらしいんだよ。でももう行かないけどね。凪たちになにか危害が加わったら嫌だし』
「はぁ……はぁ……!」
息が上がって喉が焼けるように痛い。
すれ違う人が不審そうに俺を見る。
構っている余裕なんてなかった。
頼む、いないでくれ……。
碧斗はもう足を洗ったって言ってただろ?
俺が好きな碧斗のままでいてくれ。
駅前の喧騒を抜ける。
路地裏へ入ると空気が淀んでいくのが分かった。
腹に響く重低音。
間違いない。ここだ。
店の前にはガラの悪い連中がたむろしている。
足がすくみそうになった。
けれどここで引くわけにはいかない。
俺は意を決して踏み込んだ。
するとその時。
店の脇にある薄暗い裏路地から声が聞こえてきた。
「やっぱりクラブは最高だよな」
「碧斗が久々来てくれたから盛り上がったわ」
俺は声のする方を見てみると……そこに碧斗はいた。
なに、してんだよ……。
数人の男たちが壁に寄りかかり、タバコを吸っている。
それをつまんなそうに見ている碧斗がいた。
もうここには来ないって言っただろ!
俺たちを大事にしたいって言ってただろうが!
俺は居ても立ってもいられず、路地へと足を踏み出した。
「碧斗!」
「凪……!なんでここに……っ」
碧斗が驚いた顔をする。
俺の声に、周りの男たちも反応した。
「なんだこいつ?」
視線が一斉に俺に突き刺さる。
「碧斗帰ろう!こんなところにいたらダメだ!」
俺が碧斗に近づこうとしたその時、ひとりの男が俺の前に立ちはだかった。
ピアスが開いていて、タバコを吸っている頭ひとつ分はデカい男だ。
「あぁ?なんだこのちんちくりんは」
男は吐き捨てるように言うと、俺の手を乱暴に掴んだ。
「痛……っ」
「ケンカ?なら受けて立つけど?」
「ひっ……!」
話が通じない。
碧斗……お前、なんでこんなやつらと一緒にいるんだよ!
腕をギリギリっと掴まれ恐怖で足がすくむ。
でもここで引くわけにはいかなかった。
掴まれたまま、必死に男の背後にいる碧斗に視線を送る。
「碧斗!帰るぞ。お前はこんなところにいたらダメだ!」
お前はそいつらと同じタイプじゃない。
もう昔のお前には戻らないって言っただろう。
「碧斗!」
もう一度名前を呼ぶ。
すると碧斗はゆっくりとこっちにやってきた。
良かった……。
碧斗が思い直してくれたことにほっとする。
すると碧斗は言った。
「篤郎くん、もういいじゃん。早くまた中入ろうよ」
「碧斗……っ」
なんで……。
「だってさ、この人……どう考えても俺たちと住む世界が違うじゃん」
──ドクン。
なんだよ、それ。
住む世界が違うって本気で思ってるのかよ。
だったらお前、おかしいよ。
ずっと俺たちと一緒にいただろう?
碧斗はもうそっち側の人間じゃねぇだろ!
「行こう」
碧斗はそう言って俺から目を逸らし、男たちの肩を叩いて促した。
「それもそうだな」
そして男は俺をポイと突き飛ばすと、立ち去ろうとする。
碧斗はバカだ。
そうやって言えば俺が諦めて帰るとでも思ってんのか?
じゃあしょうがないって思うとでも思ってるのか?
そんなことするわけねぇだろ!!
「ふざけんな!待てよ!」
触るな。
そんな汚い手で碧斗に触るな!
俺は目の前にいた男の腕を掴んでしがみついた。
「んだよ、てめぇ!放せ!」
男が腕を振り回す。
「碧斗は、お前らなんかと一緒にいる男じゃない!」
俺の叫びに碧斗がはっと顔をあげた。
すると篤郎と呼ばれた男の顔が怒りに歪む。
「このガキ……調子に乗りやがって!」
男が大きく拳を振り上げる。
殴られる!
俺が目を固く閉じたその瞬間。
ガッ、と骨が軋むような鈍い音がした。
恐る恐る目を開けると、俺の目の前で碧斗が男の拳を寸前で掴んでいた。
碧斗の黒髪が顔にかかり、その表情はよく見えない。
だけど、その場を支配するような冷たい空気がそこには存在していた。
「……篤郎」
碧斗が静かにつぶやく。
「もしかしてと思うけど……今、殴ろうとした?」
「……っ、い、や……だってこいつが」
「だってじゃなくてさぁ……俺行こうって言ったよね?」
碧斗が腕にギリと力を込める。
「いっ……てぇ!離せ、碧斗!」
男の顔が恐怖と苦痛に歪む。
「じゃあその手、下げろよ」
低い声でそう放つ碧斗。
「分かった、分かったから……」
その声には、俺もこの男たちもその場にいた全員が凍り付いた。
そして最後に言い放った。
「……二度と、凪に触るなよ」
「なんだよ、お前から声かけて来たくせに!もう関わんねぇよ!」
男は「……行くぞ」という言葉だけを絞り出すと、仲間たちと共に足早に路地裏から去っていった。
路地には俺と碧斗のふたりだけが残される。
沈黙が気まずい……。
なにを言っていいか分からなくて、しどろもどろになっていると碧斗は言った。
「こんなところ、凪は来ちゃダメだよ」
そう言って立ち去ろうとする。
「待てよ!」
俺が声をかけると、その肩がわずかに揺れた。
「なんで……なんで、こんなところにいるんだよ!お前、もうあいつらとは関わらないって……言っただろ」
「…………」
「なんで、約束破るんだよ……!」
俺の言葉に、碧斗がゆっくりと振り返った。
その顔には悲しみの表情が灯っていた。
「……俺と凪は生きてる世界が違うからだよ」
俺はギリっと手を握る。
「違くない!」
「違うよ……!俺は、ずっとそうなんだ。誰も俺を必要としてくれる人はいない。その場が楽しければいい。そういう関係しか築けないんだ。色んな人に愛される凪とは違う」
俺は碧斗の胸倉を強く掴んだ。
あいつが勝手に引いた境界線を壊したかった。
「勝手に住む世界が違うとか言ってんじゃねぇよ!じゃあお前は……俺たちと過ごしてきた時間はなんだと思ってんだよ」
違う世界の人間だからと思って一緒にいたのか?
どうせ仲良くはなれないしなって心で思ってたのか?
そうじゃねぇだろ!
「俺は……お前といたいから一緒にいる。最初からずっとそう伝えてるだろ!」
叫ぶように碧斗に伝えた。
けれど碧斗は自嘲気味に笑った。
「凪は……優しいから。そうやって言ってくれる。だから俺は勘違いしたんだ」
碧斗は自分の手をだらんと下げた。
「勘違いして、好きになった……一番好きになってはいけない相手を」
苦しげに言葉を紡ぐ。
その苦しみがこっちにも伝わってくるようだった。
碧斗……。
「……ごめん、凪のこと好きになって」
その顔は、泣き出しそうなのに無理やり笑顔を作っている。
違う。
俺が見たかったのはそんな顔じゃない。
「碧斗……謝るのは俺の方だ」
震える声で告げると、俺は一歩だけ彼との距離を詰めた。
「俺、聞いたんだ……悠馬と、一樹から」
「……っ」
碧斗の肩が強張る。
「お前が俺を思ってしてくれてたことがたくさんあること……俺、ずっと分からなくて」
あんなに近くにいたのに何も見ていなかった。
すると碧斗は力なく首を振って視線を逸らす。
「分かるわけないよ。男が男を好きなんて理解できなくて当然だ」
「そういう話をしてるんじゃない!」
俺が声を張り上げると、碧斗が驚いたように目を見開いた。
普通じゃないとか、俺は別世界の人間だとか……そうやって自分をのけ者にして欲しくない。
だって碧斗は碧斗だろ?
俺の見ている碧斗はしっかりもので優しくて、包み込んでくれる温かさを持ってる。
自分だけみんなと違うなんて言わないでくれ……。
「俺は男が男をとか……そんなことどうだっていい!今は碧斗の話をしてるんだ。ずっと俺のこと思ってくれてたのに……一番近くにいたのに、碧斗が嫌がることして傷つけちまった。本当に、ごめん」
俺は深く頭を下げた。
碧斗が唯一これだけを嫌がったのは、利用された過去があるから。
利用されていただけで本当に自分は必要とされていないって分かってしまった時、碧斗はひどく傷ついただろう。
だからしっかり言わないといけない。
「俺は……あんなことしちまったけど、一度も碧斗と一緒にいると得になるからとか、女子に声かけてもらえるからとか思ったことねぇから」
「本当に?」
消え入りそうな声だった。
「ああ、本当だ。俺はお前といるのが楽しくているし、くだらないことで笑い合える時間が好きだ」
碧斗の瞳が大きく揺らぐ。
こわばっていた肩の力がふっと抜けたようだった。
「だから……俺の知らない碧斗にならないでくれ……。目の前から碧斗がいなくなるのは嫌なんだ」
昔のような碧斗に戻ってほしくない。
俺の知ってる優しくてかっこいい碧斗でいてほしい。
うつむいたままの俺に、碧斗の静かな声が降ってくる。
「……顔、上げてよ凪」
おそるおそる顔を上げると、碧斗は困ったように笑っていた。
「俺も、ごめん」
「え……?」
「凪にされたことがショックで、冷たい態度とったり、こんなとこに来て心のモヤモヤを発散させようとした。でも、全然ならなかったんだ……あいつらといても俺が考えてしまうのは凪のことばかり……俺って本当どうしようもないよな」
そう言って、碧斗は自嘲気味に笑った。
碧斗は、俺があんなことしても、俺のことを考えてくれていたのか。
胸が、ぎゅうっと締め付けられる。
もう嫌われたかと思った。
一緒にいたくないって思われてるのかと思った。
「……よかった。じゃあ俺のこと嫌いになったわけじゃないんだな」
俺が安堵の息を漏らすと、碧斗はどこか優しく微笑んだ。
「なるわけないよ。っていうかなれるわけない、っていうのが正解かな」
「碧斗……」
すると碧斗はポツリとつぶやく。
「また一から頑張ってもいいの?それとも無かったことにした方がいいかな?」
「なにが?」
「凪への気持ち」
碧斗は気まずそうに目を逸らす。
「あーいや……」
俺はぽりぽりと頭をかく。
「まぁ……無かったことにしなくてもいいし、頑張らなくてもいいじゃね?」
「えっ」
「その……元に戻るってことで」
なんで俺がこんなことを言っているのか自分でも分からない。
でもなんか案外付き合ってみるのでも悪くねぇかもって思っちまったんだ。
「元に戻るって別れる前に?」
「うん」
「付き合うってことだよ、それ」
「分かってるよ」
確認すんな!
改めて言われると恥ずかしいだろうが!
俺の言葉に碧斗は戸惑った顔を浮かべた。
「なんでお前がそんな顔するんだよ」
「だって……絶対フラれると思ってたから……」
まぁ俺自身もこうなるとは思ってなかったけどな。
「その……今度はノリで付き合うとかじゃねぇから……ちゃんとお前と向き合うつもりだ。そんで……っ、気持ちがハッキリしたら、俺も……ちゃんと伝える。それで、いいなら……」
こっぱずかしくて、だんだん声が小さくなってくる。
しかし、碧斗にはしっかり届いたようで彼は嬉しそうに笑った。
「本当に……いいの?」
「いいって言ってんだろ」
俺はぶっきらぼうに返した。
「……凪!」
すると突然碧斗が俺に抱きついてくる。
「うおっ!?」
いきなり抱きつかれて俺はよろめいた。
「苦しい……!加減しろ!」
「無理……嬉しすぎて死にそう」
碧斗が俺の肩に顔を埋める。
首筋に熱い息がかかってくすぐったい。
「夢じゃないよね?」
「夢じゃねぇよ」
「凪……好き」
耳元で囁かれる甘い声。
心臓がうるさいくらいに跳ねる。
俺はため息をつきつつも、その背中に腕を回した。
まあ……悪くないか。
碧斗の背中をポンポンと叩く。
ノリで付き合ったはずなのに、気づけば本当のお付き合い。
「ほら、帰るぞ」
「うん……」
碧斗が身体を離す。
(不思議なもんなだな……こういうのも悪くないって思ってるなんて)
差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。
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