稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~

cheeery

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はじめてのキス

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「そんなことがあったんですね……」

正直あまり覚えてはいなかった。

何歳の頃だろう。
ただ森に入ったことが後でお母様にバレて怒られたことは覚えていた。

私はあの時に雷神様に出会っていたんだ……。

「あの時からキミは優しい人間だった」

ライエン様の低い声が、胸の奥にすっと染みこんでくる。

ただ、目の前で苦しんでいる存在を放っておけなかっただけだ。

それなのに、こんなにも大きな存在の記憶に残っていたなんて……。

「優しいなんて……そんな、大げさです」

視線を落としながら言うと、ライエン様の影が近づいた。

すぐ隣に立つ気配。
そしてライエン様は私の手を取りながら言った。

「美鈴のことを……特別に思ってる」

「えっ」

私は思わず顔を上げた。
するとすぐ近くにライエン様の顔がある。

「美鈴」

──ドクン。
胸が大きく跳ねた。

彼の視線に射抜かれ、呼吸が止まる。

「ライエン、さま……」

その名を呼んだ瞬間、彼の手がそっと私の頬に触れ、ゆっくりと、彼の顔が近づいてきた。

私もライエン様のことを……特別に思ってる。
その特別は好きだという意味だ。

受け入れるように目を閉じると、柔らかな温もりが唇に触れた。

柔らかくて温かいキスだった。

はじめて……キスをした。
はじめて、人に特別な感情が湧いた。

視線を上げると、ライエン様の瞳が、まるで大切なものを見るように私を映していた。

彼は私のことを優しいと言ったけれど、優しいのはライエン様の方だ。

圧倒的力を持っていて、やろうと思えばなんでも出来てしまうライエン様が村のことを守ってくれた。

そして私に居場所を与えてくれた。

温もりに包まれながら、私は強く思った。

この人と共にいたい。
どんな未来が待っていても、ずっと一緒に……。

私とライエン様はそっと寄り添いながら、静かな時間を過ごした。

翌朝──。

柔らかな光が障子越しに差し込んできて、私はゆっくりと目を覚ました。

昨夜の出来事が、ふっと頭をよぎる。

ライエン様と、キスを……。
途端に顔が熱くなり、布団の中でごろりと転がった。

生まれてはじめてのキス……。

指先でそっと唇に触れると、じんわりとした温もりが蘇ってきてさらに胸がドキドキと暴れ出す。

どうしよう。
思い出すたびに心臓がうるさくて、とても落ち着いていられない。

しばらく布団をかぶったまま悶えていたが、このままでは朝の支度に遅れてしまう。

私は深呼吸をひとつして、立ち上がり部屋を出た。

そして長く続く廊下を歩き、みんなのいる場所までやってきた。

「し、失礼します……」

恐る恐る襖を開けると、そこにはすでにマルンとモルンが朝の支度をはじめていた。

「美鈴ー!おはようだゾ!」

「遅かったじゃないかジョ!」

無邪気に抱きついてくる二匹に朝のあいさつをする。

「ごめんね、遅くなって」

その視線の先に、ライエン様の姿があった。

ドキっと心臓が音を立てる。

「お、おはようございます……」

ぎこちなくそう告げる声。

「ああ、おはよう」

ライエン様の顔……見れない……っ。

「美鈴」
「ひゃいっ」

突然名前を呼ばれ、びくりと身体を揺らす。

「ん?」

「ああ、いえ……その」

雷神様の顔が見れない。

恥ずかしくてうつむいていると、雷神様は疑問に思ったのか訪ねてくる。

「どうした?体調が悪いのか?」

「そ、そうではなくて……」

ライエン様はなんとも思ってないの……?

「雷神様は察しが悪いんだゾー!」

……ん?

「キスしたから恥ずかしいに決まってるんだゾー!」

へっ!?
マルンとモルン、まさか……。

「僕たち昨日はおやすみを伝えに雷神様のところに行ったんだジョ。その時にそーっと障子をあけたら美鈴と雷神様が……」

「うわああああああ、マルン、モルンだめよ!」

慌てて声を張り上げた。

心臓が跳ね上がり、顔が一気に真っ赤になる。
まさか見られていたなんて……!

今度は見られていないか、ちゃんと気をつけるようにしないと……!

午後。
私はいつものように書庫に向かった。

書庫の中はしんと静まり返っていた。
今日はこの本を読もうかしら……。

分厚い棚の並ぶ間を歩き、ふと手に取った一冊の本。
何気なく開いたページに、見慣れない大きな文字が目に飛び込んでくる。

【神々の契約】

契約……?
ぱらりと指先で紙をめくると、そこには神様のことについて記されていた。

天を司る神、海を守る神、風を統べる神。
それぞれが人々の生活に密接に関わり、時に祝福を与え、時に試練をもたらす存在である。

神は均衡を守るために動いているのだと書かれている。

なるほど……。
そしてそこに契約のことが書かれていた。

神がキスをすること。それは契約の証である。

キスをした相手が危機に陥った時、神はその呼び声に応じて現れることができる。

人間に力を分け与え、守るための印。

「契約……」

そっか……そういう意味だったんだ。

少しショックだった。
てっきりライエン様も同じ気持ちなんだと思ってた……。

思わずページを閉じる。

自分だけ期待してしまった。

確かに朝も、ライエン様は顔色ひとつ変えていなかった。

ドキドキしていたのは……。

「私、だけ……」

あのキスはただ、神と人を結びつけるための印でしかなかった。

なにを期待していたんだろう。

好きだからしてくれたんだ、なんて勝手に舞い上がって。
ライエン様は圧倒的力を持つ神様だ。

私なんかを好きになるわけない。
その時だった。

障子の向こうから足音が近づいてくる。
すっと扉が開き、影が差し込んだ。

「……ここにいたのか」

ライエン様……。
大きな体に白い衣をまとい、彼は静かに書庫に入ってきた。

「少し用があって来た……なにを読んでいた?」

「あ、えっと……」

私は慌てて本を閉じた。
しかし、ライエン様の視線は私が手に持つ本にあった。

「……契約のことだったんですね」

胸に詰まっていたものが、思わず口をついて出てしまった。

「契約?」

「キスの意味ってその……やっぱり契約の証とか、ですよね。ここに住むにはキス、しないとダメだから……」

ライエン様の表情は変わらない。

それは肯定しているようにも見えてさらにショックを受ける。

「……本で読んだのか」

「はい……」

声が小さくなる。

あの口づけは、ただの契約。
守るための印。

勘違いしてはいけない。

「キスは契約の証に必要な時もある。でもそれをするのは特別な相手だけだ。そこまでは本で読まなかったのか?」

「へっ」

ライエン様に言われて、私は目を丸める。

「そ、そんなこと書いてなくて……」

「いいや。書いてあったはずだ。きっと美鈴がすぐに本を閉じたのだろう」

そ、そういえば……!

思い返してみると、ショックでそのまま本を閉じたような……。

私はかあっと赤くなる顔を手のひらで隠した。

「ショックだったのか……?」

「そ、それは……」

ライエン様は意地悪な顔で笑った。

「いじわる、です……分かってるくせに」

私がそう言うと、ライエン様はほんの少し口角を上げ目を細めた。
その眼差しがあまりにも優しくて直視できない。

気づけば、頬に添えられていた手が私の顔をそっと上げさせる。

「ライエン、さま……」

目と目が合う。
逃げ場のない距離で、私はただその視線に囚われる。

「美鈴」

──ドクン。

名前を呼ばれた瞬間、彼の顔がゆっくりと近づいてきて……。

「んっ……」

柔らかい温もりが唇に触れた。

す、き……。
触れているだけなのに、胸の奥がじんわりと溶けていく。

「これは契約の証なんかじゃないぞ」

「はい……」

想いがちゃんと届いている。

ライエン様は、もう一度深く唇を重ねてきた。

唇が離れたあとも、胸の奥に残る熱は消えない。

まるで世界が「ここに居ていい」と告げてくれているみたいに。
私は幸福の中で、そっと目を閉じた──。




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