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目を覚まして
しおりを挟む『これ以上は危険だ。――美鈴、雷鳴山へ戻れ』
その言葉と同時に、視界が白くなった。
「う”……」
全身がふわりと浮き上がる。
そして次に目を開ける頃には……。
「……ライエン様……!」
私は雷鳴山の見慣れた回廊に立っていた。
耳に届くのは、山を吹き抜ける静かな風音だけ。
さっきまでの轟音と雷鳴の渦とはあまりに違いすぎて、頭が追いつかない。
どうしてここに……。
「美鈴!」
「戻ってきたんだジョ!」
すると、マルンとモルンが慌てた様子で駆けつけてきた。
二匹の小さな体が私の足に飛びつく。
「良かったんだジョ」
「安心したんだゾ」
「2人とも……」
私は安心させるよう頭を撫でてから言った。
「……マルン、モルン!ライエン様が……!」
私が震える声で問いかけると、ふたりはうつむいた。
「美鈴が急にここに来たってことは、雷神様が送ったんだジョ。危ないからここに」
「美鈴を守るためにこうするしかなかったんだゾ……」
「守る……ために……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
つい先ほどまで嵐の中で、彼は風神と名乗る男と戦っていた。
あの人はかなり強い人だろう。
今、雷神様はあのままひとりで戦っているの?
「いか、なくちゃ……」
反射的に門の方へ走り出す。
「美鈴!」
「行ったらダメだジョ」
マルンとモルンが慌てて声をかける。
「戻らないと……!ライエン様が……!」
だって、あんな相手と1人で戦うなんて、身体を壊してしまう。
回路を飛び出し、雷鳴山の外に出る道を進む。
そして出口に行こうとするけれど、そこに立ちはだかる見えない壁に突き当たり、身体が弾き返された。
「きゃっ!」
押し返された……?
「っ……なに……これ……」
手のひらを押し当てると、透明な膜のようなものがびりびりと震え、小さな稲光が散る。
外に出られない!?
「無駄なんだジョ」
モルンが少しうつむいて言った。
「それは雷神様が張った結界なんだゾ」
マルンの声が静かに続く。
「美鈴を守るために……雷神様はここから出られないようにしたんだゾ」
「えっ……」
「雷神様が結界を張ったということは、もう来てはいけないということなんだジョ。今、雷神様がいる場所は危険、だから……」
「そんな……ダメです。あのまま一人で戦わせるわけには……」
あの人、私でも分かるほど強い人だった。
そして人を殺すことをなんとも思っていない目……。
ライエン様とは違う、怖い人だ。
すると、マルンも続ける。
「きっと僕たちが行っても足手まといになるだけなんだゾ」
私はその言葉を聞いて、唇を噛みしめた。
私が行っても何も出来なかった……。
むしろ手を煩わせるばかり。
私はうつむいた。
どうしようもない不安が押し寄せてくる。
私はただライエン様の帰りを待つことしか出来ない。
ライエン様は……。
『戻ったら伝えたいことがある。その時は聞いてくれるか?』
あの時なんと言おうとしていたの……。
それから私は毎日毎日、祈りを捧げながら雷神様の帰りを待った。
どうがご無事で帰られますように。
回廊の窓から見える天上の空は、昼も夜も変わらず澄み渡っているはずなのに、私の心は不安で仕方なかった。
こうして祈りを続け一週間が経った時。
「っ……!?」
回廊の中央に空間が揺らめいた。
稲光が走り、まるで空が裂けたように光の柱が降り立つ。
眩しさに目を覆った次の瞬間――そこに、ひとりの男の影が現れた。
「ライエン様……!」
叫んで駆け寄る。
だがその姿は、いつもの威厳あるライエン様のものではなかった。
白金の髪は乱れ、衣は裂け、全身が血に染まっている。
何より、力なく崩れ落ちようとするその身体。
「っ……!」
私は慌てて抱きとめた。
ずしりと重い体温と、弱々しい息遣いが伝わってくる。
瞳は閉じられ、意識はすでに失われていた。
「ライエン様! しっかりしてください!」
必死に呼びかけても、返事は返ってこなかった。
「……どうして、こんなに……」
彼の衣の下に、深い傷があった。
押さえると、また新しい血があふれる。
「だめ……血が止まらない。マルン、モルン。何か回復できるものはない?」
「ここまでの怪我は……難しいんだジョ」
「こんなには回復できないんだゾ」
マルンとモルンも焦っていた。
未だかつで雷神様がこんなにも怪我をしたことはなかったのだろう。
私にできることを今はするしかない。
「ライエン様……!」
声が震える。
「いや……いや、やだ……」
白い頬が、ひどく冷たい。外套を引きちぎるように裂いて布を作り、傷口に押し当てた。
止まれ、止まれと心の中で祈る。
血がにじみ、指先が濡れて冷たくなっていた。
「私が……助けます。だから……お願い、目を覚まして」
声がかすれて、泣きそうになる。
でも泣いてはいけない、泣いている場合じゃないと思った。
「ライエン様……」
目を閉じた横顔は、いつもよりずっと人間らしく、弱々しく見えた。
震える手が彼の頬をそっと撫でる。
まだかすかに温もりが残っていた。
生きている。
それだけがただ一つの希望だ。
お願い。
どうか……どうか……耐えてください。
私もあなたに伝えたいことがあるのです。
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