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第5章 花の墓標
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翌朝、曇りがちな空模様の下、奥村は再び喜連川の住むマンションへと向かった。
京都の街並みは、なぜか昨日よりも静かに感じられる。
部屋の前に立ち、呼び鈴を鳴らすとすぐに内側から鍵の外れる音が聞こえた。
扉がゆっくりと開く。
昨日と同じ、無表情な喜連川がそこにいた。
「……また、来たのか」
「はい、失礼します」
奥村は一礼して室内へと入る。
リビングへと通されると、昨日と同じく、壁には家族写真がずらりと並んでいた。
だが、今日はその写真たちの目線が、自分を見つめているように感じられてならな
い。
「座れ」
喜連川が指さしたソファに腰掛ける。
正面に座った喜連川は、無言のまま、じっと奥村の目を見つめている。
しばしの沈黙の後、奥村が口を開いた。
「……昨日、お孫さんの話をされたときに梶井基次郎と、CLAMPについておっしゃっておられましたね?」
「そうだが」
「昨夜、調べてみました。それぞれ「桜」や「紫陽花」でしたが、共通して「花の下にあるものが埋められている」、という話でした。なぜだかそれが引っかかっています。あの土地の桜と紫陽花にもしかしたらと、変な想像をしています.....。変ですよね」
自嘲気味にいった奥村を見る喜連川の目が、細く笑ったように見えた。
だが口元は笑っていない。
「よく調べたな…」
「……仕事ですので。ですが、私の変な想像どおりなら……気味が悪いと思います」
「それが、正常な反応だ」
喜連川は、静かに目を閉じてから、再び開いた。
その瞳には、何か決意のようなものが宿っている。
「――あの土地の桜の下には、ユリを。紫陽花の下には、アヤメを埋めた…」
奥村は声を出すこともできず、手のひらの汗を感じていた。
言葉は呑み込まれたまま、身体が動かなかった。
「二人とも病弱でな、外に出られる季節も限られていたが……春になると、ユリは満開の桜を眺めるのが何より好きだった。アヤメは、梅雨の紫陽花を毎年楽しみにしていた」
喜連川の声は淡々としていたが、その奥に確かに熱があった。
愛情、悔恨、哀惜――それらすべてを押し殺したような、重い言葉だ。
「ユリは桜を見ては文章を書き、アヤメは紫陽花を見ては絵を描いていた。それが…
…。」
「10年前のあの春、流行り病が双子を連れていった。あっけなかった。あまりに、あっけなくてな……。」
言葉の続きを語らず、喜連川は拳を膝に置いたまま、うつむく。
奥村はただ、黙って聞いていた。
息を飲むように、場の空気を乱さぬように。
「病院から戻ってきたユリとアヤメを抱えて泣いた。あれほど泣いたのは、生まれて初めてだった。ばあさんを亡くしたときよりも、もっと。――そして、あの子たちが大好きだった場所に、二人を……眠らせてやりたかった。桜の根元にユリを。紫陽花の下にアヤメを。そして静かに眠らせてやりたかった。だからあの屋敷を出た…」
「それで……花の下に、お孫さんを!?……」
奥村の声が驚きとある種の恐怖に震えている。
「そのとおりだ。あの花―あの娘たちの墓標―を切り崩して宅地にするだと? あの子たちの笑顔を、無機質なコンクリートに塗り替えるだと? ……それが、許されると思うか?」
喜連川の声は、低く、深く、重かった。
怒号ではない。
だが、何よりも強く心に響く。
奥村は返す言葉を失った。
「……夜にあの庭で何か聞こえたって話も、町内にはあった。怖がる奴もいると聞いたいたが……だとすれば俺にとっては、懐かしい声だ。あの場所だけは、あの子たちのままで、静かに咲いていればそれでいい」
喜連川はふと立ち上がり、壁に掛けられた一枚の写真を指差す。
そしてしばし、沈黙。
重苦しい空気の中、奥村は視線をユリとアヤメの写真に戻していく。
そこには、桜の木の下で、双子の少女が本を読みながら並んで笑っている姿が写っている。
その笑顔が――確かに、どこか“現在の時間”にいるように感じられる。
喜連川の顔も何かに陶酔したようなうっとりと、目は哀しみと慈しみを湛えたような筆舌に尽くしがたい表情を浮かべていた。
「……おまえには、まだ聞こえないか。あの花の下から……あの子たちの笑い声が」
奥村の背筋に再び冷たいものが走る。
写真から、まるで今にも声が聞こえてきそうだ。
――くすくすと、微笑むように。
――泣きそうに、さみしそうに、楽しそうに。
奥村は無言で立ち上がり、口元を硬く引き結んで一礼した。
―もし、何の許可もなく遺体を埋葬したとすれば、喜連川を連れて警察に連れていくべきなのかもしれない。―
一瞬、脳裏に喜連川の行ったことを公にすべきという考えが浮かんだが、喜連川の
有無を言わせぬ表情、何よりも双子の姉妹を
―このまま静かに眠らせてあげたい―
そのような考えが頭の中を占め、目の前の老人に何かする気は起きなかった。
法的な問題も考えられるが証拠はない。
何よりこの時は法的な義務よりも、姉妹を哀れに思う感情が勝っていた。
―ならばこのまま立ち去ろう。―
「……失礼します。今日は……ありがとうございました」
喜連川はそれ以上、何も言わなかった。
奥村がドアを閉めたとき、部屋の奥からふっと――“ふふふ”と笑い声のような音が、確かに聞こえた気がした。
京都の街並みは、なぜか昨日よりも静かに感じられる。
部屋の前に立ち、呼び鈴を鳴らすとすぐに内側から鍵の外れる音が聞こえた。
扉がゆっくりと開く。
昨日と同じ、無表情な喜連川がそこにいた。
「……また、来たのか」
「はい、失礼します」
奥村は一礼して室内へと入る。
リビングへと通されると、昨日と同じく、壁には家族写真がずらりと並んでいた。
だが、今日はその写真たちの目線が、自分を見つめているように感じられてならな
い。
「座れ」
喜連川が指さしたソファに腰掛ける。
正面に座った喜連川は、無言のまま、じっと奥村の目を見つめている。
しばしの沈黙の後、奥村が口を開いた。
「……昨日、お孫さんの話をされたときに梶井基次郎と、CLAMPについておっしゃっておられましたね?」
「そうだが」
「昨夜、調べてみました。それぞれ「桜」や「紫陽花」でしたが、共通して「花の下にあるものが埋められている」、という話でした。なぜだかそれが引っかかっています。あの土地の桜と紫陽花にもしかしたらと、変な想像をしています.....。変ですよね」
自嘲気味にいった奥村を見る喜連川の目が、細く笑ったように見えた。
だが口元は笑っていない。
「よく調べたな…」
「……仕事ですので。ですが、私の変な想像どおりなら……気味が悪いと思います」
「それが、正常な反応だ」
喜連川は、静かに目を閉じてから、再び開いた。
その瞳には、何か決意のようなものが宿っている。
「――あの土地の桜の下には、ユリを。紫陽花の下には、アヤメを埋めた…」
奥村は声を出すこともできず、手のひらの汗を感じていた。
言葉は呑み込まれたまま、身体が動かなかった。
「二人とも病弱でな、外に出られる季節も限られていたが……春になると、ユリは満開の桜を眺めるのが何より好きだった。アヤメは、梅雨の紫陽花を毎年楽しみにしていた」
喜連川の声は淡々としていたが、その奥に確かに熱があった。
愛情、悔恨、哀惜――それらすべてを押し殺したような、重い言葉だ。
「ユリは桜を見ては文章を書き、アヤメは紫陽花を見ては絵を描いていた。それが…
…。」
「10年前のあの春、流行り病が双子を連れていった。あっけなかった。あまりに、あっけなくてな……。」
言葉の続きを語らず、喜連川は拳を膝に置いたまま、うつむく。
奥村はただ、黙って聞いていた。
息を飲むように、場の空気を乱さぬように。
「病院から戻ってきたユリとアヤメを抱えて泣いた。あれほど泣いたのは、生まれて初めてだった。ばあさんを亡くしたときよりも、もっと。――そして、あの子たちが大好きだった場所に、二人を……眠らせてやりたかった。桜の根元にユリを。紫陽花の下にアヤメを。そして静かに眠らせてやりたかった。だからあの屋敷を出た…」
「それで……花の下に、お孫さんを!?……」
奥村の声が驚きとある種の恐怖に震えている。
「そのとおりだ。あの花―あの娘たちの墓標―を切り崩して宅地にするだと? あの子たちの笑顔を、無機質なコンクリートに塗り替えるだと? ……それが、許されると思うか?」
喜連川の声は、低く、深く、重かった。
怒号ではない。
だが、何よりも強く心に響く。
奥村は返す言葉を失った。
「……夜にあの庭で何か聞こえたって話も、町内にはあった。怖がる奴もいると聞いたいたが……だとすれば俺にとっては、懐かしい声だ。あの場所だけは、あの子たちのままで、静かに咲いていればそれでいい」
喜連川はふと立ち上がり、壁に掛けられた一枚の写真を指差す。
そしてしばし、沈黙。
重苦しい空気の中、奥村は視線をユリとアヤメの写真に戻していく。
そこには、桜の木の下で、双子の少女が本を読みながら並んで笑っている姿が写っている。
その笑顔が――確かに、どこか“現在の時間”にいるように感じられる。
喜連川の顔も何かに陶酔したようなうっとりと、目は哀しみと慈しみを湛えたような筆舌に尽くしがたい表情を浮かべていた。
「……おまえには、まだ聞こえないか。あの花の下から……あの子たちの笑い声が」
奥村の背筋に再び冷たいものが走る。
写真から、まるで今にも声が聞こえてきそうだ。
――くすくすと、微笑むように。
――泣きそうに、さみしそうに、楽しそうに。
奥村は無言で立ち上がり、口元を硬く引き結んで一礼した。
―もし、何の許可もなく遺体を埋葬したとすれば、喜連川を連れて警察に連れていくべきなのかもしれない。―
一瞬、脳裏に喜連川の行ったことを公にすべきという考えが浮かんだが、喜連川の
有無を言わせぬ表情、何よりも双子の姉妹を
―このまま静かに眠らせてあげたい―
そのような考えが頭の中を占め、目の前の老人に何かする気は起きなかった。
法的な問題も考えられるが証拠はない。
何よりこの時は法的な義務よりも、姉妹を哀れに思う感情が勝っていた。
―ならばこのまま立ち去ろう。―
「……失礼します。今日は……ありがとうございました」
喜連川はそれ以上、何も言わなかった。
奥村がドアを閉めたとき、部屋の奥からふっと――“ふふふ”と笑い声のような音が、確かに聞こえた気がした。
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