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第1話 討論番組の風景
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白熱灯の光がまぶしいスタジオの中で、空調の風だけが静かに頬を撫でていた。
『年末特番 どうする、日本の貧困!』――そのタイトルが大書されたパネルの前に、五人の出演者が横一列に座っていた。重々しい空気を切り裂くように、司会者の声が響く。
「さて、再分配政策の在り方について、ここで一つ、意見を伺っていきましょう。松平尚子教授、いかがですか?」
名を呼ばれると、文久大学経済学部教授 松平 尚子はマイクの前で小さく息を吸い、滑らかな口調で語り始めた。
「ええ、確かに貧困の現状は深刻です。しかし私は、あえて申し上げたい。すべてを国や社会の責任にしてしまう議論には、限界があります。努力したくなければしなくてもよい。でも、そうであるならば、その結果として貧しいという現実を受け入れる覚悟が必要です。成功者を批判するのは、筋違いです」
一瞬、空気が張り詰めた。
パネル越しに映し出される尚子の横顔は、涼しげで凛としていた。批判を恐れない強さが、その姿勢からにじんでいた。
対面に座る社会福祉学の重鎮、江戸大学社会学部の森岡教授が眉をひそめて身を乗り出す。
「松平先生、それはあまりにも現実を無視したご意見です。人は生まれる環境を選べません。努力の前提となる環境が整っていない人々に、同じ土俵での努力を求めるのは酷ではありませんか?」
「環境は確かに平等ではありません。しかし、“努力しない自由”がある以上、“努力した者が報われる社会”の原則もまた、守られるべきだと私は思います」
尚子は冷静だった。
時折カメラのライトが鋭く彼女の頬を照らしたが、その瞳は微動だにしなかった。
議論は熱を帯びつつ、やがて司会者の手でまとめられ、番組は終了した。
「いやあ、今日も冴えてましたね、松平先生」
スタジオの照明が落ちると、テレビ局のプロデューサーが近づいてきて、心底感心した様子で頭を下げた。
「先生のコメントは実に的確で、議論が締まります。正論というのは、こういうことを言うんでしょうね。もしよろしければ、他番組のコメンテーターもお願いできればと――」
尚子はわずかに笑みを浮かべた。
「お世辞でも、悪くありませんね」
それは謙遜でも、謙譲でもなかった。
社会的信念に裏打ちされた確信。
そして、自らの言葉が他人の感情を揺さぶることを知る者だけが持つ、静かな自信だった。
外では、夕暮れが迫っていた。
だが、尚子の歩む先にはまだ、光と拍手が用意されているように思えた。
『年末特番 どうする、日本の貧困!』――そのタイトルが大書されたパネルの前に、五人の出演者が横一列に座っていた。重々しい空気を切り裂くように、司会者の声が響く。
「さて、再分配政策の在り方について、ここで一つ、意見を伺っていきましょう。松平尚子教授、いかがですか?」
名を呼ばれると、文久大学経済学部教授 松平 尚子はマイクの前で小さく息を吸い、滑らかな口調で語り始めた。
「ええ、確かに貧困の現状は深刻です。しかし私は、あえて申し上げたい。すべてを国や社会の責任にしてしまう議論には、限界があります。努力したくなければしなくてもよい。でも、そうであるならば、その結果として貧しいという現実を受け入れる覚悟が必要です。成功者を批判するのは、筋違いです」
一瞬、空気が張り詰めた。
パネル越しに映し出される尚子の横顔は、涼しげで凛としていた。批判を恐れない強さが、その姿勢からにじんでいた。
対面に座る社会福祉学の重鎮、江戸大学社会学部の森岡教授が眉をひそめて身を乗り出す。
「松平先生、それはあまりにも現実を無視したご意見です。人は生まれる環境を選べません。努力の前提となる環境が整っていない人々に、同じ土俵での努力を求めるのは酷ではありませんか?」
「環境は確かに平等ではありません。しかし、“努力しない自由”がある以上、“努力した者が報われる社会”の原則もまた、守られるべきだと私は思います」
尚子は冷静だった。
時折カメラのライトが鋭く彼女の頬を照らしたが、その瞳は微動だにしなかった。
議論は熱を帯びつつ、やがて司会者の手でまとめられ、番組は終了した。
「いやあ、今日も冴えてましたね、松平先生」
スタジオの照明が落ちると、テレビ局のプロデューサーが近づいてきて、心底感心した様子で頭を下げた。
「先生のコメントは実に的確で、議論が締まります。正論というのは、こういうことを言うんでしょうね。もしよろしければ、他番組のコメンテーターもお願いできればと――」
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「お世辞でも、悪くありませんね」
それは謙遜でも、謙譲でもなかった。
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