処刑された悪役令嬢は二度目の人生で竜の子を拾い、最強の領地を築く〜なお、元婚約者は後悔しているようですが知りません〜

こへへい

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第17話: もふもふ祭り



 秋の朝は空気が澄む。
 レクルス辺境領に、柔らかな陽光が降り注いでいた。

 リゼロッテは領主館の前に立ち、広場を見渡した。色とりどりの布が軒先に吊るされ、露店の骨組みが並んでいる。昨日まで何もなかった石畳の広場が、一夜にして祭りの会場に変わりつつあった。

「姐さん! りんご飴の屋台、どこに置く?」

 マルテが木箱を抱えて駆けてきた。

「北側の角よ。風下だと煙が他の店に流れるから」
「わかった!」

 マルテは元気よく走っていく。その後ろを、三つ尾の白い風狐がぱたぱたとついていった。

「きゅるるっ」

 肩の上でルルが声を上げた。首をぐるぐる回して広場を見ている。銀色の鱗が朝日にきらきら光った。

「ルル、じっとしていて。落ちますよ」

 聞いていない。小さな翼をばたばた動かし、頭の上に移動した。

「……そこは定位置じゃないの」

「お嬢様、食材の搬入が完了致しました」

 アレクシスが書類を手に歩いてきた。祭りの準備で周囲が慌ただしくしていても、この執事だけは涼しい顔だ。

「領民からの持ち寄りも予想以上です。猪肉の燻製、焼き菓子、蜂蜜酒の樽——」
「そんなに?」
「皆、張り切っておいでです」

 リゼロッテは少し驚いた。
 レクルス辺境領で祭りが開かれるのは、おそらく何十年ぶりだ。「捨て領」と呼ばれたこの土地で、収穫を祝う。半年前には想像もできなかった。

 ——王都の使者を追い返してから、五日が経っていた。
 次の手が来るまでには、まだ間がある。ならば今は、目の前のことに集中すればいい。

「始めましょう、アレクシス。レクルス辺境領、初の収穫祭よ」
「かしこまりました、お嬢様」

 ◇◇◇

 昼過ぎ。祭りは最高潮を迎えていた。

 広場の中央通りを、魔獣たちが練り歩いている。
 先頭はルルだった。地面をとてとてと歩く子猫サイズの銀の竜が、胸を張って——少なくとも本人はそのつもりで——堂々と進む。沿道から歓声が上がった。

「きゅるるるっ!」

 尻尾をぴんと立て、小さな翼を広げている。明らかに得意げだった。

 その後ろを風狐たちが続く。ふわふわの白い毛並みを揺らしながら三匹が並んで歩く。子供たちが手を伸ばすと、一匹が立ち止まって鼻先をすり寄せた。

「わあっ、もふもふ!」
「あったかい!」

 魔獣が人に懐くなど、普通はありえない。だがテイマーであるリゼロッテの力を介せば、穏やかな魔獣たちは人に害を為さない。

 パレードの後方には岩亀のゴルドがいた。甲羅に花飾りをつけられ、のっそのっそと歩いている。甲羅の上にはマルテが座り、手を振っていた。

「みんなー! ゴルドはおとなしいから怖がらなくていいよー!」

 恐る恐る近づいてきた老人が甲羅に触れた。

「おお……温かいのう」
「でしょ! 冬はあったかくて最高なんだよ!」

 半年前、魔獣を恐れていた住民たちが、今は笑いながら魔獣と触れ合っている。

 リゼロッテは通りの端でその光景を眺めていた。
 ——前の人生には、こんな景色はなかった。社交界の華やかさとは違う、温かさ。

「きゅるっ」

 パレードを一周してきたルルが足元に戻ってきた。金色の瞳が「褒めて」と言っている。

「はいはい、立派でしたよ」

 抱き上げると、ルルは喉を鳴らした。銀の鱗の下から伝わる温もりが、胸に染みた。

 ◇◇◇

 夕暮れ時。
 広場の隅のベンチに、リゼロッテとマルテが並んで座っていた。二人の手には焼きとうもろこしがある。ルルは膝の上で丸くなり、うとうとしている。

「姐さん」
「なに?」
「あたし——この村が好きになった」

 マルテは祭りの明かりが灯り始めた広場を見つめていた。

「前は嫌いだったんだ。何もないし、誰も来ないし。『捨て領の子供』って言われたこともある」

 リゼロッテは黙って聞いていた。

「でも今は違う。お店もできたし、魔獣もいるし、祭りだってやれた。——全部、姐さんが来てからだよ」
「私は好きにやっているだけよ」
「それがすごいんじゃん」

 マルテがまっすぐな目で見上げてきた。

「姐さん、ありがとう」

 不意打ちだった。
 リゼロッテは一瞬言葉に詰まり、とうもろこしにかぶりついた。

「……お礼を言われるようなことはしていないわ」
「照れてる」
「照れていません」
「絶対照れてる」
「マルテ、とうもろこし冷めますよ」

 マルテはけらけらと笑った。膝の上のルルが薄目を開け、またすぐに閉じた。

 広場では篝火が焚かれ、橙色の光が人々の顔を照らしている。楽器の音色と手拍子が混じり合った。

 ——いい日だ。
 そう思えることが、どれだけ贅沢か。

「——リゼロッテ」

 低い声が背後からした。
 振り向くと、ジークハルトが立っていた。いつもの軍服ではなく、質素だが仕立てのいい黒い上着。

「あら。祭りに参加する気になったの?」
「……見回りだ」
「見回りの人はそういう服を着ないと思うけれど」

 ジークは答えず、右手を差し出した。
 一輪の花。秋咲きの野花。青紫の小さな花弁が篝火の光に揺れている。

「……祭りだろう。これは、その——習慣だ」

 深紅の瞳が微妙に泳いでいる。耳の先が赤い。

 リゼロッテは花を受け取った。指先が触れた瞬間、ジークの手がぴくりと跳ねた。

「ありがとう、ジーク」

 自然に笑みがこぼれた。作った笑顔ではなく、ただ嬉しくて。

 ジークは「ああ」とだけ言い、足早に人混みへ去っていった。逃げたとも言う。

 マルテが肘でつついてきた。

「姐さん、顔赤い」
「赤くありません」
「嘘。ルルの鱗より光ってる」
「意味が分からないわ」

 膝の上のルルが「きゅる」と寝ぼけた声で鳴いた。

 リゼロッテは青紫の花を指先でくるりと回した。
 篝火の温もりと、手の中の花の冷たさ。遠くで笑う人々の声。

 ——悪くない。

 この穏やかさが、いつまでも続くとは思わない。
 でも今日くらいは、このまま笑っていてもいいだろう。

 秋の夜風が、リゼロッテの髪をそっと揺らした。
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