処刑された悪役令嬢は二度目の人生で竜の子を拾い、最強の領地を築く〜なお、元婚約者は後悔しているようですが知りません〜

こへへい

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第18話: 王都の陰謀



 辺境が秋祭りに湧いていた、その同じ夜のことだ。
 王都ルセリナは、冷たい雨に沈んでいた。

 聖女の私室。蝋燭が一本だけ灯された薄暗い部屋で、フローラ・メイフィールドは机に向かっていた。
 ペンを走らせる音だけが、雨音に混じっている。

 書いているのは祈りの言葉ではない。
 報告書だ。——偽の。

「辺境領における魔獣の異常増殖及び、テイマーによる軍事的利用の疑い」

 フローラは自分の筆跡を満足げに眺めた。それから筆を持ち替え、別の字体で書き直す。王都の情報局が使う様式を模した書面。筆跡を変えるのは得意だった。聖女になる前から、この手の小細工で生きてきたのだ。

 机の上には複数の書類が並んでいる。辺境の商人から買い取った領地の見取り図。魔獣の目撃報告。そして——リゼロッテの署名を模した偽の書簡。

「『魔獣の戦力化について、ヴァルディス帝国との連携を検討する』——と。まあ、我ながらいい出来ね」

 くすりと笑った。聖女の慈愛も、儚げな声も、ここにはない。あるのは冷えた計算だけだ。

 使者を送った。断られた。予想通りだった。
 むしろ、断らせることが目的だった。「王家の招きを拒否した」という事実が欲しかっただけ。

 フローラは首元の魔道具に触れた。石の光は日に日に弱くなっている。先日手に入れたブローチも、気休め程度の効果しかない。
 時間がない。聖女の嘘が露見する前に、リゼロッテを潰す。そのための筋書きは、もう出来上がっていた。

「あの女がテイマーの力で魔獣を集めている。隣国の騎士団長とも通じている。——反乱の準備、ってところかしら」

 偽の証拠を並べ、恐怖を煽る。クラウスを動かし、王家を動かす。
 簡単なことだ。あの王子は、「正義」という言葉に弱い。

 フローラは書類の束を揃え、引き出しにしまった。
 蝋燭の炎が揺れ、壁に影が踊った。

「——明日、仕上げるわ」

 窓の外では、雨脚が強まっていた。

◇◇◇

 翌朝。王城の庭園。
 秋薔薇が咲き乱れる小道で、クラウスは剣の素振りをしていた。

 規則正しく振り下ろされる木剣。汗が額を伝い、顎先から落ちる。護衛の騎士たちが遠巻きに見守る中、第二王子は黙々と身体を動かしていた。
 考え事がある時の、癖だった。

 辺境のテイマー。使者の拒否。フローラの不安そうな顔。
 頭の中で、それらがぐるぐると回っている。

「殿下」

 柔らかな声に振り向くと、フローラが木陰に立っていた。白い祈りの衣。手には小さな籠。
 その目が——赤い。泣いた後のように。

「フローラ? どうしたんだい、こんな朝早くに」
「申し訳ございません、殿下。お邪魔してしまって……」

 フローラは声を震わせた。いつもの儚げな微笑みすらない。目元を白い手で押さえ、唇を噛んでいる。

「どうしても、殿下にお伝えしなければならないことがあって……」
「何があったんだ。座りなさい」

 クラウスは木剣を置き、近くのベンチに促した。フローラはおずおずと腰掛け、籠を膝の上に抱えた。

「……わたくし、ずっと悩んでおりました。これをお見せすべきかどうか」

 震える手で、籠の中から書類の束を取り出した。

「王都の商人から届いた情報ですの。辺境のリゼロッテ様が……恐ろしいことを」

 クラウスは書類を受け取った。目を通すにつれ、眉間の皺が深くなっていく。

 魔獣の大量収集。領内の軍事拠点化。隣国騎士団長との密通。そして——リゼロッテの署名が入った、帝国との軍事連携を示唆する書簡。

「……これは」
「信じたくありませんでした。リゼロッテ様が、王国に反旗を翻すなんて。でも、証拠がこれだけ揃ってしまったら——」

 フローラの声が途切れた。涙がこぼれ落ちる。
 美しく、儚く、計算通りに。

「わたくしが黙っていたせいで、もし王国に何かあったら……聖女として、とても耐えられません」
「……フローラ」

 クラウスは書類を握り締めた。碧い目が揺れている。

「本当なのか。リゼロッテが、こんなことを」
「わたくしも信じたくございません。でも、先日の使者も追い返されたと聞きました。やましいことがなければ、なぜ殿下の招きをお断りになるのでしょう……」

 的確に、急所を突いた。
 使者の拒否。フローラはあの一件を、この瞬間のために利用した。

 クラウスは黙り込んだ。顎に手を当て、眉根を寄せ、庭園の薔薇を見つめている。
 その横顔に、フローラは内心で微笑んだ。

 ——かかった。

「殿下。わたくし、怖いのです。魔獣を操る力など、人の手に余るものではありませんか。もし暴走したら、民が傷つきます」
「…………」
「殿下なら、正しいご判断をなさると信じています」

 最後の一押しだった。「正しい判断」という言葉が、クラウスの中で何を引き起こすか。フローラはよく知っていた。

 クラウスは立ち上がった。
 碧い目に、迷いはもう見えなかった。代わりに宿ったのは、使命感だ。自分が正しいと信じた道を突き進む、あの危うい光。

「——ありがとう、フローラ。勇気を出して教えてくれて」
「殿下……」
「僕がリゼロッテを止める。王国のために、民のために。これ以上、彼女を放置するわけにはいかない」

 フローラは目を伏せ、両手を胸の前で組んだ。祈るような姿勢。
 完璧な聖女の所作だった。

◇◇◇

 その日の午後。
 クラウスは国王の執務室を訪れていた。

 重厚な扉の前で深呼吸をする。手には、フローラから受け取った書類の束。
 迷いはなかった。——いや、正確には、迷いを「正義」で塗り潰していた。

 扉が開く。

「父上、お時間をいただきたい」

 国王の前に書類を広げ、クラウスは語った。辺境の危機。テイマーの脅威。帝国との内通の疑い。
 言葉は滑らかに、確信に満ちて。一つ一つの証拠を指し示し、論理的に——少なくとも本人はそう信じて——危険性を訴えた。

「リゼロッテ・フォン・エーデルシュタインは、王国への反逆を企てています。今すぐ手を打たなければ——」

 国王は書類に目を通し、重い沈黙を落とした。

 やがて。

「——レクルス辺境領の接収を命じる」

 王命が、静かに下された。

 クラウスは深く頭を垂れた。胸の中に去来したのは、正義を為したという充足感だった。
 自分は正しい。民を守るために、正しい判断をした。

 ——リゼロッテ、君を止められるのは僕だけだ。

 王城の窓の外には、晴れた秋の空が広がっていた。
 どこまでも青く、残酷なほどに澄んでいた。
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