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第23話: 弁明の場
二日が過ぎた。
王城の大広間に朝の光が差し込み、磨かれた大理石の床を白く染めていた。
高い天井から垂れる王家の紋章旗。ずらりと並ぶ重臣たちの席。正面の玉座には国王アルベルト三世が座り、その隣に王妃が控えている。
リゼロッテ・フォン・エーデルシュタインは、広間の中央に立っていた。
プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、深い紺色のドレスに身を包んでいる。飾りは最小限。だが、その氷青の瞳には一片の怯えもなかった。
——前の人生では、ここに立つことすら許されなかった。
弁明の機会もなく、一方的に罪を着せられ、処刑台に送られた。泣いて、縋って、誰にも声が届かなかった。
だが、今は違う。
「では、始めよう」
国王の低い声が広間に響いた。白髪交じりの壮年の男で、鋭い眼光がリゼロッテを見据えている。
「リゼロッテ・フォン・エーデルシュタイン。そなたに対し、聖女フローラ・メイフィールドより告発がなされている。レクルス領において魔獣を用いた反乱の準備をしている、と。——まずは告発側から」
広間の反対側に、フローラが立っていた。
白いドレスに銀の刺繍。清楚な聖女の装い。しかし、その目元にはわずかに隈が見える。
二日前とは明らかに様子が違っていた。
「陛下。リゼロッテ様は辺境にてテイマーの力を使い、多数の魔獣を従えております。領地内に危険な魔獣が放し飼いにされ、住民は脅かされております。これは明らかに王国への——」
「——失礼。よろしいでしょうか、陛下」
リゼロッテの声が、フローラの言葉を遮った。静かだが、よく通る声だった。
国王が片眉を上げた。
「……許す。申せ」
「ありがとうございます」
リゼロッテは一歩前に出た。背筋を真っ直ぐに伸ばし、広間の全員を見渡す。
「私が魔獣で反乱を企てている、と。大変に重い告発ですわね。——では、その証拠をお見せいただけますか?」
フローラの唇が、わずかに引きつった。
「も、もちろんです。こちらに——」
フローラの側近が書類の束を差し出した。リゼロッテはそれを受け取ることなく、国王に視線を向けた。
「陛下。お手元にも同じものが届いているかと思いますが、一つずつ確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「許す」
「では」
リゼロッテは手元の資料を開いた。アレクシスが事前に用意した反論書類だ。
「まず第一に、『レクルス領に危険な魔獣が放し飼いにされている』という証言について。こちらは証言者の名前が記されておりますが——ルーカス商会のトマス・ベルク。この方、半年前にレクルス領での不正取引が発覚し、領から追放された商人です。信頼性に欠けるかと」
広間がざわめいた。
「第二に、『住民が脅かされている』という報告。これには匿名の手紙が添付されておりますが、筆跡鑑定の結果、レクルス領の住民登録と一致する者はおりませんでした。つまり——領民ではない誰かが書いたものです」
フローラの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
「第三に、『魔獣を使った軍事訓練の目撃証言』。日付は秋月の十五日となっておりますが、その日は領を挙げての収穫祭でした。百人以上の来客がありましたが、軍事訓練を目撃したという方は一人もおりません。——来客名簿と証言書、こちらにございます」
リゼロッテは書類を掲げた。国王の侍従が受け取り、玉座に運ぶ。
広間は静まり返っていた。
「……以上が、告発側の証拠に対する反論です」
リゼロッテの声は淡々としていた。怒りもなく、悲しみもなく。ただ事実だけを並べている。
フローラが一歩前に出た。
「で、ですが——テイマーという存在自体が危険なのです! 歴史上、テイマーが反乱を起こした記録も——」
「ございませんが」
リゼロッテが即座に返した。
「テイマーが反乱を起こした記録は、この王国の歴史書のどこにもありません。私、王立図書館の記録を全て調べさせていただきましたので」
「そ、それは……」
「むしろテイマーは、魔獣の被害から人々を守る存在として記録されております。ご存じなかったのでしたら、ご一読をお勧めしますわ」
丁寧な言葉。丁寧な口調。だが、その一言一言がフローラの主張を正確に切り崩していた。
「——陛下。加えて、レクルス領の現状について、第三者の証言をお許しいただけますか」
国王が頷いた。
広間の扉が開き、三人の商人が入ってきた。王都でも名の知れた大商会の代表たちだ。
「ハインリッヒ商会代表、レクルス領との取引について証言を」
恰幅のいい中年の商人が一歩前に出て、深く一礼した。
「陛下。私はこの半年、レクルス領と継続的に取引をしております。領の状況は極めて安定しており、住民の顔色も良く、治安も良好です。テイマーの領主が治める理想的な領地と言って差し支えありません」
続いて、二人目、三人目の商人も同様の証言を述べた。魔獣が住民を襲った記録はなく、むしろ魔獣のおかげで害獣被害が減少し、農作物の収穫量が上がっていること。
広間の空気が、完全にリゼロッテの側に傾いていた。
重臣たちがひそひそと囁き合っている。フローラは唇を噛み、俯いていた。
その隣に立つクラウスの表情は——どこか苦しげだった。
「——陛下」
リゼロッテが再び口を開いた。
広間が静まる。全員の視線が彼女に集まった。
「告発の証拠は全て虚偽であることをご確認いただけたかと存じます。私からの弁明は以上ですが——」
一拍、間を置いた。
フローラの目が、僅かに見開かれた。
何かを察したように、首元の青い石を無意識に手で押さえる。
「——もう一点、陛下にご報告したき儀がございます」
「申せ」
「では」
リゼロッテは真っ直ぐに国王を見据えた。
氷青の瞳に、迷いはない。
「——聖女フローラ様の力の正体について、ご報告してもよろしいでしょうか?」
広間の空気が、張り詰めた。
フローラの顔が蒼白に変わる。首元の石を握りしめた指が、白くなるほど力がこもっていた。
リゼロッテは振り返らなかった。
ただ静かに、次の言葉を待つ国王の目を見つめていた。
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