21 / 21
Episode of Dinex
ディネクス編<終>
しおりを挟む
犯人が判明し、その犯人の目的も分かった。
転移者記憶喪失事件。カレンが追ってきていた事件の真相は、ディネクスという国の王様であるオウグが、転移者の記憶を奪うことで、記憶の中に存在する嫌な記憶(自傷行為を引き起こしかねないほどのトラウマ)を取り除き、転移者の自傷行為を阻止することにあった。
この異世界には、想像するだけで創造することができる、魔法が存在する。その魔法は基本考えることができる生物なら誰でも使用可能なスキルなのだが、それ故に、自分自身を傷つけたいという自傷的感情をも創造されてしまう。ネガティブ感情とは基本的にポジティブ感情よりも度合いが強いと言われている(具体的には7倍強い)。だから転移者は生前の嫌な記憶を思い出した時、そのネガティブ感情が暴発して、死に至る。それを呪いとオウグは表現していた。
オウグはそれらを防ぐためにどうするべきかわからなかった。だから、たまたま見つかった手段にすがるしかなかった。記憶を奪うこと。それ以外に方法なんて見当たらなかったから。
だが、記憶を奪う以外の方法が分かった。それは分かったというにはあまりに単純で、灯台下暗しのような結論である。
それは、誰かが一時的に支えてあげること。
人間生きていれば嫌なことくらい何度でも起こりうる。
しかし、それを乗り越えるためには、周りの環境がプラスであることがとても重要なのだ。滑って転んで膝を擦りむいた人間を笑い飛ばして立ち去る。なんて人がいたからには、身体的傷以上の傷を、心に負ってしまう。そしてその傷は、かさぶたができるどころか、日を追うごとに抉られる。否、自分自身が反芻することで、自分自身が抉るのだ。何かが間違っていた、あれが悪かったこれも悪かったと。反省はやがて自己卑下に変わり、自己嫌悪に変貌する。だから、誰かに支えてもらわないといけないのだ。第三者がフラットなメンタルで、そして優しく接してあげる必要がある。
人は、一人では生きていけないのだから。
そして、緑山優は、家族である老犬ペロに支えられることで、自分を取り戻し、見事自傷行為の呪いを克服したのである。
────────────────────────
「傷はもういいのかい?全治半年くらいは覚悟してほしかったんだけれど」
「自分でもヒールしてたからな、つーかそれくらいしかやることがなかったし」
病院の屋上って、一回入院したら行ってみたかったんだよな。そんな思いで高所特有の風を浴び、夕暮れで黄昏ているところに声をかけられた。声の主は、この国の王様オウグだ。王様特有の赤いマントは羽織らずに、簡素なTシャツとジーパンを履いている。声をかけられずにその様子を見たならば絶対に正体が分からなかっただろう。
だが驚くべきはそのシャツのプリント内容である。つい呟いてしまった。
「餃子...」
「そ、ギョウザだよ。王将にふさわしい漢字がこの二文字であると、色んな転移者の記憶にあったものだからね。王城の敷地内での仕事はいつもこの格好なんだ。動きやすいからね」
「まぁ、本人がそれで満足ならそれでいいかな」
そっか、記憶を奪われていたから、俺以外の転移者はこれがおかしいということを指摘できず、今の今までほったらかしになっていたということか。何だよ王にふさわしい漢字って。毎年発表される「今年の漢字」並みに意味わかんねぇよ。
「仕事はないのかよ、王様ってのは暇なのか?」
「いいや、大きな仕事に終止符が打たれた代わりにもっと大きな仕事が舞い込んだんだ。暇なわけないよ」
大きな仕事というのは、きっと転移者の呪い対策の話だろう。記憶を奪うのではなく、その人が弱ったら心の支えになってあげることで自傷を防げることがわかった今、それをどのようにして転移者に広めるのかを検討中なのだろう。現実でいうところのカウンセラーといったところに落ち着くのだろうか。
「だから頑張って合間を縫ってこうして入院中の君に面会に来ただけさ。それなのに屋上に行っているというのだから。王様にご足労かけるもんじゃないよ?」
そう、俺はあの大熊と同化した優の一撃を受けて、相当なケガを負ってしまったのである。今はその入院中だ。だが奇跡的に骨が砕ける一歩手前までのけぞることに成功し、こうして数か月の入院生活を経て、勝手に屋上に出歩くまでに回復することができたのだ。
「そうだな、すまん」
「浮かない顔だね、優のことを気にしているのか?」
なかなか鋭い勘を働かせる。
「あれは我ながら失敗だったと思うからな」
だが、この奇跡は飽くまでも不幸中の幸いというには、あまりに自分勝手な奇跡だった。
というのも、あの瞬間、優の大きな熊手の爪が俺の体を引き裂く瞬間、俺は老犬ペロを投げた。上に投げた。ペロを避難のためにどこかに投げるのであれば、背後に避難させることもできたのに、俺はそれをしなかった。
優の注意を少しでも惹かせることができるならば、と。
優がペロを殺し、その事実に絶望して呪いが発動し、優が死んでしまう嫌な予感はもちろんあった。だがその不幸が起こったとしても、俺は俺が死んでしまうという不幸を回避したい。と思ってしまった。あの時泥の足場によって俺の体は現在地点から離れることはできなかった。俺がその状況から助かるためには、攻撃側がその攻撃を自分から外してもらう必要があった。だから、ペロを上空に投げた。シャボンミラージュのシャボン玉でも見向きもしない優だが、家族であるペロならば十分意識を反らせると思ったから。我ながら酷い、ギリギリの賭けをしてしまった。そこから助かったというのは、本当に不幸中の幸いである。
だが、これはほめられることではない。一歩誤れば、俺がペロごと熊手で引き裂かれ死亡し、更に家族を手にかけた事実で優が自傷してしまうという可能性があったのだから。
「君には感謝しているよ」
予想だにしていない返答が帰ってきた。感謝だと?
「君がいなければ、余は今でも記憶を奪い、彼らの人生を奪っていたことだろう。転移者から呪いを克服する術が他にあるならば、その方法に全力を尽くさねばならない。転移者を救うために。それが余が継いだ使命なんだからね」
そうか、こいつは俺の言っていたことを分かってくれたというわけか。カレンのように、記憶を奪われたことによって繋がりが絶たれた人がいることを知らなかったのならば当然か。記憶を奪った人間は、「返せ」ということができない。それにオウグは自身の行為を秘匿していたのだから、カレンがオウグに対して「返せ」と直談判することもできなかったというわけだ。
いくら呪いから解放して死の運命を回避するにしても、代償が大きすぎる。記憶を奪われた転移者はそのデメリットを理解することができないし、だからこそ、王も今の今までそれを知ることができなかったのかもしれない。
「使命ねぇ、なら今まで奪った転移者の記憶を返してくれるのか、どう説明するんだ?結構反感買いそうだけれど」
オウグの表情がこわばる。いや、この病院の屋上を照らすオレンジの陽光が、オウグの顔以外を照らしている。
「それはできない。今まで奪った記憶は、もう返すことができない。」
「なんでだよ、記憶を奪われたことを責め立てられるのが怖くなったか?」
「余は記憶を失った転移者が生活できるシステムをこの国に敷いた。そしてそのお陰、いや罪滅ぼしが功を奏して、彼らにも、生前とは別の家族や友人、つまり繋がりができてしまった。優のように中途半端に記憶を奪っていたならば、元の記憶が接着剤のような役割を果たして、記憶を失った後の記憶も引き継ぐことはできるのだけれど、ある閾値を超えて奪った記憶は、戻すとそれまでの記憶をも食いつぶしてしまうんだ。脳のキャパシティを超えてしまうからね」
もう記憶を奪った転移者の中には、本当の第二の人生が始まってしまっている。記憶を無闇やたらに戻すということは、その第二の人生で培った繋がりを絶ち兼ねないことになる。
「だから彼らには、本として、記憶を返そうと思う。奪った記憶は別の本として切り分けることができるから。これに関しては既に行っていてね、ギルドマスターはその記憶の書のレシピから料理しているけれど、別段変わった様子もないし」
(といっても、昔ご先祖様は王族専属のシェフだったらしくてね、彼が残した無数のレシピを一つずつ解放しているだけさ。俺の実力でそれが完璧に実現できているかは分からないけれど)
ギルドマスターの言葉が頭の中で蘇る。オムライスを作ってくれた時、そんなことを言っていたような気がする。あれはオウグから記憶の書を貰っていたということなのか。王族専属のシェフだったから、事前に本を貰っていたのか。
「それで、君はこの屋上で何を見ていたんだい?」
気を取り直したように、オウグは話題を切り替えた。俺の視線の先には、あれがあった。イヴが言っていた、アダムに創造力を供給するという塔、心理塔である。その塔が黒くなっているというので、それを白く浄化するという使命を受け持っていた。それと引き換えに、俺の不幸を消すという条件付きで。
「心理塔をな、そういえば、ここから一番近いところで、心理塔が黒くなっているところってないか?」
「まさか、そこに向かう気なのかい?」
オウグはまるで地獄に進んで立ち入らんとする人間を見るかのような表情で俺を見た。
「ああ、そのつもりだ。一応目的が有るんでな」
オウグはそのセリフを聞いて、ふむ、と顎をさする。きっと俺の目的というのを聞き出すのか一瞬思案していたのだろう。そしてありがたいことにそれを聞くことはせず、オウグはその場所を口にした。
「学園国家グリストン。生徒総数1万を超える、学生が統治する国だ」
────────────────────────
オウグのお陰で、次なる目的地に向けての準備をすることができる。次に何をすればいいのかが明確であるというのは、それだけで幸せなことなのかもしれない。それは数多の可能性を秘めた未来を前に、動き出すことができるということなのだから。足踏みをするのは失敗への道に進むよりも愚かな行為だから。
この世界では、どうやら恐ろしいほど人間の心が濁っているらしい。
「世界には心理塔が八つあって、その内六つ塔が黒い状態だ。文献によれば最初は全て白かったはずなのだが、日に日にその濁りが度を越していったらしい」
オウグはそう言っていた。ということは、少なくとも六つの心理塔の場所に足を運ぶ必要があるということである。先ほど、次なる目的地に向けて準備ができて幸せだなーとモノローグしたことをここで撤回させていただこう。今の気持ちは10割だるい。ゴールが遠くてへたり込みそうになる。
だが俺は自分の不幸をなくすためならば、行動しないわけにはいかない。イヴの言っていたことがオウグの言葉で裏づけされたことで、一抹の不安であったイヴの願い叶える宣言が、0.5抹の不安くらいまで軽減されたのだ、信じて俺の役目を果たそう。
転移してきた時に着ていた学校のブレザーは優の熊手の爪によって引き裂かれてしまったため使い物にならないので、学園国家グリストンに向かうに当たっての、新しい服をオウグに見繕ってもらった。
中はパリッとしたカッターシャツを着ているものの、上下全身が黒。縦に並ぶ金色のボタンはこの喪服とも捉えられかねない服の唯一のおしゃれポイントになっている。襟元も黒で、ブラックバックな背景の撮影スタジオに迷い込んだらならば、髪の毛と一緒に全身が透明になる自信がある。
要するに、学ランである。俺はブレザー派なんだがな。
目の前には、学校の教室の扉。俺は今日このクラスに転校することで潜入し、この国で起こっている心理塔の濁りの原因を突き止めて、浄化をしに来たのだ。
転校の手続きはオウグが既にしてくれていると言っていたし、後は俺がこの扉を開くだけ。転移の次は転校とは、俺はよく転がるな。
そういえばあいつらは元気にやっているだろうか。カレンは冒険者として引き続き依頼をこなして生計を立てると快活に息まいていたし、優はカレンの下で魔法の勉強や異世界での生き方について学んで生活すると言っていた。彼女達なら元気で過ごしていることだろう。
俺はそいつらにまた顔向けできる生き方をするまでだ。
「入っていいよ!」
教室の中から、女教師のお招きの声が聞こえた。彼女が担任なのだろう。声からしてきっと美人に違いない。声で美人かどうか判断するのは心もとない気はしなくはないが(ちびまる子ちゃんの冬田さんとか)、なんだかそんな気がしたのである。
待たせるのも忍びない、これからの俺の人生がどのように転ぶのか、お手並み拝見と行こうじゃないか。
ガラガラガラガラ。と意気揚々と扉を開ける。
すると、目の前には、見覚えのある金色の長髪を垂れ流し、見覚えのある眼鏡をかけ、出席簿を大事そうに抱えるスーツ姿の美人女教師がそこにいた。
カレンが、いた。
「ってカレッ...!?」
カレンは笑顔でクイクイと、親指を机に座る学生達に向ける。自己紹介を白ということなのか。
気を取り直して、俺は黒板のチョーク入れからチョークを取り出すと、カツカツと自分の名前を書き込む。そして踵を返して自己紹介をした。
「山田サツキです。よろしk...!く!?」
視線を一身に集める中での盛大な自己紹介。ビシッと決めようとしていた矢先、その勢いを慣性ガン無視で止めてきたのは、その30人くらいの生徒の中にいる、緑山優の姿があったからだ。だって一人だけ青い飼育員のような帽子被ってるんだもん、超目立つわ、カレンが無言で指さしたのは、自己紹介を促すことではなく、優もいるよ、というサインだったのか。
「はいサツキ君ありがとうございました!みんな仲良くしてあげてね!」
こうして次なる舞台が幕を開いた。
転移者記憶喪失事件。カレンが追ってきていた事件の真相は、ディネクスという国の王様であるオウグが、転移者の記憶を奪うことで、記憶の中に存在する嫌な記憶(自傷行為を引き起こしかねないほどのトラウマ)を取り除き、転移者の自傷行為を阻止することにあった。
この異世界には、想像するだけで創造することができる、魔法が存在する。その魔法は基本考えることができる生物なら誰でも使用可能なスキルなのだが、それ故に、自分自身を傷つけたいという自傷的感情をも創造されてしまう。ネガティブ感情とは基本的にポジティブ感情よりも度合いが強いと言われている(具体的には7倍強い)。だから転移者は生前の嫌な記憶を思い出した時、そのネガティブ感情が暴発して、死に至る。それを呪いとオウグは表現していた。
オウグはそれらを防ぐためにどうするべきかわからなかった。だから、たまたま見つかった手段にすがるしかなかった。記憶を奪うこと。それ以外に方法なんて見当たらなかったから。
だが、記憶を奪う以外の方法が分かった。それは分かったというにはあまりに単純で、灯台下暗しのような結論である。
それは、誰かが一時的に支えてあげること。
人間生きていれば嫌なことくらい何度でも起こりうる。
しかし、それを乗り越えるためには、周りの環境がプラスであることがとても重要なのだ。滑って転んで膝を擦りむいた人間を笑い飛ばして立ち去る。なんて人がいたからには、身体的傷以上の傷を、心に負ってしまう。そしてその傷は、かさぶたができるどころか、日を追うごとに抉られる。否、自分自身が反芻することで、自分自身が抉るのだ。何かが間違っていた、あれが悪かったこれも悪かったと。反省はやがて自己卑下に変わり、自己嫌悪に変貌する。だから、誰かに支えてもらわないといけないのだ。第三者がフラットなメンタルで、そして優しく接してあげる必要がある。
人は、一人では生きていけないのだから。
そして、緑山優は、家族である老犬ペロに支えられることで、自分を取り戻し、見事自傷行為の呪いを克服したのである。
────────────────────────
「傷はもういいのかい?全治半年くらいは覚悟してほしかったんだけれど」
「自分でもヒールしてたからな、つーかそれくらいしかやることがなかったし」
病院の屋上って、一回入院したら行ってみたかったんだよな。そんな思いで高所特有の風を浴び、夕暮れで黄昏ているところに声をかけられた。声の主は、この国の王様オウグだ。王様特有の赤いマントは羽織らずに、簡素なTシャツとジーパンを履いている。声をかけられずにその様子を見たならば絶対に正体が分からなかっただろう。
だが驚くべきはそのシャツのプリント内容である。つい呟いてしまった。
「餃子...」
「そ、ギョウザだよ。王将にふさわしい漢字がこの二文字であると、色んな転移者の記憶にあったものだからね。王城の敷地内での仕事はいつもこの格好なんだ。動きやすいからね」
「まぁ、本人がそれで満足ならそれでいいかな」
そっか、記憶を奪われていたから、俺以外の転移者はこれがおかしいということを指摘できず、今の今までほったらかしになっていたということか。何だよ王にふさわしい漢字って。毎年発表される「今年の漢字」並みに意味わかんねぇよ。
「仕事はないのかよ、王様ってのは暇なのか?」
「いいや、大きな仕事に終止符が打たれた代わりにもっと大きな仕事が舞い込んだんだ。暇なわけないよ」
大きな仕事というのは、きっと転移者の呪い対策の話だろう。記憶を奪うのではなく、その人が弱ったら心の支えになってあげることで自傷を防げることがわかった今、それをどのようにして転移者に広めるのかを検討中なのだろう。現実でいうところのカウンセラーといったところに落ち着くのだろうか。
「だから頑張って合間を縫ってこうして入院中の君に面会に来ただけさ。それなのに屋上に行っているというのだから。王様にご足労かけるもんじゃないよ?」
そう、俺はあの大熊と同化した優の一撃を受けて、相当なケガを負ってしまったのである。今はその入院中だ。だが奇跡的に骨が砕ける一歩手前までのけぞることに成功し、こうして数か月の入院生活を経て、勝手に屋上に出歩くまでに回復することができたのだ。
「そうだな、すまん」
「浮かない顔だね、優のことを気にしているのか?」
なかなか鋭い勘を働かせる。
「あれは我ながら失敗だったと思うからな」
だが、この奇跡は飽くまでも不幸中の幸いというには、あまりに自分勝手な奇跡だった。
というのも、あの瞬間、優の大きな熊手の爪が俺の体を引き裂く瞬間、俺は老犬ペロを投げた。上に投げた。ペロを避難のためにどこかに投げるのであれば、背後に避難させることもできたのに、俺はそれをしなかった。
優の注意を少しでも惹かせることができるならば、と。
優がペロを殺し、その事実に絶望して呪いが発動し、優が死んでしまう嫌な予感はもちろんあった。だがその不幸が起こったとしても、俺は俺が死んでしまうという不幸を回避したい。と思ってしまった。あの時泥の足場によって俺の体は現在地点から離れることはできなかった。俺がその状況から助かるためには、攻撃側がその攻撃を自分から外してもらう必要があった。だから、ペロを上空に投げた。シャボンミラージュのシャボン玉でも見向きもしない優だが、家族であるペロならば十分意識を反らせると思ったから。我ながら酷い、ギリギリの賭けをしてしまった。そこから助かったというのは、本当に不幸中の幸いである。
だが、これはほめられることではない。一歩誤れば、俺がペロごと熊手で引き裂かれ死亡し、更に家族を手にかけた事実で優が自傷してしまうという可能性があったのだから。
「君には感謝しているよ」
予想だにしていない返答が帰ってきた。感謝だと?
「君がいなければ、余は今でも記憶を奪い、彼らの人生を奪っていたことだろう。転移者から呪いを克服する術が他にあるならば、その方法に全力を尽くさねばならない。転移者を救うために。それが余が継いだ使命なんだからね」
そうか、こいつは俺の言っていたことを分かってくれたというわけか。カレンのように、記憶を奪われたことによって繋がりが絶たれた人がいることを知らなかったのならば当然か。記憶を奪った人間は、「返せ」ということができない。それにオウグは自身の行為を秘匿していたのだから、カレンがオウグに対して「返せ」と直談判することもできなかったというわけだ。
いくら呪いから解放して死の運命を回避するにしても、代償が大きすぎる。記憶を奪われた転移者はそのデメリットを理解することができないし、だからこそ、王も今の今までそれを知ることができなかったのかもしれない。
「使命ねぇ、なら今まで奪った転移者の記憶を返してくれるのか、どう説明するんだ?結構反感買いそうだけれど」
オウグの表情がこわばる。いや、この病院の屋上を照らすオレンジの陽光が、オウグの顔以外を照らしている。
「それはできない。今まで奪った記憶は、もう返すことができない。」
「なんでだよ、記憶を奪われたことを責め立てられるのが怖くなったか?」
「余は記憶を失った転移者が生活できるシステムをこの国に敷いた。そしてそのお陰、いや罪滅ぼしが功を奏して、彼らにも、生前とは別の家族や友人、つまり繋がりができてしまった。優のように中途半端に記憶を奪っていたならば、元の記憶が接着剤のような役割を果たして、記憶を失った後の記憶も引き継ぐことはできるのだけれど、ある閾値を超えて奪った記憶は、戻すとそれまでの記憶をも食いつぶしてしまうんだ。脳のキャパシティを超えてしまうからね」
もう記憶を奪った転移者の中には、本当の第二の人生が始まってしまっている。記憶を無闇やたらに戻すということは、その第二の人生で培った繋がりを絶ち兼ねないことになる。
「だから彼らには、本として、記憶を返そうと思う。奪った記憶は別の本として切り分けることができるから。これに関しては既に行っていてね、ギルドマスターはその記憶の書のレシピから料理しているけれど、別段変わった様子もないし」
(といっても、昔ご先祖様は王族専属のシェフだったらしくてね、彼が残した無数のレシピを一つずつ解放しているだけさ。俺の実力でそれが完璧に実現できているかは分からないけれど)
ギルドマスターの言葉が頭の中で蘇る。オムライスを作ってくれた時、そんなことを言っていたような気がする。あれはオウグから記憶の書を貰っていたということなのか。王族専属のシェフだったから、事前に本を貰っていたのか。
「それで、君はこの屋上で何を見ていたんだい?」
気を取り直したように、オウグは話題を切り替えた。俺の視線の先には、あれがあった。イヴが言っていた、アダムに創造力を供給するという塔、心理塔である。その塔が黒くなっているというので、それを白く浄化するという使命を受け持っていた。それと引き換えに、俺の不幸を消すという条件付きで。
「心理塔をな、そういえば、ここから一番近いところで、心理塔が黒くなっているところってないか?」
「まさか、そこに向かう気なのかい?」
オウグはまるで地獄に進んで立ち入らんとする人間を見るかのような表情で俺を見た。
「ああ、そのつもりだ。一応目的が有るんでな」
オウグはそのセリフを聞いて、ふむ、と顎をさする。きっと俺の目的というのを聞き出すのか一瞬思案していたのだろう。そしてありがたいことにそれを聞くことはせず、オウグはその場所を口にした。
「学園国家グリストン。生徒総数1万を超える、学生が統治する国だ」
────────────────────────
オウグのお陰で、次なる目的地に向けての準備をすることができる。次に何をすればいいのかが明確であるというのは、それだけで幸せなことなのかもしれない。それは数多の可能性を秘めた未来を前に、動き出すことができるということなのだから。足踏みをするのは失敗への道に進むよりも愚かな行為だから。
この世界では、どうやら恐ろしいほど人間の心が濁っているらしい。
「世界には心理塔が八つあって、その内六つ塔が黒い状態だ。文献によれば最初は全て白かったはずなのだが、日に日にその濁りが度を越していったらしい」
オウグはそう言っていた。ということは、少なくとも六つの心理塔の場所に足を運ぶ必要があるということである。先ほど、次なる目的地に向けて準備ができて幸せだなーとモノローグしたことをここで撤回させていただこう。今の気持ちは10割だるい。ゴールが遠くてへたり込みそうになる。
だが俺は自分の不幸をなくすためならば、行動しないわけにはいかない。イヴの言っていたことがオウグの言葉で裏づけされたことで、一抹の不安であったイヴの願い叶える宣言が、0.5抹の不安くらいまで軽減されたのだ、信じて俺の役目を果たそう。
転移してきた時に着ていた学校のブレザーは優の熊手の爪によって引き裂かれてしまったため使い物にならないので、学園国家グリストンに向かうに当たっての、新しい服をオウグに見繕ってもらった。
中はパリッとしたカッターシャツを着ているものの、上下全身が黒。縦に並ぶ金色のボタンはこの喪服とも捉えられかねない服の唯一のおしゃれポイントになっている。襟元も黒で、ブラックバックな背景の撮影スタジオに迷い込んだらならば、髪の毛と一緒に全身が透明になる自信がある。
要するに、学ランである。俺はブレザー派なんだがな。
目の前には、学校の教室の扉。俺は今日このクラスに転校することで潜入し、この国で起こっている心理塔の濁りの原因を突き止めて、浄化をしに来たのだ。
転校の手続きはオウグが既にしてくれていると言っていたし、後は俺がこの扉を開くだけ。転移の次は転校とは、俺はよく転がるな。
そういえばあいつらは元気にやっているだろうか。カレンは冒険者として引き続き依頼をこなして生計を立てると快活に息まいていたし、優はカレンの下で魔法の勉強や異世界での生き方について学んで生活すると言っていた。彼女達なら元気で過ごしていることだろう。
俺はそいつらにまた顔向けできる生き方をするまでだ。
「入っていいよ!」
教室の中から、女教師のお招きの声が聞こえた。彼女が担任なのだろう。声からしてきっと美人に違いない。声で美人かどうか判断するのは心もとない気はしなくはないが(ちびまる子ちゃんの冬田さんとか)、なんだかそんな気がしたのである。
待たせるのも忍びない、これからの俺の人生がどのように転ぶのか、お手並み拝見と行こうじゃないか。
ガラガラガラガラ。と意気揚々と扉を開ける。
すると、目の前には、見覚えのある金色の長髪を垂れ流し、見覚えのある眼鏡をかけ、出席簿を大事そうに抱えるスーツ姿の美人女教師がそこにいた。
カレンが、いた。
「ってカレッ...!?」
カレンは笑顔でクイクイと、親指を机に座る学生達に向ける。自己紹介を白ということなのか。
気を取り直して、俺は黒板のチョーク入れからチョークを取り出すと、カツカツと自分の名前を書き込む。そして踵を返して自己紹介をした。
「山田サツキです。よろしk...!く!?」
視線を一身に集める中での盛大な自己紹介。ビシッと決めようとしていた矢先、その勢いを慣性ガン無視で止めてきたのは、その30人くらいの生徒の中にいる、緑山優の姿があったからだ。だって一人だけ青い飼育員のような帽子被ってるんだもん、超目立つわ、カレンが無言で指さしたのは、自己紹介を促すことではなく、優もいるよ、というサインだったのか。
「はいサツキ君ありがとうございました!みんな仲良くしてあげてね!」
こうして次なる舞台が幕を開いた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
勘当された少年と不思議な少女
レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。
理由は外れスキルを持ってるから…
眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。
そんな2人が出会って…
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
チート魔力のせいで神レベルの連中に狙われましたが、守銭奴なので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
――自由を手に入れるために、なにがあっても金は稼ぎます――
金さえあれば人生はどうにでもなる――
そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。
交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。
しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。
だがその力は、本来存在してはいけないものだった。
知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。
その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在――
「世界を束ねる管理者」
神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。
巻き込まれたくない。
戦いたくもない。
知里が望むのはただ一つ。
金を稼いで楽して生きること。
しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。
守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。
金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる
巻き込まれ系異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる