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第5話 お供おぉぉぉ⁉
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「ぴぃ……」
先輩が前方を見ながら何か言いたげに鳴いた。
「どうしたの……あ!あれ!人だよね⁉」
「ぴ、ぴー」
この世界の住人を発見できたかもしれないと喜ぶ自分とは対照的に、先輩は肯定しつつも気乗りしない様子だ。
「あー、先輩的には人って敵なのかな」
友好種とは言えモンスター。兎なんて、最初のクエストに出てくる低級モンスターでお馴染みである。自分の場合は仲間だし最初の討伐対象はあれだったけど。
「よし、先輩は守ってみせるよ!とりあえずポケットに入っとこう」
この二日で、先輩が体の大きさを小さくできることに気が付いた。
「ぴー」
「だ、大丈夫。つぶさないよう気を付けるから!」
不服そうな先輩を説得して、ポケットに収まってもらった。
守るとは言ったが、先輩の存在に気が付いて攻撃されたらどうしようか。その時は身を盾にして逃げるかなぁ。
ドォン
人がいる場所から大きな音がして、川から大きな水しぶきが上がった。
「何かと戦ってる?」
人影は何かと戦闘中の様だった。気付かれないよう、なるべくこそこそ近づく。
(あれは、スライム?)
距離が縮まり、戦闘相手の姿が確認できた。水中にいるようで見えづらいが、ぬるぬるとした青色の物体が無数の触手の様なものを伸ばしている。
「人の方は……女の子?」
素早く動き回る人影は視界に捉えるのに苦労するが、どうやら女の子の様だ。
「おい!」
覗いているのがバレたのか、こちらに向かって何か叫んでいる。
「やば、邪魔しちゃ……あ」
しまった。彼女に気を取られていて、モンスターの方を全く見ていなかった。川の中からではあるが、自分を見ている青いぬるぬるがいた。
目は無いが、視線をビシバシ感じる。もちろん殺意も。
「ごめん、先輩っ」
触手がこちらへ勢いよく放たれた。逃げる時間は無いと悟り、先輩のいるポケットを庇う形で地面にしゃがみ込む。
「ぐっ」
襲ったのは予想していた痛みではなく、服で首が閉まる感覚。遊園地の空中ブランコみたいな浮遊感の後、地面に放り出された。
「いっててて……」
「あ、待てこら!」
顔を上げた先で叫んでいたのは、真っ赤なボブヘアの角のある女の子。オープニングで説明していた、東の国の人の特徴だ。少しタレた大きな瞳、目じりの下がり具合に反して上を向く短い眉毛。黒いぴったりとした服を着ていて、目のやり場に困る。どうやら自分を助けてくれたようで、その隙に敵が逃げてしまったらしい。
「はぁ、君大丈夫……っ!」
こちらを向いて手を差し伸べてくれた彼女は、険しい表情になった後、困惑の表情を浮かべた。
「ちょ、なんで泣いてるの……」
「え?あれ?本当だ。なんで……」
頬に手をやると、ぼたぼたと涙が零れていた。モンスターが怖かった?いや、違う。
彼女の顔を見た瞬間、胸が締め付けられるように痛くなった。懐かしさとか、悲しさとか、申し訳なさとか、色んな感情があふれ出た。
「怖かった? それとも放り出したの痛かった? ご、ごめんね?」
同い年くらいに見えるのに、小さな子に話しかけるような口調で、相当動揺させてしまったのが分かる。
「いえ、すみません、自分でもよく分からなくて」
ぐいっとほほを拭って笑って見せた。
「そう」
彼女はホッとした後、口元に手を当てて考え込む。
「あなた、どこから来たの?」
「あー、それが分からなくて」
「分からない?」
「記憶がないんです。気が付いた時には森の中で」
「なんでここに?」
「とにかく、人のいるところに出られたらなと」
話を聞いてくれそうだったので、クエストの事は伏せながら本当のことを伝える。
「なんで血まみれなの」
水で洗ったとはいえ、服全体に血の跡があれば怪しいですよね。
「起きてすぐにモンスターに襲われて、必死で戦った結果です……」
「なんてモンスター?」
「ええと、ホーンボアって名前でした」
「イノシシに手こずったの?」
「弱いので……」
「素手?」
「落ちてた木の棒で……」
「ふーん、頑張ったね?」
「頑張りました」
「名前は?」
だんだん尋問みたいになってきた。笑顔で答えているけど、相手の顔は依然眉間にしわが寄っている。
「旭太陽というらしいです」
「らしい?」
ここで詰まる。名前が書いてあった持ち物は無いし、あのゲームの画面を説明して伝わるだろうか。自分にしか見えないものなら余計に怪しい。
けど、この人に嘘はつきたくない気がする。
「あの、信じてもらえるか分からないんですけど、ここにこう、画面の様なものが出まして……」
手で空中に四角を描いて説明する。
「あーメニュー画面ね」
「え?」
「メニュー画面の事でしょ?」
「分かるんですか⁉」
「それも忘れてるんだ」
「目が覚めて最初に見たきりで、消えてからは出し方も分からなかったんです」
自分だけじゃなく、ここの住人全員が使えるものなのか。
「出し方って、そんな大層なもんじゃ……こうすれば出てくるよ」
そう言いながら、左耳を引っ張って見せた。
「えぇ」
まさか、そんな動作だけで……。
「本当に出た……」
自分の左耳を軽く引っ張ると、ウィンと目の前にあの画面が出てきた。あまりに簡単で、これを出すために羞恥を晒した(先輩しか見てないけど)自分が恥ずかしい。
「消す時はもう一回引っ張るか、ほっとけばいいから」
「はい、ありがとうございます。あ!」
「何?」
すっかり忘れていた。さっき助けてもらったのにお礼を言っていない。
「さっきは危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました。後、戦闘の邪魔をしてしまいごめんなさい」
正座をして頭を深々下げる。
「あぁまぁ、こっちも苦戦してたし別に。ねぇ、ポケットに何かいる?」
「あ、これは、危ないモンスターじゃなくて!友好種らしいんです!」
先輩がもぞもぞと動いているのが彼女の目に留まってしまった。いい人そうだけど、モンスターとの戦闘を思い出すと些か怖い。
「ぴぃ!」
ずっとポケットの中は苦しかったのか、先輩がぷはっと顔を出す。そのまま手のひらに乗ってもらい、おずおずと彼女の前に持ってくる。
怒るか何か反応があるかと思ったが、先輩を見た彼女は固まってしまった。
ぽかんと先輩を見つめ、首を傾げたり、眉を寄せたり、「いやいや」とおどけたように笑ったり、真顔になったり。まさに百面相。
「ねぇ……違うとは思うんだけど、この子、ブラックプーカだったり……いや、まさかよね。ただの黒い兎よね」
「あ、はい。お供になる時、確か友好種でブラックプーカって出てました」
「はぁぁぁぁ‼ ブラックプーカ⁉ お供⁉ お供おぉぉぉ⁉」
「うぐぅ」
何に驚いたのか、胸ぐらをつかまれガクガクと揺すられる。助けてもらった時から思っていたけど、この子力強いな⁉ 揺さぶられ過ぎて……。
「うぷぅ……」
「あ、ごめん……。私ったら興奮して……」
吐きそうになりようやく手を放してくれた。
「うぅ……。何にそんな……」
「何って……。うーん。君って何者なの?」
「なんなんでしょうね……」
「太陽だっけ。これから私の街に連れて行こうと思うけど良い?」
彼女は少し離れた場所で誰かと通話をした後、街へと連れて行ってくれるという。
「願ってもないです! これからどうしたらいいか分からなくて。助かります」
「よし、じゃぁ行こうか」
「近いんですか?」
「遠くは無いけど、大体走って一時間くらいかな?私なら二十分もあれば」
「走って行くんですか……」
勘だけど、絶対自分の走る速度では追い付けない。
「そうか、角付きボアに手こずる子だったか」
「はい、思っている以上に軟弱かと……」
自分で言っていて悲しくなるが、駆け出し冒険者はこんなものだと思いたい。
「その子、落とさないようポケットに入れといて」
「?はい」
先輩がポケットに入るのを確認するや否や、ガシッと脇に抱えられた。
「うわぁ」
自分よりも低い背丈の彼女に抱えられ、足が宙に浮きつい手足をばたつかせる。
「暴れないでよー、うっかり落としちゃうから」
落とす、という単語でぴたりと停止する。これから何をするつもりか想像がつくので、それは死を意味する。
「舌を噛みたくなかったら、到着するまで口は閉じといた方が良いよ」
「あ、あの、その前に!お名前、聞いていいですか?」
お世話になる人の名前は先に知っておきたい。
「陽葵だよ。天堂陽葵」
ニカっと笑う顔に、何故だかまた泣きたい気持ちになった。
「あ、よろしっどぅおぉぉぉぉぉおおおお⁉」
挨拶を待たずに、強烈な重力を感じたと思ったら、
「ひ、おち、あああああああああああああああああああああああああ⁉」
途端に落下。
先程、これからの事が想像できるみたいに言ったが、撤回しよう。人を抱えて、尋常じゃないジャンプ力で跳んで行くなら教えてほしかった。
記憶の中のどんな絶叫マシーンよりも恐ろしい乗り物に揺さぶられ、早々に意識を飛ばした。
起きろ~、と起こされた時には陽が落ち切る直前だった。
宣言通りニ十分程度で到着したらしいが、自分がなかなか起きないので、街の外の茂みに寝かせたまま用事を済ませてきたらしい。他の人に見つからないよう草をかけていったらしく、起き上がると草まみれになっていた。
先輩が服についた草を取り除くように食べてくれている。
時間が経っているとはいえ、モンスターとドンパチして、人を抱えて大ジャンプを繰り返したのに、疲労が一切見えない。改めて異世界なんだと思わされる。
彼女の赤い髪と角が、オレンジ色の夕日に照らされ目を奪われる。角の生えた美しい人。それを神秘的でかっこいいと思う心と、記憶の中の悪魔の絵と重ね恐ろしいと思う心が入り乱れる。あの移動を思い返すと、圧倒的後者なんだが。あ、なんだか泣けてきた。
「失礼な事考えてない?」
遠い目をしていると、彼女がぬっと顔を寄せてきた。
「そんなことは……わぁ」
目をそらそうと空を見ると、巨大な飛行船が目に入った。高い空を悠々と飛びながら、塀の向こうへ消えていく。
「飛行船だけど、知ってる?」
「はい。自分については全く思い出せないんですけど、知識的な部分は残っているようで。でも、あんなに大きな飛行船を、こんなに近くで見たことは無いと思います」
記憶にあるのは、今よりもずっとずっと高い場所を飛んでいて、豆粒みたいな大きさの飛行船。飛行機が主流になっていたあの世界では、乗る機会など無いと思っていたけど。
「あれって、乗れるんですか?」
「乗れるよ。まぁ高いから、王都に行く時くらいしか使わないけど」
日本なのに王都なんだ。
「おっと、日が暮れちゃう。とりあえず中に入ろう。目立つからこれ着て。フードは深めに被ってね」
渡されたのは真っ赤なコート。
「角が無いのが目立つんですか?」
「角ももちろんだけど、その髪色もだね」
「普通の黒髪ですけど……」
いや、彼女が真っ赤な時点で普通ではないのかもしれない。
「この国で黒髪は、魔女様かノームくらいだよ」
魔女!あのストーリーの少女たちの一人か。
「ノームということにしてみるとか」
赤いマントを着るのに抵抗があり、どうにか他の手はないかと提案してみる。すると思い切り呆れた顔をされた。
「知識的な部分は残ってるんじゃ……まぁ、この国出身とは限らないもんね。仕方ないか」
馬鹿にされたというよりは、真面目に「仕方ない」と納得している様子だけど、なんだか腹が立つ。
「明日はノームのところに行く予定だから、会った後で名乗れそうなら名乗ってみたらいいよ」
含みのある言い方に引っ掛かるけど、もう少し粘ってみる。
「でも、真っ赤なコートの方が目立ちません? 皆さん真っ赤なんですか」
受け取ったコートはフードから裾、裏面まで余すところなく染められていた。自分の感覚ではかなり目立つ。
「その色なのは私の私物だからだけど……嫌なら麻袋にでも放り込んで運んであげるよ?」
「ありがたく着させていただきます」
いそいそとコートに袖を通す。大きめに作られているのか、小柄な彼女の私物の割りに丁度良いサイズだ。
「ぴ♪」
フードをしっかりと被り準備が整うと、避けていた先輩が楽しそうに肩に飛び乗ってきた。
「あ、ごめん。その子はポケットに隠れてもらって」
「街の中にモンスターはまずいですもんね」
「はは、それも明日説明するよ」
乾いた笑いを返しながら、大門へと向かっていく。その後を追いながら、先輩には申し訳ないけど今度はコートの内ポケットに入ってもらった。
「ちなみに、街中にも角付きのモンスターはいるよ。彼らと契約を結ぶのは、主流じゃないけど珍しくもないから」
追い付いたのを見計らってか、振り返らずに教えてくれた。
「ブラックプーカと契約したのは君くらいだろうけど」
(先輩っていったい……)
初めて先輩を見た彼女の驚きぶりと今の発言を考えると、どうもただの角付き兎ではないようだ。
先輩が前方を見ながら何か言いたげに鳴いた。
「どうしたの……あ!あれ!人だよね⁉」
「ぴ、ぴー」
この世界の住人を発見できたかもしれないと喜ぶ自分とは対照的に、先輩は肯定しつつも気乗りしない様子だ。
「あー、先輩的には人って敵なのかな」
友好種とは言えモンスター。兎なんて、最初のクエストに出てくる低級モンスターでお馴染みである。自分の場合は仲間だし最初の討伐対象はあれだったけど。
「よし、先輩は守ってみせるよ!とりあえずポケットに入っとこう」
この二日で、先輩が体の大きさを小さくできることに気が付いた。
「ぴー」
「だ、大丈夫。つぶさないよう気を付けるから!」
不服そうな先輩を説得して、ポケットに収まってもらった。
守るとは言ったが、先輩の存在に気が付いて攻撃されたらどうしようか。その時は身を盾にして逃げるかなぁ。
ドォン
人がいる場所から大きな音がして、川から大きな水しぶきが上がった。
「何かと戦ってる?」
人影は何かと戦闘中の様だった。気付かれないよう、なるべくこそこそ近づく。
(あれは、スライム?)
距離が縮まり、戦闘相手の姿が確認できた。水中にいるようで見えづらいが、ぬるぬるとした青色の物体が無数の触手の様なものを伸ばしている。
「人の方は……女の子?」
素早く動き回る人影は視界に捉えるのに苦労するが、どうやら女の子の様だ。
「おい!」
覗いているのがバレたのか、こちらに向かって何か叫んでいる。
「やば、邪魔しちゃ……あ」
しまった。彼女に気を取られていて、モンスターの方を全く見ていなかった。川の中からではあるが、自分を見ている青いぬるぬるがいた。
目は無いが、視線をビシバシ感じる。もちろん殺意も。
「ごめん、先輩っ」
触手がこちらへ勢いよく放たれた。逃げる時間は無いと悟り、先輩のいるポケットを庇う形で地面にしゃがみ込む。
「ぐっ」
襲ったのは予想していた痛みではなく、服で首が閉まる感覚。遊園地の空中ブランコみたいな浮遊感の後、地面に放り出された。
「いっててて……」
「あ、待てこら!」
顔を上げた先で叫んでいたのは、真っ赤なボブヘアの角のある女の子。オープニングで説明していた、東の国の人の特徴だ。少しタレた大きな瞳、目じりの下がり具合に反して上を向く短い眉毛。黒いぴったりとした服を着ていて、目のやり場に困る。どうやら自分を助けてくれたようで、その隙に敵が逃げてしまったらしい。
「はぁ、君大丈夫……っ!」
こちらを向いて手を差し伸べてくれた彼女は、険しい表情になった後、困惑の表情を浮かべた。
「ちょ、なんで泣いてるの……」
「え?あれ?本当だ。なんで……」
頬に手をやると、ぼたぼたと涙が零れていた。モンスターが怖かった?いや、違う。
彼女の顔を見た瞬間、胸が締め付けられるように痛くなった。懐かしさとか、悲しさとか、申し訳なさとか、色んな感情があふれ出た。
「怖かった? それとも放り出したの痛かった? ご、ごめんね?」
同い年くらいに見えるのに、小さな子に話しかけるような口調で、相当動揺させてしまったのが分かる。
「いえ、すみません、自分でもよく分からなくて」
ぐいっとほほを拭って笑って見せた。
「そう」
彼女はホッとした後、口元に手を当てて考え込む。
「あなた、どこから来たの?」
「あー、それが分からなくて」
「分からない?」
「記憶がないんです。気が付いた時には森の中で」
「なんでここに?」
「とにかく、人のいるところに出られたらなと」
話を聞いてくれそうだったので、クエストの事は伏せながら本当のことを伝える。
「なんで血まみれなの」
水で洗ったとはいえ、服全体に血の跡があれば怪しいですよね。
「起きてすぐにモンスターに襲われて、必死で戦った結果です……」
「なんてモンスター?」
「ええと、ホーンボアって名前でした」
「イノシシに手こずったの?」
「弱いので……」
「素手?」
「落ちてた木の棒で……」
「ふーん、頑張ったね?」
「頑張りました」
「名前は?」
だんだん尋問みたいになってきた。笑顔で答えているけど、相手の顔は依然眉間にしわが寄っている。
「旭太陽というらしいです」
「らしい?」
ここで詰まる。名前が書いてあった持ち物は無いし、あのゲームの画面を説明して伝わるだろうか。自分にしか見えないものなら余計に怪しい。
けど、この人に嘘はつきたくない気がする。
「あの、信じてもらえるか分からないんですけど、ここにこう、画面の様なものが出まして……」
手で空中に四角を描いて説明する。
「あーメニュー画面ね」
「え?」
「メニュー画面の事でしょ?」
「分かるんですか⁉」
「それも忘れてるんだ」
「目が覚めて最初に見たきりで、消えてからは出し方も分からなかったんです」
自分だけじゃなく、ここの住人全員が使えるものなのか。
「出し方って、そんな大層なもんじゃ……こうすれば出てくるよ」
そう言いながら、左耳を引っ張って見せた。
「えぇ」
まさか、そんな動作だけで……。
「本当に出た……」
自分の左耳を軽く引っ張ると、ウィンと目の前にあの画面が出てきた。あまりに簡単で、これを出すために羞恥を晒した(先輩しか見てないけど)自分が恥ずかしい。
「消す時はもう一回引っ張るか、ほっとけばいいから」
「はい、ありがとうございます。あ!」
「何?」
すっかり忘れていた。さっき助けてもらったのにお礼を言っていない。
「さっきは危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました。後、戦闘の邪魔をしてしまいごめんなさい」
正座をして頭を深々下げる。
「あぁまぁ、こっちも苦戦してたし別に。ねぇ、ポケットに何かいる?」
「あ、これは、危ないモンスターじゃなくて!友好種らしいんです!」
先輩がもぞもぞと動いているのが彼女の目に留まってしまった。いい人そうだけど、モンスターとの戦闘を思い出すと些か怖い。
「ぴぃ!」
ずっとポケットの中は苦しかったのか、先輩がぷはっと顔を出す。そのまま手のひらに乗ってもらい、おずおずと彼女の前に持ってくる。
怒るか何か反応があるかと思ったが、先輩を見た彼女は固まってしまった。
ぽかんと先輩を見つめ、首を傾げたり、眉を寄せたり、「いやいや」とおどけたように笑ったり、真顔になったり。まさに百面相。
「ねぇ……違うとは思うんだけど、この子、ブラックプーカだったり……いや、まさかよね。ただの黒い兎よね」
「あ、はい。お供になる時、確か友好種でブラックプーカって出てました」
「はぁぁぁぁ‼ ブラックプーカ⁉ お供⁉ お供おぉぉぉ⁉」
「うぐぅ」
何に驚いたのか、胸ぐらをつかまれガクガクと揺すられる。助けてもらった時から思っていたけど、この子力強いな⁉ 揺さぶられ過ぎて……。
「うぷぅ……」
「あ、ごめん……。私ったら興奮して……」
吐きそうになりようやく手を放してくれた。
「うぅ……。何にそんな……」
「何って……。うーん。君って何者なの?」
「なんなんでしょうね……」
「太陽だっけ。これから私の街に連れて行こうと思うけど良い?」
彼女は少し離れた場所で誰かと通話をした後、街へと連れて行ってくれるという。
「願ってもないです! これからどうしたらいいか分からなくて。助かります」
「よし、じゃぁ行こうか」
「近いんですか?」
「遠くは無いけど、大体走って一時間くらいかな?私なら二十分もあれば」
「走って行くんですか……」
勘だけど、絶対自分の走る速度では追い付けない。
「そうか、角付きボアに手こずる子だったか」
「はい、思っている以上に軟弱かと……」
自分で言っていて悲しくなるが、駆け出し冒険者はこんなものだと思いたい。
「その子、落とさないようポケットに入れといて」
「?はい」
先輩がポケットに入るのを確認するや否や、ガシッと脇に抱えられた。
「うわぁ」
自分よりも低い背丈の彼女に抱えられ、足が宙に浮きつい手足をばたつかせる。
「暴れないでよー、うっかり落としちゃうから」
落とす、という単語でぴたりと停止する。これから何をするつもりか想像がつくので、それは死を意味する。
「舌を噛みたくなかったら、到着するまで口は閉じといた方が良いよ」
「あ、あの、その前に!お名前、聞いていいですか?」
お世話になる人の名前は先に知っておきたい。
「陽葵だよ。天堂陽葵」
ニカっと笑う顔に、何故だかまた泣きたい気持ちになった。
「あ、よろしっどぅおぉぉぉぉぉおおおお⁉」
挨拶を待たずに、強烈な重力を感じたと思ったら、
「ひ、おち、あああああああああああああああああああああああああ⁉」
途端に落下。
先程、これからの事が想像できるみたいに言ったが、撤回しよう。人を抱えて、尋常じゃないジャンプ力で跳んで行くなら教えてほしかった。
記憶の中のどんな絶叫マシーンよりも恐ろしい乗り物に揺さぶられ、早々に意識を飛ばした。
起きろ~、と起こされた時には陽が落ち切る直前だった。
宣言通りニ十分程度で到着したらしいが、自分がなかなか起きないので、街の外の茂みに寝かせたまま用事を済ませてきたらしい。他の人に見つからないよう草をかけていったらしく、起き上がると草まみれになっていた。
先輩が服についた草を取り除くように食べてくれている。
時間が経っているとはいえ、モンスターとドンパチして、人を抱えて大ジャンプを繰り返したのに、疲労が一切見えない。改めて異世界なんだと思わされる。
彼女の赤い髪と角が、オレンジ色の夕日に照らされ目を奪われる。角の生えた美しい人。それを神秘的でかっこいいと思う心と、記憶の中の悪魔の絵と重ね恐ろしいと思う心が入り乱れる。あの移動を思い返すと、圧倒的後者なんだが。あ、なんだか泣けてきた。
「失礼な事考えてない?」
遠い目をしていると、彼女がぬっと顔を寄せてきた。
「そんなことは……わぁ」
目をそらそうと空を見ると、巨大な飛行船が目に入った。高い空を悠々と飛びながら、塀の向こうへ消えていく。
「飛行船だけど、知ってる?」
「はい。自分については全く思い出せないんですけど、知識的な部分は残っているようで。でも、あんなに大きな飛行船を、こんなに近くで見たことは無いと思います」
記憶にあるのは、今よりもずっとずっと高い場所を飛んでいて、豆粒みたいな大きさの飛行船。飛行機が主流になっていたあの世界では、乗る機会など無いと思っていたけど。
「あれって、乗れるんですか?」
「乗れるよ。まぁ高いから、王都に行く時くらいしか使わないけど」
日本なのに王都なんだ。
「おっと、日が暮れちゃう。とりあえず中に入ろう。目立つからこれ着て。フードは深めに被ってね」
渡されたのは真っ赤なコート。
「角が無いのが目立つんですか?」
「角ももちろんだけど、その髪色もだね」
「普通の黒髪ですけど……」
いや、彼女が真っ赤な時点で普通ではないのかもしれない。
「この国で黒髪は、魔女様かノームくらいだよ」
魔女!あのストーリーの少女たちの一人か。
「ノームということにしてみるとか」
赤いマントを着るのに抵抗があり、どうにか他の手はないかと提案してみる。すると思い切り呆れた顔をされた。
「知識的な部分は残ってるんじゃ……まぁ、この国出身とは限らないもんね。仕方ないか」
馬鹿にされたというよりは、真面目に「仕方ない」と納得している様子だけど、なんだか腹が立つ。
「明日はノームのところに行く予定だから、会った後で名乗れそうなら名乗ってみたらいいよ」
含みのある言い方に引っ掛かるけど、もう少し粘ってみる。
「でも、真っ赤なコートの方が目立ちません? 皆さん真っ赤なんですか」
受け取ったコートはフードから裾、裏面まで余すところなく染められていた。自分の感覚ではかなり目立つ。
「その色なのは私の私物だからだけど……嫌なら麻袋にでも放り込んで運んであげるよ?」
「ありがたく着させていただきます」
いそいそとコートに袖を通す。大きめに作られているのか、小柄な彼女の私物の割りに丁度良いサイズだ。
「ぴ♪」
フードをしっかりと被り準備が整うと、避けていた先輩が楽しそうに肩に飛び乗ってきた。
「あ、ごめん。その子はポケットに隠れてもらって」
「街の中にモンスターはまずいですもんね」
「はは、それも明日説明するよ」
乾いた笑いを返しながら、大門へと向かっていく。その後を追いながら、先輩には申し訳ないけど今度はコートの内ポケットに入ってもらった。
「ちなみに、街中にも角付きのモンスターはいるよ。彼らと契約を結ぶのは、主流じゃないけど珍しくもないから」
追い付いたのを見計らってか、振り返らずに教えてくれた。
「ブラックプーカと契約したのは君くらいだろうけど」
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