13 / 32
第二章
5
しおりを挟む
運ばれてきたアイスティーをぐびりと飲む。センパイも目の前のコーヒーに手をつけ、一口。緊張からか潤う気配のない喉に気付く。往生際悪くもう一口飲むと俺はセンパイに向き直った。カランコロン。客が来たのだろう。喫茶店のベルが軽快な音を鳴らす。
「……センパイは、」
掠れた声。咳払いをし、喉の調子を整える。
「……センパイは、俺が除霊はできないって言ったの、覚えてますか」
「ああ」
「じゃあ、除霊はできるって言ったことは?」
「……人一人を消す方が楽、だったか」
ご名答。
いつもであればまばらな拍手でも送っているところだが、無言で頷くまでに止める。茶化すには生憎気力が足りなかった。
「矛盾しているでしょう。結局どっちなんだって思いません?」
「……ああ」
「回りくどい言い方でしたが、あれはある意味両方とも正しいんです」
センパイの頭の上に疑問符が浮かぶ。応えるようにニコリと笑う。目元が少し引き攣った。鏡で見たら下手くそな笑みを浮かべていることだろう。今ここに鏡はないから自分では分からないけど。
「普通の霊感持ちは、除霊なんてできません。いや、正確に言えば、生きている人間には除霊なんて代物できないんです」
「でも、空き教室のレディや……音楽室の霊を祓ったじゃないか」
「あれは成仏しただけです」
疑問符の数を増やしたセンパイに、説明が長くなりそうだとアイスティーを啜る。
「センパイ。そもそも除霊って、何だと思いますか」
「彷徨ってる幽霊を、天国に還すこと……じゃ、なさそうだな」
「そうですね、違います。除霊とは、霊の存在を消し去ることです。死んだ霊をもう一度殺す。それを除霊と言います」
沈黙が落ちる。喫茶店のBGMがやけに耳につく。アイスティーの氷が溶けて崩れ、グラスを鳴らす。
コーヒーのカップを取ったセンパイは一口飲み、視線を落とす。
「……でも、できないんだろ? 除霊なんて」
「できますよ」
「は、いやでも、」
「そうですね、生きている人間にはできません」
生者を殺すことができるのは生者であるように、死者を殺せるのも死者だけだ。──本来は。
「でも、俺にはできる」
テーブルの上で拳を握りしめる。言うのに覚悟なんていらない。諦めと、少しの拒絶。それだけあれば十分だ。へらり、笑うとセンパイの瞳は揺れた。
「俺、幽霊みたいなものなんです」
アイスティーを飲み干し、荷物をまとめて立ち上がる。
「センパイも流石に俺に近づきたくはなくなったでしょうし、裏風紀とやらもなかったことにしてください」
じゃあ、と伝票を手に取ると、その手を掴まれる。しかと手首を掴んだセンパイは、座れと目で促した。振り払おうとするも、センパイの手は全く解けない。一向に逸らされない視線に根負けし、席に座り直す。
「悪かった」
「……何がですか」
「俺の無神経で傷つけた。お前は除霊なんて頼まれたくなかったのに」
「はっ、どうします? やめますか?」
嘲るように笑うと、センパイは傷ついたように目を眇める。出た言葉は、らしくもなく控えめで。
「お前はもう俺と関わりたくないか?」
驚きに唖然とする。その質問は予想外だった。
「その言い方だと、センパイが俺を好きみたいですね?」
照れちゃうなあ、とぼやきまじりに揶揄う。
「好きだよ」
「は?」
今度こそ俺は言葉を失った。
好き……? す、好き? え、好きって。何言ってんだこの人?
混乱に思考停止する。何かを言おうとするも、口はパクパクと開閉するだけで言葉を紡がない。戸惑う俺の様子に、センパイはカラリと笑う。
「小生意気で腹立つこともあるけど、お前と話すのは結構楽しいんだ。これまでそう親しくした後輩もいなかったし。なかなか新鮮で悪くない。俺はお前のこと、後輩として結構気に入ってるんだぞ、魚沼」
「後輩として……?」
目元を緩めるセンパイに、そのまま言葉を繰り返す。……後輩として。こうはい、として?
言葉を理解すると共に体温が上がる。見なくても顔が真っ赤に染まっているのが分かった。
「ややこしいんだよっ」
「な、何が!?」
「うるっせぇ! 一生童貞こじらせてろバカッ!」
「は、はぁ? それで結局裏風紀はどうするんだ」
「腹立つほど切り替え早いな! さっきから風紀風紀って! やってほしいならやってやるわ禿げろ!」
ふーふーと息を荒げる俺に、噛みつくことなくセンパイは笑う。いつもだったら暴言に何かしら反応を返してくるのに。余裕ありげな表情で、こうして年上だと思い出させるのは卑怯くさい。
「ありがとう」
「~~~~っ、泣いて喜んでくださいね!」
「ああ。嬉しいよ」
「………、」
わざと!? わざとか!!? やりこむつもりが天然の口撃で無自覚に反撃され、思わず頭を抱え込んだ。何この人、質が悪い。
「……センパイは、」
掠れた声。咳払いをし、喉の調子を整える。
「……センパイは、俺が除霊はできないって言ったの、覚えてますか」
「ああ」
「じゃあ、除霊はできるって言ったことは?」
「……人一人を消す方が楽、だったか」
ご名答。
いつもであればまばらな拍手でも送っているところだが、無言で頷くまでに止める。茶化すには生憎気力が足りなかった。
「矛盾しているでしょう。結局どっちなんだって思いません?」
「……ああ」
「回りくどい言い方でしたが、あれはある意味両方とも正しいんです」
センパイの頭の上に疑問符が浮かぶ。応えるようにニコリと笑う。目元が少し引き攣った。鏡で見たら下手くそな笑みを浮かべていることだろう。今ここに鏡はないから自分では分からないけど。
「普通の霊感持ちは、除霊なんてできません。いや、正確に言えば、生きている人間には除霊なんて代物できないんです」
「でも、空き教室のレディや……音楽室の霊を祓ったじゃないか」
「あれは成仏しただけです」
疑問符の数を増やしたセンパイに、説明が長くなりそうだとアイスティーを啜る。
「センパイ。そもそも除霊って、何だと思いますか」
「彷徨ってる幽霊を、天国に還すこと……じゃ、なさそうだな」
「そうですね、違います。除霊とは、霊の存在を消し去ることです。死んだ霊をもう一度殺す。それを除霊と言います」
沈黙が落ちる。喫茶店のBGMがやけに耳につく。アイスティーの氷が溶けて崩れ、グラスを鳴らす。
コーヒーのカップを取ったセンパイは一口飲み、視線を落とす。
「……でも、できないんだろ? 除霊なんて」
「できますよ」
「は、いやでも、」
「そうですね、生きている人間にはできません」
生者を殺すことができるのは生者であるように、死者を殺せるのも死者だけだ。──本来は。
「でも、俺にはできる」
テーブルの上で拳を握りしめる。言うのに覚悟なんていらない。諦めと、少しの拒絶。それだけあれば十分だ。へらり、笑うとセンパイの瞳は揺れた。
「俺、幽霊みたいなものなんです」
アイスティーを飲み干し、荷物をまとめて立ち上がる。
「センパイも流石に俺に近づきたくはなくなったでしょうし、裏風紀とやらもなかったことにしてください」
じゃあ、と伝票を手に取ると、その手を掴まれる。しかと手首を掴んだセンパイは、座れと目で促した。振り払おうとするも、センパイの手は全く解けない。一向に逸らされない視線に根負けし、席に座り直す。
「悪かった」
「……何がですか」
「俺の無神経で傷つけた。お前は除霊なんて頼まれたくなかったのに」
「はっ、どうします? やめますか?」
嘲るように笑うと、センパイは傷ついたように目を眇める。出た言葉は、らしくもなく控えめで。
「お前はもう俺と関わりたくないか?」
驚きに唖然とする。その質問は予想外だった。
「その言い方だと、センパイが俺を好きみたいですね?」
照れちゃうなあ、とぼやきまじりに揶揄う。
「好きだよ」
「は?」
今度こそ俺は言葉を失った。
好き……? す、好き? え、好きって。何言ってんだこの人?
混乱に思考停止する。何かを言おうとするも、口はパクパクと開閉するだけで言葉を紡がない。戸惑う俺の様子に、センパイはカラリと笑う。
「小生意気で腹立つこともあるけど、お前と話すのは結構楽しいんだ。これまでそう親しくした後輩もいなかったし。なかなか新鮮で悪くない。俺はお前のこと、後輩として結構気に入ってるんだぞ、魚沼」
「後輩として……?」
目元を緩めるセンパイに、そのまま言葉を繰り返す。……後輩として。こうはい、として?
言葉を理解すると共に体温が上がる。見なくても顔が真っ赤に染まっているのが分かった。
「ややこしいんだよっ」
「な、何が!?」
「うるっせぇ! 一生童貞こじらせてろバカッ!」
「は、はぁ? それで結局裏風紀はどうするんだ」
「腹立つほど切り替え早いな! さっきから風紀風紀って! やってほしいならやってやるわ禿げろ!」
ふーふーと息を荒げる俺に、噛みつくことなくセンパイは笑う。いつもだったら暴言に何かしら反応を返してくるのに。余裕ありげな表情で、こうして年上だと思い出させるのは卑怯くさい。
「ありがとう」
「~~~~っ、泣いて喜んでくださいね!」
「ああ。嬉しいよ」
「………、」
わざと!? わざとか!!? やりこむつもりが天然の口撃で無自覚に反撃され、思わず頭を抱え込んだ。何この人、質が悪い。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる