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第六章
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風呂も上がりさて寝るかと床に就いた今、俺は青と同じベッドの中にいる。経緯といってもなんてことはない。ただ空いている布団がなかったというだけの話だ。
「だぁいじょうぶ! 一緒に寝たところで久志は手なんて出せないからさ!」
「おま、分かんないだろ!」
「ここで手を出すような奴だったら久志はもっと早くに告白してたよ」
蒼生の言いぶりに言葉もなく口をぱくぱくさせた青は、結局反論できず――今に至るという訳だ。
「蒼生のやつ、好き勝手しやがって……」
「好き勝手も何も、布団がないんじゃ仕方ないだろ」
言うと、青は微妙な表情をする。
「そうだな、布団がないなら、仕方なかったかもな」
「だろ」
頷くと、青は深い溜息をついた。何がそんなに不満なのか。同衾が決まってからずっとこうだ。こうも渋い反応ばかりだと、青の態度が段々と俺への拒絶のように思えてくる。青の溜息から黙り込んだ俺に、「赤?」と訝しむ声が投げられる。なんでもないと言うのも癪で、寝返りを打ち青に背を向ける。
「もう寝る」
青だって疲れている時にベッドを半分も取られたら体が休まらなくて嫌だろうとか、一人の時間だってほしいだろうに俺がいるから不機嫌なんだとか色々想像を巡らせては心が「でも」と駄々をこねる。
大体、一緒に過ごすのが嫌なら最初から選択肢など与えずにホテルにぶち込めばよかったのだ。頭の中で文句を垂れるも、気持ちは暗く沈んでくる。本当は、青は俺のことが好きじゃないんじゃないか。好きだと言ってくれたけど、それは実は俺に気を遣っただけで、本当はもうとっくに心変わりしていたんじゃないか。告白の時にも襲われた不安が再来し、布団の中に顔を沈める。ふと、背中が温かくなった。それが青に後ろから抱きしめられているからだと気づいたのは耳元に青の声が吹き込まれてからのこと。
「由、何考えてる?」
「……何も」
青が俺を好きじゃなくても、俺は抱きしめられて名前を呼ばれただけでこんなにドキドキするなんて、なんだか不公平だと思う。胸の高鳴りを悟られることが怖くて、手足を寄せ体を小さくする。
「小さくなってどうした? 寒い? 手、力入ってる」
俺の手を上から包み、青は熱を移すようにゆっくり擦る。
「うん、ちょっと力緩んだな。由、約束したの覚えてるか」
「……なんの」
「ちゃんと怒れってやつ」
「、ああ」
そういえばそんなこと言ってたな。今年の出来事であるはずなのに、随分と昔のように思える。
「今、何考えてる?」
卑怯だ。約束の話を持ち出してからさっきと同じ質問をするなんて。布団に潜らせた顔を更に深く沈める。
「……青は、俺が家に泊まりにこなきゃよかったって思ってるだろ」
泊まりにこなきゃよかったどころか、付き合ったことを後悔してるだろうと思っているのだが。それを指摘するにはいささか勇気が足りなかった。否定されたとて嘘くさいし、肯定されても傷つくだけだ。
「今晩どうするか俺から聞いたんだから後悔するはずないだろ」
「自分から提案しても予想外なことでもあれば後悔することだってあるだろ」
「それはまぁ、確かに」
青の納得した声に胸がズキンと痛む。大人しく青を解放してやればいいものを、自分から別れを告げないのだから自分勝手で嫌になる。青を好きでいると、自己嫌悪ばっかりだ。
「また俯いた。今度は何考えてる?」
「……青を好きでいると、自分の嫌なとこばっか見えるなって」
「…………、そっか」
押し黙る青に、言葉選びがまずかったと焦りが滲む。ちが、と振り返る俺に青はうんと短く応えた。
「俺のこと好きにならなきゃよかったとかそういう話じゃないのは分かってるよ」
もしかして実はそういう話だったりする? だったら自意識過剰で恥ずかしいんだけど。
青の軽口に笑う余裕もなく、黙って首を振る。青が俺の目元を優しく拭う。頬に落とされた柔い感触に、ぼぉっと青の瞳を見上げた。
「赤はさ、自分に厳しいんだよ。だからきっと、人に甘えるのに慣れてなくて、俺と一緒にいることに違和感を感じちゃうんだな」
青が俺の気持ちを紐解いていく。言われればしっくりとくる説明に、そっと息を漏らす。巨大な敵のように見えていた心の枷が、言語化されることで小さくなる。
「赤」
「……な、に」
「ずーっと一緒にいて、俺に甘えることに慣れていこうな」
当たり前のように描かれた未来。そんなことやってたらダメ人間になっちまいそうだなぁと思う俺もいたが、結局嬉しさに勝ることはなく。あぁ、と応えて恐る恐る抱きつくと、びしりと固まる青の表情が見えた。
***
「おはよー久志。目の下を見る限り、予想を裏切らない展開になったようで何よりだよ」
「お前本当に覚えてろよ……」
「もちろん忘れないさ。久志が据え膳をいただかなかったことはよく覚えとくよ」
青をおちょくっていた蒼生が、ふと俺を見る。おやと小首を傾げ、蒼生が笑う。
「由くんはよく眠れたみたいだね。顔色がいい」
心当たりならあった。というのも朝は青の腕の中で起きたからだ。当の本人は寝不足でよく分かっていないようだが。ふわぁ、とあくびを漏らす青にいたずら心が湧く。
「そうだな。久志のおかげかな」
「……。……っ!??」
「ははっ」
眠気でぼんやりとした青の顔が一気に覚醒する。劇的な変化に思わず笑みが浮かんだ。呼び方一つでそんなに喜んでもらえるなら呼んだ甲斐があったというものだ。
「赤っ、~~由! ちょ、もう一回!」
「やだよ恥ずかしい」
却下するなりしなだれる青にくすぐったいような気持ちになる。まだ慣れないし、変な感じでそわそわするけど、この距離感が俺の中で心地よいものになればいい。
リビングのカレンダーが壁から落ちる。どうやら画鋲が抜けたようだ。テストの翌週、再来週の日付にはぐるりと赤丸で印をつけられている。――修学旅行。二泊三日の沖縄旅行に、楽しみだなあと頬を緩めた。
「だぁいじょうぶ! 一緒に寝たところで久志は手なんて出せないからさ!」
「おま、分かんないだろ!」
「ここで手を出すような奴だったら久志はもっと早くに告白してたよ」
蒼生の言いぶりに言葉もなく口をぱくぱくさせた青は、結局反論できず――今に至るという訳だ。
「蒼生のやつ、好き勝手しやがって……」
「好き勝手も何も、布団がないんじゃ仕方ないだろ」
言うと、青は微妙な表情をする。
「そうだな、布団がないなら、仕方なかったかもな」
「だろ」
頷くと、青は深い溜息をついた。何がそんなに不満なのか。同衾が決まってからずっとこうだ。こうも渋い反応ばかりだと、青の態度が段々と俺への拒絶のように思えてくる。青の溜息から黙り込んだ俺に、「赤?」と訝しむ声が投げられる。なんでもないと言うのも癪で、寝返りを打ち青に背を向ける。
「もう寝る」
青だって疲れている時にベッドを半分も取られたら体が休まらなくて嫌だろうとか、一人の時間だってほしいだろうに俺がいるから不機嫌なんだとか色々想像を巡らせては心が「でも」と駄々をこねる。
大体、一緒に過ごすのが嫌なら最初から選択肢など与えずにホテルにぶち込めばよかったのだ。頭の中で文句を垂れるも、気持ちは暗く沈んでくる。本当は、青は俺のことが好きじゃないんじゃないか。好きだと言ってくれたけど、それは実は俺に気を遣っただけで、本当はもうとっくに心変わりしていたんじゃないか。告白の時にも襲われた不安が再来し、布団の中に顔を沈める。ふと、背中が温かくなった。それが青に後ろから抱きしめられているからだと気づいたのは耳元に青の声が吹き込まれてからのこと。
「由、何考えてる?」
「……何も」
青が俺を好きじゃなくても、俺は抱きしめられて名前を呼ばれただけでこんなにドキドキするなんて、なんだか不公平だと思う。胸の高鳴りを悟られることが怖くて、手足を寄せ体を小さくする。
「小さくなってどうした? 寒い? 手、力入ってる」
俺の手を上から包み、青は熱を移すようにゆっくり擦る。
「うん、ちょっと力緩んだな。由、約束したの覚えてるか」
「……なんの」
「ちゃんと怒れってやつ」
「、ああ」
そういえばそんなこと言ってたな。今年の出来事であるはずなのに、随分と昔のように思える。
「今、何考えてる?」
卑怯だ。約束の話を持ち出してからさっきと同じ質問をするなんて。布団に潜らせた顔を更に深く沈める。
「……青は、俺が家に泊まりにこなきゃよかったって思ってるだろ」
泊まりにこなきゃよかったどころか、付き合ったことを後悔してるだろうと思っているのだが。それを指摘するにはいささか勇気が足りなかった。否定されたとて嘘くさいし、肯定されても傷つくだけだ。
「今晩どうするか俺から聞いたんだから後悔するはずないだろ」
「自分から提案しても予想外なことでもあれば後悔することだってあるだろ」
「それはまぁ、確かに」
青の納得した声に胸がズキンと痛む。大人しく青を解放してやればいいものを、自分から別れを告げないのだから自分勝手で嫌になる。青を好きでいると、自己嫌悪ばっかりだ。
「また俯いた。今度は何考えてる?」
「……青を好きでいると、自分の嫌なとこばっか見えるなって」
「…………、そっか」
押し黙る青に、言葉選びがまずかったと焦りが滲む。ちが、と振り返る俺に青はうんと短く応えた。
「俺のこと好きにならなきゃよかったとかそういう話じゃないのは分かってるよ」
もしかして実はそういう話だったりする? だったら自意識過剰で恥ずかしいんだけど。
青の軽口に笑う余裕もなく、黙って首を振る。青が俺の目元を優しく拭う。頬に落とされた柔い感触に、ぼぉっと青の瞳を見上げた。
「赤はさ、自分に厳しいんだよ。だからきっと、人に甘えるのに慣れてなくて、俺と一緒にいることに違和感を感じちゃうんだな」
青が俺の気持ちを紐解いていく。言われればしっくりとくる説明に、そっと息を漏らす。巨大な敵のように見えていた心の枷が、言語化されることで小さくなる。
「赤」
「……な、に」
「ずーっと一緒にいて、俺に甘えることに慣れていこうな」
当たり前のように描かれた未来。そんなことやってたらダメ人間になっちまいそうだなぁと思う俺もいたが、結局嬉しさに勝ることはなく。あぁ、と応えて恐る恐る抱きつくと、びしりと固まる青の表情が見えた。
***
「おはよー久志。目の下を見る限り、予想を裏切らない展開になったようで何よりだよ」
「お前本当に覚えてろよ……」
「もちろん忘れないさ。久志が据え膳をいただかなかったことはよく覚えとくよ」
青をおちょくっていた蒼生が、ふと俺を見る。おやと小首を傾げ、蒼生が笑う。
「由くんはよく眠れたみたいだね。顔色がいい」
心当たりならあった。というのも朝は青の腕の中で起きたからだ。当の本人は寝不足でよく分かっていないようだが。ふわぁ、とあくびを漏らす青にいたずら心が湧く。
「そうだな。久志のおかげかな」
「……。……っ!??」
「ははっ」
眠気でぼんやりとした青の顔が一気に覚醒する。劇的な変化に思わず笑みが浮かんだ。呼び方一つでそんなに喜んでもらえるなら呼んだ甲斐があったというものだ。
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