あの夏の日を忘れない ~風紀委員長×過去あり総長~

猫村やなぎ

文字の大きさ
136 / 214
第四章

56

しおりを挟む
 放課後にビードロに通うようになって二週間。家での食事も次第に栄養を考えた物に変化しつつあった。母さんから料理を褒められることこそないが、以前より食べる量が増えている。肝心の俺はというとさほど食が進まないのが現状だ。渋川さんにも食事の世話をされているが、体型に変化の兆しはない。

「椎名くん」
「……」

 甲斐の声に視線を向ける。そもそもなんでこいつまで屋上にいるのか。人と話すと疲れるようになってからというもの、人に囲まれていない時も屋上に避難するようになった。おかげで保健室登校ならぬ屋上登校じみた学校生活を送っている。

「……お? 珍しく反応した。今日は元気だね?」
「……、」

 早く本題に入れば良いのに。
 俺の変わったかどうか怪しい表情を読んだ甲斐は、「ハイハイ」と軽く返事をして言葉を続ける。

「最近さぁ、夜中に外出歩いてない? 椎名くんっぽい人の後ろ姿を夜中に見かけたんだよね」
「……」

 返事をしない俺に諦めたのか、甲斐は手持ちのビニール袋からパンを取り出し食べはじめる。

「十中八九出てると思うんだけどさぁ。極道の連中には関わらないようにしなよ。あいつらに関わると面倒だから」
「……あいつら」

 まるで顔見知りかのような物言いに、思わず言葉を反復する。珍しく言葉を発した俺に、甲斐はにやりと頬を緩める。

「そ、あいつら。……なぁに? ついに俺に興味でも出た?」

 ふざけた言葉をスルーすると、甲斐は面白くなさそうに舌打ちをする。

「ま、いいや。それよりさ。最近肉付いてきたんじゃない?」

 甲斐の手がシャツの中にするりと入る。冷えた指先が、腹から胸を撫でるように這う。

「ほら、前より骨も浮いてないし」

 前、というのはパッと見だろうか。もしかしたら触られたのかもしれないが、覚えはない。ビードロへ行く頃には覚醒しているものの、家と学校の記憶となればその殆どが曖昧だった。“珍しく反応した”という甲斐の言葉から察するに、話しかけたことが何度かあるのだろうがそれも思い出せない。というか。俺からすると特に変化はないのだが、甲斐から見ると違うのだろうか。

 ぼんやりとしていると、甲斐の手は下腹部を撫ではじめる。

「きもちい?」
「……、」

 甲斐の声が楽しそうに緩む。気が付けば甲斐は俺を床に転がし手で押さえつけている。起き上がることもできるが、とにかく面倒だった。投げやりに体を弛緩させると甲斐は不機嫌そうに舌打ちをする。ふっと視線を外し空を見る。薄水色の空を一羽の鳥がすぃと飛んでいった。

***

 ビードロへ行く前に一度家に帰る。母さんがきちんと昼食を食べたか確認したかった。家の門が見えるところまで帰ると、近所のおばさんが立ち話をしていた。ひそひそとした会話に耳を傾ける。どうやら俺の家について話しているらしい。虐待が、母親がというワードから察するに、母さんの怒声でも聞かれたのかもしれない。

 めんどくせぇと内心で溜息を吐き、顔を作る。顔に怪我のないのを確認した俺は、長くなった前髪を持っていたピンで後ろに流して留める。

「田中さん、遠藤さんこんにちは!」
「ッ、あら椎名さんのとこの」
「っこんにちは」

 にこやかに話しかけると、二人は慌てたように取り繕う。かわいそうなものを見る目を向けながら、何も知らない振りをして。近所の子供が虐待されていると知りながら、にこやかに良い子の振る舞いをされればそれ以上の追求を止める。中途半端な正義感はただの興味本位よりも質が悪い。そんな曖昧さは誰も救えない。……俺のように。

「そ、そうだ。昨日煮物を炊きすぎちゃったの。よかったら食べてくれない?」
「え、いいんですか? 嬉しいなぁ、いただきます!」
「待って、私も今晩のおかず用に作ったおひたしがあるの。味見して感想聞かせてくれないかしら」
「わ、嬉しいです。ありがたく頂戴しますね。感想上手く伝えられるかなぁ」

 ふわ、と笑う俺におばさんたちもにこりと笑う。まだ気遣わしげな視線は感じたが、少なくとも児童相談所に通報されるようなことはないはずだ。

「寒いので風邪には気をつけてくださいね!」
「まぁ、ありがとう」

 振り返り際に手を振り、家に入る。扉が閉まった瞬間、心の冷えていくのが分かった。すぅと表情を消し、髪留めを外す。パサリと前髪が顔にかかった。

 貰った惣菜を手に持ち、キッチンへと向かう。冷蔵庫の隣に立ち並んだゴミ箱を開けた俺は、そのままタッパーの中身を流し入れた。空になったタッパーを流し台に置く。

「……ごちそーさまでした」

 哀れみやがって。
 どうせ何もしないくせに。

 先程聞いた会話を思い出すと、眉間に皺が寄った。何も知らないくせに好き勝手言いやがって。……まるで母さんを悪者みたいに。胸のあたりに落ち着かない感覚を覚えて、ああ怒ってるんだと気付いた。

「……嫌いだ」

 嫌い。
 俺みたいなのに騙される奴が嫌いだ。みんな忘れて幸せに暮らしてる奴が嫌いだ。ニコニコニコニコ、俺に笑いかける奴が嫌いだ。俺を哀れんで母さんを悪者にする奴が嫌いだ。……心配してる人を騙す俺が嫌いだ。忘れろと言ったくせに忘れて欲しくない俺が嫌いだ。笑いかけてる人に碌な返事を返さない俺が嫌いだ。母さんを悪者にされるのが嫌なくせに、母さんを怖がってしまう自分が嫌いだ。人の厚意をゴミ箱に捨てる俺が嫌いだ。

「……大嫌いだ」

 シンクに手をつき、項垂れる。先程は気が付かなかったが、皿が水に浸けられている。母さんは用意した昼食を食べてくれたらしい。美味しかったのか、皿は汚れが見当たらない。

 それだけで、何かが報われたような気分になる俺は単純だろうか。

「……、がんばろ」

 ポケットに財布と鍵を突っ込み、顔を上げる。途端、立ちくらみを感じて壁に手をついた。

「っ、」

 収まるまで数秒。
 くらりとした感覚もなくなり、今度こそ家を出る。

「いってきます」

 ずきんとコメカミが痛みを訴えた。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

先輩たちの心の声に翻弄されています!

七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。 ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。 最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。 乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。 見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。 **** 三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。 ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

百合の匂い

青埜澄
BL
大学生の佑は、同じバイト先で働く修と親しくなる。 強引で無邪気で、どこか危うい修に振り回されながらも、佑は次第に自分の世界が修で満たされていくのを感じていた。

あなたは僕のお父さんですか?

ちょー子
BL
好きになったアーティストが僕の本当のお父さんかもしれません。

処理中です...