お金って何?

野枝居介

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お金って何?

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【お金って何?・・・呪いです。】



昔々、あるところに、物々交換で成り立っている村がありました。
そこでは、漁ができる者は魚を獲り、狩猟ができる者は肉となる獲物を獲り、農業ができる者は米を作りました。
そして、それぞれの生産物を交換することで、それなりに豊かな生活を実現していました。
自分の得意なことをしていれば、そこから得た食べ物と、他のものと交換できたので、毎日魚ばかり食べなくてはいけないというような不自由からも解放されていました。
村人はこの物々交換の生活を謳歌していました。

・・・若いうちは。

魚や獲物を取れるのは若く健康な者だけです。
農業にしても、程度の差はあれ、また然り。
年老いて自分で食べ物を調達できなくなった者は、まず、交換ができなくなり、次に、自分の食べる分もなくなります。
そして、静かに人生の幕を閉じます。
社会保障や福祉といった概念はない時代です。
それが自然だったのです。
冬が来れば草は枯れ、寿命が来れば動物も死にます。
人間だけが例外ではありませんでした。
同様に、年老いて食べ物が獲れなくなった老人が死んでいくのは、その村人にとっては普通のことでした。
誰も悲しんだり、かわいそうだと思ったりはしませんでした。それが自然だったので。

その村のリーダーだった男にも老いは平等に訪れました。
仮に「ロト」と名付けます。

ロトはリーダーに相応しい男でした。
漁もできるし狩猟も堪能。
その頭脳は農業にも活かされ、村の農業の効率を上げていました。
人格も優れていたので、いつも村人の中心にはロトがいました。
他の人にできないようなことも平然とやってのけるロトはみんなの憧れでした。
あまりに優れていたので、神のように崇める人まで出ました。

そんなロトでしたが、年を取る毎に、少しづつ、その能力には陰りが見え始めました。
そして、自分の食べ物を取ることができなくなるまでに年老いると、周囲にいた人も、一人また一人と去っていくのでした。
傑出した村のリーダーといえど、時間の流れには逆らえなかったのです。
このまま人知れず最後を迎えると、誰もが思っていました。
いえ、考えすらしないほど、それが自然だと思っていました。

しかし、万能だったロトは、生命への執着もまた、人一倍強いものを持っていました。
なんとか生き残る方法を考えようとしました。
その優れた頭脳で。

果たして、その試みは成功します。
まず、ロトは、一人の若者を呼び出します。



ロト
「もょもと。よく来てくれた。
今日はたくさん獲れたかい?」

もょもと
「そりゃあ、俺は狩猟の天才だからね。
今日も大物を仕留めたよ。
でも、あんたにはあげないよ。
いくら元リーダーでも、交換するものがなければ交換はできない。
それが村の掟だ。
俺はあんたを尊敬しているけど、掟には逆らえない。」

ロト
「知っているよ。
食べ物を分けてくれというつもりで呼んだのではない。
というより、食べ物には困っていない。
反対にお前にいいものをやろう。」

もょもと
「それは驚いたよ。
すっかり弱っちまって、家から一歩も出ていないと聞いていたのに。
いったい何をくれるんだい?」

ロト
「これだよ。」

もょもと
「なんだい?これは?
ただの紙切れじゃないか。」

ロト
「よく読んでみなさい。」

もょもと
「『この紙は1日分の食べ物と交換できる ~ロト~ 』」

ロト
「その紙を持っていれば、お前が怪我や病気で狩猟に出かけられなくなったとき、食べ物と交換できる。」

もょもと
「まさか・・・。
ただの紙じゃないか。」

ロト
「現に私はこの紙と食べ物を交換してもらっている。
だから家から一歩も出ていないが、食べていけている。」

もょもと
(そんなことができるのか・・・?
でも、相手はあのロトだし、もしかしたら。)
「本当にくれるのかい?」

ロト
「もちろんだ。
私は君が次のリーダーにふさわしいと思っている。」

もょもと
「・・・ありがたく貰っておくよ。
そうだ、切れ端だが、この肉を受け取っておくれ。
交換がこの村の掟だ。
俺もただでは受け取れない。」

ロト
「ありがとう。
やはり君は次のリーダーにふさわしい。」

・・・

もょもと
(ちょっと試してみるか・・・)




「すけさん。
今日は大漁だったそうだね。」

すけさん
「やあ、もょもと。
台風が過ぎたから、やっと漁に出られたよ。
うまい具合に海も休められて、魚もたくさん獲れたね。」

もょもと
「ちょっと交換しないか。」

すけさん
「うん。いいよ。
君の獲ってくる肉はうまいからね。
魚も多めにしておくよ。」

もょもと
「いや、今日は肉じゃないんだ。」

すけさん
「珍しい事もあるんだね。
あ、わかった。
アイリンの米と交換しすぎたんだろ?
僕もちょっと余り気味なんだ。
彼女、可愛いから断りづらいよね。」

もょもと
「違う、違う、そうじゃない。
この紙と交換してくれ。」

すけさん
「『この紙は1日分の食べ物と交換できる ~ロト~ 』?
・・・これは。
ロトってあのロト?」

もょもと
「そうだよ。」

すけさん
(でもただの紙だよね、これ。
いや、でも、あのロトのことだし、ありえるのかな・・・?)
「もし交換に応じなかったら?」

もょもと
「そうならないように、呪いがかけられているそうだ。ロトはそう言っていた。」

すけさん
(にわかには信じがたいけど、あのロトだしな・・・。
万が一呪われても嫌だから、交換に応じておくか。
1日分の食べ物でいいみたいだし。)
「魚は3匹でいいかい?」

もょもと
(交換できた!すげえ。)
「サンキュ。」

・・・

すけさん
(さっきは呪いの話にびびって受け取っちゃった。
でも、よく考えたら、この紙すごく便利なんじゃないのかな?
僕も使えるってことだよね。)



「やあ、アイリン。
いつもお米ありがとう。
僕の魚は腐りやすいから、アイリンがお米に変えてくれて助かっているよ。」

アイリン
「こんにちは。すけさんさん。
お役に立てて嬉しいわ。
お米はそれ自体すごく美味しいというわけじゃないけど、長持ちするのがいいでしょ。」

すけさん
「いや、アイリンのお米はおいしいよ。」

アイリン
「お上手ですね。
ところで今日はどうされたのですか。
魚とは交換したばかりだから、まだ残っているの。
悪いのですが、今は魚は受け取れません。
早く食べちゃわないと腐っちゃいますし。」

すけさん
(僕も余っているよ。)
「うん。そうだろうね。
実は今日持ってきたのは魚じゃないんだ。
この、ロトの証書さ。見てごらん。」

アイリン
「『この紙は1日分の食べ物と交換できる ~ロト~ 』
これってあのロトですよね?」

すけさん
「そうだよ。
あのロトが保証してくれるから安心さ。
この紙・・・証書を渡せば、相手は食べ物を出してくれる。
アイリンのお米も長持ちはするけど、場所を取るでしょ?
この紙に交換しておけば、保管も楽だよ。」

アイリン
(確かに、比較的長くもつとはいえ、お米は保管中に悪くなったり、ネズミに食べられたりする。
紙ならその心配はない。
その心配はないけど・・・。)
「でも、大丈夫なのでしょうか?
私がその証書を他の人に出したとき、断られたりしたら。」

すけさん
「そうならないように、呪いがかけてあるそうだよ。ロトがそう言っている。」

アイリン
(呪い。そんなものがあるかわからないわ。
でも、あのロトなら呪いくらい操れてもおかしくないか。)
「そうなのですね。」

すけさん
「あ、いや、無理にとは言わないよ。
僕もお米はまだあるし、アイリンの役に立てばと思って紹介しただけさ。
実は僕も、もょもとの肉とこの証書を交換したばかりなんだ。
証書を知ったのは最近なんだよ。」

アイリン
(呪われても嫌だし、私がその証書を渡した相手も同じように考えるでしょうね。
そう考えると、保管場所をとらないこの証書はとても便利なのかも。)
「そうですね。
喜んで交換させていただくわ。
お米は3合でいいかしら。」

・・・



アイリン
(しまった。
今日は隣村まで遠出していたら遅くなってしまった。
日が暮れるまでに帰れそうもないから、どこか宿に泊まろう。
ここは・・・『リッカの宿』?)
「こんばんは。
一人なのですが泊まれますか?」

リッカ
「ようこそリッカの宿へ。
部屋は空いています。
でも、食べ物を持っていないようですね。
すみませんが、食べ物を持ってきた人しか泊まれない決まりです。
それが私たちの掟です。」

アイリン
(そうくると思った。)
「まだそんな古いやり方なんですね。
わかります。
私たちの村でもそうでした。
食べ物がないと交換ができない。
私にもそう考えていた時期がありました。」

リッカ
「?
なんのことでしょう・・・?」

アイリン
(よし。食いついてきた!貰ったわ。)
「私たちの村では、もうとっくに物々交換を卒業したわ。
だって、食べ物を持ち歩くのは不便でしょう?
重い腐るし獣に襲われるし。」

リッカ
「まあ、それは確かに。
うちの宿でも、団体客が腐りやすい食べ物ばかり持ってきたときは、正直困りますね。」

アイリン
「私たちはこの証書を使っているわ。」

リッカ
「『この紙は1日分の食べ物と交換できる ~ロト~ 』
これは・・・凄いですね。
便利だし、あのロトが保証してくれているなんて。」

アイリン
(疑いもしないのね。)
「でしょう。」

リッカ
「私たちの村でもロトは英雄です。」

アイリン
「私たちの村のロトを褒めてもらえて嬉しいわ。」

リッカ
「お部屋はこちらでよろしいですか。」

・・・



アイリン
「昨日はありがとうございました。
素敵な宿ですね。」

リッカ
「ありがとうございます。
まだ小さいですが、世界一を目指しています。」

アイリン
「きっとなれますよ。」
(さて、ロトのところに行ってみよう。
この証書のことを詳しく聞きたい。)

・・・



アイリン
(・・・なんだろう?この行列は。
ロトの家から続いている。)

ロト
「では次の方どうぞ。」

アイリン
「こんにちは。」
(家中が食べ物でいっぱいだ。)

ロト
「おお。アイリンか。
よく来たね。
何日分のお金と交換するかね?
それともお金で食べ物を買うかい?」

アイリン
(お金・・・あの紙、証書のことね。)
「これは。
ロト、あなたが考えたのですね。」

ロト
「ふむ。やはり君は賢いな。」

アイリン
「ありがとうございます。
でもまだ断片的にしか理解できていません。
もしよかったら少し教えていただけませんか。」

ロト
「君が野心を持たないことは知っている。
純粋な知識欲からの質問だろう。
夜になったらまた来なさい。
夜は学びに適した時間だ。」

アイリン
「はい。」



・・・

ロト
「今日はここまでです。
列にお並びの方は順番に明日の朝また来てください。」

アイリン
「こんばんは。遅くなりました。」

ロト
「構わないよ。
夜は長い。
狩りに出なくなってから特にそう感じる。」

アイリン
「考える時間が長くなったわけですね。」

ロト
「そういうことだ。
もともと考えるのは苦手ではなかったが、今回は真剣さが違う。
なんせ、間違った答えを出したら、死んでしまうわけだからね。」

アイリン
「でも、今ではこうして食べ物に囲まれている。
『お金』のおかげですね。」

ロト
「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。
お金はただの紙だよ。」

アイリン
「確かに私も最初はそう感じました。
とても私たちには思いつきません。
ロト、あなたには何が見えているのですか?」

ロト
「成功したいなら、自己中心的でなくてはならない。
狩りもいい場所をとらなくてはいけないし、農業もいい水が必要だ。
だが、最高点まで達したら、それだけでは足りない。
リーダーになるには、常に他者のことを考えないといけないのだ。
私はリーダーになってから常に他者のことを考えてきた。
その視点がこの歳になって活きたんだよ。
この村には何が不足しているか。
その不足を補うには何があればいいか。
それを村人は使いこなせるか。
全員が使いこなせないなら、誰から使わせればよいか。」

アイリン
(もはや次元が違う。)
「もう、すごすぎて、なんと言っていいのか・・・。
順番まで考えていたんですね。」

ロト
「すごいというが、そのすごさを理解できたということは、実践できる可能性があるということだ。
アイリンはそれに最も近いところにいるよ。
それにしても、お前たちはよくやってくれた。
考えたのは私だが、広めたのはお前たちだよ。
最初は私の生への執着で生まれたものだが、思ったより便利だったろう?
便利なものは広まるものだ。」

アイリン
「はい。それは今日の行列が証明しています。
隣村でも使えました。
これだけ広まれば、世界中に広まるのも時間の問題でしょう。
ところで、一つだけ質問があります。」

ロト
「想像はつくよ。
でも、まずは聞こうか。」



アイリン
「では、一つだけ質問させてください。
お金には呪いがかかっていると聞きました。
お金で食べ物を手に入れようとしたとき、断ったら呪われると聞きました。」

ロト
「そうだね。」

アイリン
「私は呪いなどというものは信じていません。
ですが、ロトならもしかしてと思いました。
本当に呪いをかけているのですか?」

ロト
「呪いはかかっているが、私がかけたわけではない。」

アイリン
「?」

ロト
「私が呪いをかけたとは一言も言っていないはずだ。」

アイリン
(すけさんは「そうならないように呪いがかかっている」と言っていた。
確かに、ロトが呪いをかけたとは言っていない。)
「そうでした。では誰が?」

ロト
「君たちがかけている。
お金を受け取って食べ物を渡したら、自分もお金を使って食べ物を得たいと思ったはずだ。
その想いこそが呪いだ。
自分が受け取ったのだから、人も受け取るべき。
そう考えるのは自然だし、そう考える人が増えれば、誰も断れなくなる。
交換の対象もどんどん広がり、もしかすると、もう食べ物以外とも交換できているかもしれない。」

アイリン
「実は私も宿に泊まりました。
そして、泊まれて然るべきだとも感じていました。」

ロト
「それが呪いの正体だ。
魔術の類ではない。
呪いは信用の一種だ。
誰も信じなければ呪いは成立しない。
多くの者が信用すればその信用は更に強固なものになる。」

アイリン
「その信用の最初の一歩がロトあなただったわけですね。」

ロト
「そうだ。
ここで私の名声は役に立った。
ただしそれも結果に過ぎない。
もし私がいなくても、誰かがお金を生み出していたはずだ。」

アイリン
「たしかに、ロトが生み出さなくても、お金は誰かが生み出したかもしれません。
でも、それは何十年後か、もしかしたら何百年後でしょう。
あなたがそれだけ時計の針を進めたのです。」

ロト
「その通りだ。
その通りだが、その通りだ。
私がいなくても、何百年後かにはお金は生まれたよ。
それは、人の歴史、生物の歴史、星の歴史から考えたら、誤差に過ぎない。」

アイリン
「はい。」

ロト
「もうすぐ冬が来る。
そうすれば雪も降るだろう。」

アイリン
「?」

ロト
「雪はいつの間にか積もっているが、最初から積もり始めるわけではない。
最初の何粒かは、地表に落ちても、地面の熱で溶けてしまう。
そんな雪ばかりだったらいつまでたっても積もることはないが、翌朝になれば雪は積もっている。
ということは、地面に落ちてから、自分の上に次の雪が降ってくるまで、溶けずに持ちこたえた最初の一粒があるはずだ。
誰にも気づかれないが、それはあった。」

アイリン
「それがあなたですね。
ただ、まあ、相当大粒で目立つ雪ですね。
今日も長い行列ができていました。」

ロト
「それも今だけだよ。」

アイリン
「そうかもしれませんね。
やはりあなたは次元が違うようです。
・・・どこまで先が見えているのですか?」

ロト
「その視点はさすがだよ。
実はこのお金もまだ不完全なんだ。
おそらく、一人の天才が現れて、そこを補完してくれる。
私にわかるのはそこまでだ。
どこが不完全なのかもわからないし、いつその天才が現れるかもわからない。」

アイリン
「もはや夢の話に聞こえますが、ロトが言うならそうなるのでしょうね。
今日はありがとうございました。」

ロト
「またいつでも来なさい。
これからは君のようによくわかっている者が必要だ。」



つづく?
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