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魔女の里編
8話 聞こうとしなかった言葉
しおりを挟む「また国の方見てるの?」
クレアが不思議そうに俺を見ていた。
(……あれ? 俺確かスライムに溺れて……)
秋風が容赦なく体温を奪う。
懐かしい感覚だ。
小高い山から見下ろす見覚えのある風景。
クレアの黒いドレスが風でなびく度、茶髪に隠れた頬が、寒さで朱に染まっているところを覗かせた。
「魔物は人の死体でも好んで弄ぶからな。例え敗戦で滅んだ国だとしても、敗者を無用に辱める生き物は俺達の世界には不要だ。クレアだって同じ種族が汚されるのは嫌だろ?」
勝手に出た己の言葉から漂う懐古感。
そうか、これはただの夢だ。
人類と魔族が衝突した、種族をかけた争い――魔界大戦の記憶と似ている。
夢でもいい。目の前のクレアを見ていると、愛おしさと手の届かない虚しさで胸がザワついた。
視線が切り替わり、遥か一万キロ先の小国でゴブリンが徘徊しているのを見つける。
やはり体が勝手に動いた。
適当に構えた指先で魔力が練り込まれ、鋭利な結晶に凝固する。
そうだ。人間で言う狙撃魔術を使ったんだった。
指でつま弾いた魔力弾が軌跡を描き、小鬼のこめかみを貫いた。
「あ! ダメだよ鳥さんにそんなことしちゃ」
狙撃の手前、肩に止まった小鳥を手で払い除けた俺に、クレアは故郷の敗戦など感じさせない声で叱ってきた。
狙撃中に近寄って来たのだから仕方ないだろうと思っていた気がする。
「いや、退治に邪魔だったから」
「だとしてもそんな雑に扱っちゃだめ。小鳥さんも生きてるんだから」
「弱い生き物はそんなこと主張しないさ。大抵は身の程を弁えて生きるだろ?」
確かにそんなことを言ったような。
ここまではっきり覚えていたのは、俺の言葉を聞いたクレアの顔が、どうしようもなく寂しそうだったからだ。
「そうね。皆ある程度は覆せないくらい、力の差があるわ。特にあなたは一番強いと思う。だけど――きっと分かる日が来ると思うの」
「なにが分かるんだ?」
そうだ。
クレアは確かに、何かを言った。
「――――ってこと」
わからない。
俺はそれを人間の小さい世界だと軽く考えて、その時はまともに聞こうとしなかったんだ。
あの時、お前は何を言おうとしたんだ?
◆
「ごぽ」
目が覚めるとまたスライムの中だった。息をしようとした反動でかえってゼリー体が喉まで入ってくる。
(このままだとまずい――?)
苦しいのに頭が冴えてる。
懐かしい感覚だ。
胸の内側から、竜人に近い膨大な魔力を感じる。
なぜだか、井戸の底に埋まっていたはずの魔鉱石のことが頭に浮かんだ。
ない。そこにあったはずの魔鉱石が。
周囲にそれらしい目立つ魔力反応がないということは、考えたくは無いが知れず飲み込んだと思った方がいい。
きっと魔鉱石を誤飲したんだろう。でなければ無尽蔵に湧き出る魔力に説明がつかない。
だが噛み砕けもしないものをどうやって魔力として取り込んだんだ?
(あ、これダメなやつだ)
竜人の感覚で息を止めていたが、流石に苦しい。
――半死半生の訓練を思い出すな。
竜人の子供は皆やっていた。
死の縁まで自らを追い込み、潜在能力を引き出す訓練。これをクリア出来れば、取り込んだ魔力の塊――魔鉱石が溶け、気高い竜人の魔力へ性質変化する訓練法だ。
今の状況と酷似している。
(まったく。生まれ変わって尚この訓練をする羽目になるとは思わなかったぞ)
ここまで爆炎に溺水まで経験したおかげで、体内の魔力は既に竜の魔力へ適応し始めている。
つまり、魔鉱石を何らかの要因で溶かしており、魔力のほとんどを取り込めていた。
本来なら竜人の魔力性質でないと硬い魔鉱石を溶かすことは出来ないはずなのだが、きっと俺が無意識に成し遂げたのだろう。そういうことにしよう。
魔女の連中も流石に人間の脆い体でここまでの訓練はしたことが無いはずだ。竜人ほど生命力も再生能力もないからな。
まさかスミレの体でここまで出来るとは思っていなかったが、かえって都合がいい。
竜人の魔力性質が備わればあとは俺の領分だ。
最後の一撃を組み上げる。
竜化の真似事だ。
全身に魔力を纏わせ、鱗状に成形する。
鱗の鎧に隆々とした長い尾。
対象を貫かんとする鋭い双角。
肉体そのものを竜へと変化させることはできないが、全身を覆う魔力の外殻は変化に成功した。
魔装。
ブラッカの魔術を見ていて良かった。見様見真似でやってみるものだな。
(さて。ぶちかましてやるか)
窒息しそうなはずだったが、久しぶりに口の端がつり上がってしまう。空を睨むと、イメージ通り双角に紫電が迸った。
同郷の竜――〈雷電竜ヴォルグラード〉の完成だ。
◆
ノトムは自室に引きこもり、力任せにベッドを殴った。
――先ほど父親のムドーが、ノトムの姿から勘ぐっていたことは間違ってはいなかった。
ノトムは確かに、ブラッカ達からいじめを受けている。
それは自分だけではない。魔術士として劣っている生徒は大体ブラッカの標的にされていた。
特に酷い扱いを受けていたのはスミレだ。
修行に出ているとは聞いていたが、きっとそういう名分なだけで、修行自体に意味はないと思う。
あれは魔術の基礎ができていて、素質のある生徒が悟りを開くために行うものだ。
だからスミレも壮絶ないじめに耐えられずこの里から逃げ出したのだと思う。彼女が受けている迫害は自分の比ではなかったから、修行を口実に逃げたのは正しい判断だと他人事のように考えていた。
(本当は助けてあげたかったけど、とてもじゃないけど僕なんかじゃ力になれない)
落ち着かず窓から裏手を覗いた。
規格外の巨大スライムがポーションの源泉である井戸を無遠慮に占有している光景が目に入る。思わず血の気が引いた。
「ブラッカのやつ、あれ本当だったのかよ......!」
今日学園でブラッカに理由もなく殴られている時、父親の店の大事なものを塞いだような事を言っていた。
半信半疑ではあったがまさかあそこまでやるなんて。いくらなんでもやりすぎだ。
「もう退学しよう」
きっと自分への当てつけでイジメがエスカレートしたんだ。
魔術の習得にそこまで執着はないのに。
――元をたどれば、ダンジョンに潜る許可証をもらうため学園に入学しただけだった。
それがまさかあんな卑劣な連中の標的にされるなんて思っても見なかった。
父親の店を支えるために始めたことだったが、こんなことになるならこれ以上学園にいる意味もない。
ダンジョンのレアな素材を集めたり、未知のアイテムを研究できれば更に店を伸ばせると思っていたけれど、もはやそれどころではない。
癪だが、明日ブラッカにどうにかしてあのスライムを止めさせるように頼み込もう。
そう思っていた矢先、ピリピリとした感覚が首筋に走った。
思念魔術特有の症状だ。
『な? いった通りだろ?』
ブラッカの声だった。
『どうしてあんなことをしたんだ!』
思わず感情が思念に乗ってしまった。
案の定ブラッカが不機嫌そうに声を低くする。
『部屋に隠れてるからってそんな態度でいいのか? 次は指を折ってやるぞ』
冗談めかして言っているように聞こえるが、きっと本気だ。
ブラッカは気に入らない相手はどんな手を使っても従わせる。本当かしらないが、実際指を折ってでも従わせた相手が居たと聞いた。
とにかく直接話さないと埒が明かない。
いくら殴られようと、父親の商売にまで手を出させる訳には行かなかった。
そうして部屋の扉に手をかけた瞬間、裏庭の方から竜の咆哮を思わせる轟音が鳴り響き、更に情けない声が正面口から聞こえた。
「あっっっつぁ!?」
表の窓を覗き見ると、灼熱で溶けたようなゲル状の塊がブラッカの頭からねっとりと覆っていた。
◆
「ふ……ふふ」
体内まで侵されるほど押し寄せていたスライムの残骸が綺麗に消し飛んだことを確認して、やっと新鮮な空気を吸った。思わずむせ返ってしまったが。
ついにやってやった。
スミレの体では望み薄だと思っていた竜魔法の再現に成功したのだ。
雷撃を伴った爆発現象を引き起こす魔法。人間の体で再現できないなら、〝竜の外装〟を魔力で形成してしまえばいい。
ブラッカが使っていた腕のゴーレム化を見様見真似で試したが、やればできるもんだな。
「これなら一思いに竜人の山まで――は無理か」
たった一撃でもうガス欠になっていた。
かなり高精度な竜化を魔力だけで再現すると、一週間絶食したような虚脱感でいっぱいになる。次から扱いを工夫しないといけないな。
「あー……この井戸どうやって登ろう」
源泉の殆どはスライムごと吹き飛ばしてしまったので、満たされていた魔力の湖も膝下まで減ってしまっている。
とりあえず溺れる心配は無いが、空が遠く感じるほどの湿った井戸をよじ登るのはさすがに無理だ。
「今のはなんだ――おお! スライム消えてるじゃねえか! はっは!」
遠くから店主のご機嫌な声が聞こえる。
やがて井戸の中を覗き込んだ中年と目が合った。
「うおっ。どこに行ったかと思ったらそこにいたのか」
「ああ。終わったから引き上げてくれないか。もう動けん」
絞り出すように訴えかけると、店主は店の中からサルベージ用のマジックアイテムを引っ張ってきて地上まで引き上げてくれた。こんな便利な道具もあるんだな。
真っ白で長大な物体が、大口を開けた大蛇のように俺の体を挟んで引き上げる様は捕食者のソレだ。人間の体に入って初めてわかったが、食われる側の視点はコワイ。
「お前ちっこいのにやるな! すぐ諦めて泣いて戻ってくるんだろうと思ってたが、見直したぞ!」
「それはどうも」
「まーそう拗ねるな。学園のやつはしょうもない奴ばっかりだと思っていたが、根性あるやつもいるんだな。そういえば名前はなんて言うんだ?」
「グリっ……スミレだ。スミレ・レーニーン」
「スミレか。多分うちの息子と同年代だろ? あんたみたいなしっかりした奴がいてくれたら安心ってもんだ」
なんだコイツ。急に馴れ馴れしいな。俺の功績がそんなに嬉しいのか?
「息子さんもあの学園に通ってるのか?」
「ああ。ただちょっと気になることがあってな」
口の端を上げていた店長が急にシリアスな顔をする。千年の生涯を生きてきたからわかる。この手の話は面倒事を招きかねない。
「そうですか。まあ学園で会うことがあればよろしく言っておきますよ。じゃあ約束通りピクシーケージは貰っていきますね。あ、なんだったらあの虫閉じ込めたまま店のインテリアにしてもらってもいいんで。いらないですか? そうですか。じゃあもらっていきます」
「あ、おい」
無理やり話を終わらせて帰ろうとした矢先だった。
店の表から扉を蹴破るような音がした。
また面倒事に巻き込まれそうだ。
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