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魔女の里編
11話 最悪の再開
しおりを挟む思わぬ幸運だ。
ブラッカを引き入れることで得られるメリットは俺の想定したものより余程使えるものだった。
〝ダンジョン攻略ライセンス〟の借用。
それがブラッカの属するクレイバスタ家の特権らしい。
なるほどコイツを近くに置いておけば、俺がダンジョン奥深くに隠した遺物も気兼ねなく取りに行けるわけだ。
あれさえ手に入れば、竜人の里など一息でたどり着ける力が手に入る。
そうすればクレアの安全は約束されたようなものだ。
そうして下僕――もとい、使える仲間を得た俺は、ラッキーに跨って学園まで戻った。
「なんで俺が走らねぇといけねぇんだ!」
滝のような汗を流し、脱いだローブを小脇に抱えたブラッカが絞り出すように文句を垂れた。
定員二名のレッドリザードには俺と、ついでにマジックショップの息子であるノトムを乗せてやっていた。
俺の後ろで座っていたノトムも若干引いた目で俺を見ている。俺の優しさに甘んじてるくせになんてヤツだ。次はこいつも走らせてやる。
「ラッキーは繊細な竜族だぞ。お前が乗るには重すぎるし、付いてこいとも言ってない」
「『学園まで付いて来られたら修行つける』って後出しルールつけたからだろうがっ」
「選んだのはお前だろ? 楽して強くなろうなんてむしの良い話あると思ったのか?」
俺だって悪魔じゃない。ただブラッカを付き人にして俺だけダンジョン攻略ライセンスを貰うのはフェアじゃないだろ?
だからコイツにも竜人の一族で行う半殺し――半死半生の訓練をつけてやろうとしただけだ。強くなれるのに感謝こそすれ、非難される覚えは無い。
「スミレ、これはさすがにあんまりだと思うよ……」
ノトムも俺のペットに乗っている癖に善人ぶった事を口にする。
これだから人間の弱音は嫌いなんだ。いざという時に死んで、弱さを理由に納得できるのか? いや、絶対にしないね。
だから俺は、俺に付いてくる気があるやつには絶対容赦する気はない。
「せっかく足があるのに仲良く散歩して帰れというのか? バカバカしい。俺は試験があるんだぞ? 貧弱なお前たちに合わせたせいで試験が台無しになったらどうしてくれるんだ? お前が竜の里まで送ってくれるのか?」
「なんで竜の里?」
「なんでもない。大体、俺がただ走らせただけだと思ってるのか?」
「思いっきり今までの仕返ししてるだけだと思ってたけど」
「商人のくせに審美眼が甘いな。ゴーレム野郎の脚。見てみろ」
「脚?」
ローブを脱ぎ捨てたことで鍛え抜かれた上半身に目が行きがちだが、ブラッカは俺の期待通りの成長を見せていた。
「面白くないか? 魔装って強い魔物の体を借りるんだろ? でもこいつは無駄な部分を省いて〝力だけ〟を脚に取り込んだらしい」
「……ほんとだ」
目に魔力を集めると分かりやすい。
両脚を土色の魔力が覆っている。それが足裏に流れるように循環を繰り返し、脚力を数倍に底上げしていることが一目瞭然だった。
さっきブラッカを相手にした時、無駄に見た目にばかり拘ったゴーレムの魔装が気に入らなくて外装だけぶち壊してやったのだが。あいつは感覚でそれを感じ取ったんだろう。あの短時間でここまでモノにするとは、センスはありそうだ。
これほど伸び代があるとは知らなかった。人間を鍛えるのも存外楽しそうだな。
「あ?」
当の本人は気づいていなかったらしい。頭は悪そうだから無意識に魔装を最適化したようだ。
「無意識に力の扉が開くことは珍しくない。特に極限まで追い込むと効果が出やすいんだ」
ブラッカは俺と自分の脚を交互に見ている。
自分でやったことが信じられないのだろう。きっと魔女の一族では魔獣をそっくりそのまま真似ることが正しいことだと教わっていたのかもしれない。
俺に言わせれば無駄の極みだが。
「良かったな。ちょっと強くなって」
背が高いので腹筋を小突いてやった。
「……アネキ」
ブラッカの気持ち悪い視線で背中のあたりがぞわりとした。
服従させることには慣れているが、慕われるのは慣れてないんだ。次からはもう少し厳しくしてやろう。
◆
「あ」
学園の入口近くでウロウロしている女が視界に入る。遠慮なく俺を蹴り飛ばしてきたアマゾネスの女だった。
「げっ」
俺に気付くとすごく嫌そうな顔をして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
そのまま機嫌悪そうにどこかへ行ってしまう。
「アネキ、あのよそ者と知り合いなのか?」
「まあ……腐れ縁というか。あとアネキはやめろ。気持ち悪い」
前世でコイツらに殺されたなんて答えたら、あの女と同じような反応をされそうだ。
「あの子縁切った後みたいなリアクションだったけど」
「今だけだ。すぐに手下にする予定だしな」
「へえ。スミレも派閥作ろうとしてるんだ? まあ別人みたいに強くなったからねー。皆を見返すにはいい機会だと思うけど」
「派閥?」
「学園のみんな何かしら取り巻きのグループができてるじゃん? 僕みたいに魔術が不得意なやつは大体どこかの強い生徒に引っ付いてるんだよ。まさか気付いてなかった?」
「いや知ってた」
早口で答えることでもなかったな。なんだか俺が意地張っている風になってしまった。まあ知らなかったわけだけど。
「で、ノトムはどこについてるんだ?」
「僕は誰かの下についたりはしないよ。商人はいい商売ができる人と対等な関係でいる事が大事だからね」
(ほう? 人間のくせに大した奴だ)
ノトムが自慢げにブラッカへ視線を向けたところを見るに、恐らくあの金髪ゴーレム野郎がノトムを引き入れようとしたんだろう。
それが上手くいかなくてあんな大きなスライムを仕掛けたのか? 陰湿なところは人間らしいな。
……いやいや。決めつける悪癖はクレアに散々言われただろ。こいつは巨大スライムの犯人じゃない。そもそも俺には関係のないことだ。
ふと、遠くに担任のマド先生が見えた。なよなよした声で、
「スミレ! 探したよー」
後ろで一つにまとめた長髪を慌ただしく揺らしている。
「もう試験前だよ。準備は――え。何してたんだい?」
マド先生はすごく嫌そうな顔で俺から一歩引いた。そういえば身なりを整えるのをすっかり忘れていたな。
こっそり学園を抜け出して、井戸の中でスライムに揉まれたり、ブラッカを教育してやったり、挙げ句ラッキーに跨っていたから獣臭もする。
「泥遊びをしていました」とこの魔女用ローブが主張しているくらいには、マド先生に会う前と今とでは格好が違いすぎるから驚かれるのも無理はない。
「試験前に軽めの運動をしてました」
「待合室で?」
「落ち着かなかったので外を走ってて。それで転んだ」
「元気なのはいい事だけど、ちょっとはしゃぎすぎだよ」
「気をつけます」
もう塩らしくするのも慣れてきたな。ちょっと下手に出ると大人はそれ以上何も言わないから楽でいい。
あんまり言い訳すると流石にボロが出るからな。
マド先生は調子よく手を打った。気付けのように良い音がする。
「さ、いよいよ試験だ。でもそんなに緊張しなくていいよ。スミレならやれるさ」
「ありがとうございます」
権力者のくせにお人好しすぎるからマド先生はあまり好かないんだが、いざ自分が優しくされると悪い気はしないな。
「君たちはどうしてここに? 試験は終わっただろう」
俺のひっつき虫であるノトムとブラッカを見て不思議そうな顔をしている。
「まあ成り行きというか……スミレの応援です」
「アネキの勇姿を見届けるぜ」
今までのブラッカの振る舞いを見てきたマド先生は、いじめられっ子の俺をアネキ呼ばわりしていて心底驚いたことだろう。ああそうさ。俺もここまで懐かれるとは思っていなかった。七面倒臭い。
マド先生はまた俺を見る。
俺も肩をすくめて薄ら笑うしかなかった。
もう俺の周りで起こることは気にしないでくれ。いちいち人間に説明するのも面倒なんだ。
◆
試験場まで連れてきてもらったはいいものの、肝心の試験官らしき人が見当たらない。
「で、学園長さまは?」
「さっきはシモーネ様もすぐに向かえると言ってたけど……ごめんね。まだ少しかかりそうかな」
「そうですか。ま、今日で中等部に上がれればいいんで待ちますよ。ギャラリーもその分増えそうですが、そっちは大丈夫なんですか?」
的を首に提げた案山子が並ぶくらいで、ただ広いだけの試験場にしては人が多かった。
魔女達には精霊が付いて回るのが普通らしい。多様な魔力反応で光る虫が、それぞれの魔女の周りを漂っていた。
「ほら、あの子って……」だの、「ホウキ売りじゃん」だの、遠慮のない囁き声がやたら耳障りだ。
中央に俺たちがいて、観客らしい生徒が小馬鹿にするように笑い俺を見ている。それが時間が経つほどに増えているのだ。
「ちょうど今が自由修練の時間だから、ここに来てはいけないルールもないんだ。だから私もあまり強く言えないけど……ただ、大事な試験だ。気が散るなら何とかするよ」
「いや。このままで大丈夫です。何かとうるさい連中が多いのが分かったんで、いっそ立場を分からせた方が早い気もするし」
「試験は一人前の魔女になる神聖な儀式の意味もあるんだよ。お願いだから変な騒ぎを起こそうとしないでね。それなら私が先に手を打つから」
最初に会った時からだいぶ対応が変わってないか? なんだか俺までブラッカのように扱われている気がする。
まるで腫れ物みたいだな。
「俺がそんなことするような生徒に見えますか?」
「念の為、ね。そうならないと信じてるよ」
釘差したな。
ため息をついた時、心臓をぎゅっと握られるような感覚に襲われる。
空から〝懐かしい魔力〟を感じた。
勘のいい何名かが空を見上げる。
「――逃げろぉぉぉぉおおお!」
遠くで門番らしき男の鬼気迫る声が広場を駆け抜けた。
直後、ビリビリと肌を刺すプレッシャーが降ってくる。
『グリム――――ッ!!』
そいつは頭上から、俺にしか分からないような咆哮で確かに俺の名前を叫んだ。
広場に巨大な影を落とす両翼。弱者を蹂躙するための鉤爪。周りに陽光を散らす、びっしりと並んだ白銀の鱗。
黄金の眼球が鋭く俺を見据えている。
紛れもなく竜だった。
そして見間違えようもなく、その竜は俺の体だった。
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