15 / 25
魔女の里編
15話 魔女の人生を賭けるって
しおりを挟む「クレイバスタさん、体調が優れないようね」
「そうなんだよー……悪いな、本当」
「いいえ」
自然な歩みでブラッカの元まで近寄ると、銀髪がブラッカの頬に触れる距離まで近づいて、離れた。
一言、何かを囁いたように見えた。
ブラッカが尋常じゃないほど汗を浮かべている。俺が学園まで走らせた時ぐらいには変な汗をかいていて、様子も普通じゃなかった。
(あの女なにを言ったんだ?)
俺の怪訝な視線に気づいたのか、クラリスは取り繕うようにニコッと笑うと俺の手を包み込むように握った。結構強めに。
「さっきドラゴンが来たそうじゃない。ごめんなさいね、私ちょうど演習に出ていたから助けに入れなかったの。怪我はしてないかしら」
「問題ない。平気だから、そんな情熱的に手を握らないでもらえるか」
「そう。良かったわ」
わざと大きめの声で学園長に聞こえるように言ってみる。するとため息をつき、クラリスの手から力が一気に抜けた。
どうやら八方美人なやつらしい。
権力者に色々バレるのは嫌みたいだな。陰湿でダサい女だ。
「でも心配なの。スミレさん、試験もそのまま受けるんでしょう? ……あら? あなたの大事なお友達はどこなの? 素敵な菫色のお友達は?」
唇に人差し指を添える素振りがわざとらしくて、どうにも気に障る。
あのクソ精霊のこと言ってるのか?
「気品あふれる竜に気圧されてどっか行っちまったよ。ま、別にあんなの居なくたっ――」
「まあ大変! 精霊さんが私達にとってどれだけ大切なパートナーかわかってるの? そんな状態じゃ試験なんて受けられないわ」
クラリスは俺の話を遮るように、無駄に大事に聞こえるような反応で口元を覆った。
まるで高い食器でも割ったような振る舞いだ。
しかも教員でもないくせに、まるで『試験には精霊が必要』だというルールがあるかのように言い切ってくる。
「おいおいおいおい何言ってやがる。試験はやるんだよ。なあ学園長殿」
「ん? まだ今から始めるとは言ってないよ」
この学園長モドキ、面倒くさくなりやがったな! さっきこのまま魔術使って良い流れだっただろうが!
シモーネ学園長はあくびをしながらあさっての方向を見始めている。もう帰ってなにをするか妄想にふけっているようにも見えた。
「困ったわね。私の精霊を貸してあげるわけにはいかないし……」
そう言ってクラリスは派手な演出でもって精霊を幻想的に呼び出す。
白いトンガリ帽子から粉雪を降らせるように現れた白銀の精霊は、クラリスの姿を幻想的に照らした。
で、周りからまた黄色い声が上がる。もう付き合いきれん。胃もたれする。
「大丈夫だ同級生。もう間に合ってる。無駄に修行で遊んできたわけじゃないんだから、黙って見ててくれないか」
「そうもいかないわ。あなたも私にとっては大切なお友達よ。そうね……スミレさん、魔女なのに魔術が苦手だったから、一度お手本を見せてあげるわ。イメージの補完ができたほうが、魔術は成功しやすいのよ」
あからさますぎる。『私はこれから可愛そうな苛められっ子に良いことをします』と言わんばかりだ。
スミレの記憶がなくてもこいつの事がよく分かる。
自信家で、目立ちたがり屋で、欲しがり。
だから、今からすることは手本ではなく、ただ俺をダシにして目立ちたいだけだ。
「わかった。見ておくから早くやってくれ。時間がもったいない」
一つだけクラリスの良いところを挙げるとすれば、〝話がはやい〟、だ。
コイツは俺が、『クラリスに心を開いていない』ことに気づいているし、『人が変わっている』ことにも気づいて、そういうものとして消化している。
もっとも、本当に中身が入れ替わっていることには気づいていないだろうが。
「影に怯える火の踊り子。集い、姿を見せよ」
非効率な呪文を唱えている。あれが魔術の起動プロセスなのか? 改めて思った途端、幻想的な魔法陣がクラリスの足元を囲うように描画されていく。
足元で、羊皮紙にインクのシミができるように白銀の光が広がると、その光は生き物のように円陣を描いていき――やがて幾何学模様が完成した。
竜でもよく使うからこの手の魔法陣はわかりやすい。
ちゃんと見ることはなかったが興味深いな。
魔女が作る魔法陣は当然ながら全てが人工的だ。俺達竜族や魔族のように、決まった形で魔法陣をそのまま出現させられないのだろう。クラリスを見るに、魔力操作で魔法陣を丁寧に描いているように見える。
丁寧だから遅いというわけではなく、その描画速度は魔族のソレと大差ない。
この起動プロセスは魔術を使ううえで基盤となるものかもしれない。人間用に改良した、魔族を真似た魔術運用だ。
「〝イグニッション〟」
皆が〈灯火の魔術〉と言うから、蝋燭に着いた火を連想していたが、違った。
空を焦がすほどの大炎上。
火霊イフリートを大地に降ろしたと錯覚したくらいには、魔術のイメージからかけ離れた火力に思わず空を見上げた。
(あれが〈灯火の魔術〉なのか?)
巨人が蝋燭を作ったら、きっとこのくらいの火になるだろうなとは思ったが。
周りを見てみると、傍観していた生徒全員が口を開けている。
やっぱり俺の勘違いじゃなかった。注目されてるから絶対張り切っただろコイツ。
シモーネ学園長は一切動じていない。たぶんクラリスという生徒の性格を良くわかっていたのだろう。
ひとしきり演習場を炙った後、クラリスは魔術を止めて銀髪を撫で払うようにして言った。
「どう? やり方はわかったかしら」
涼しい顔をして、お手本のようなドヤ顔だ。すごく得意そうにしている。
「ああ。ありがとう」
俺の反応が思ったより薄かったのかもしれない。
クラリスはピクリと眉を曲げると、
「いいのよ。黒薔薇の魔女候補生として、困った生徒は放っておけないわ」
少し体の向きを変えて、高級そうな黒いバッジを見えやすいようにして微笑んだ。
黒い薔薇を精巧に作ったバッジだ。白いジャケットの襟もとに留められている。白い衣装はあの黒薔薇のバッジが目立つようにするためなのかもしれない。
自慢をするほどの代物らしいが……なぜか見覚えがある。
「ん? 候補生ってそのバッジのことか?」
「そうよ?」
俺の反応がおかしかったのか、クラリスも心配そうに応えた。
そこまでして、やっと思い出す。
前世で見たことがあったのだ。
地味なローブに付けていたからそこまで気に留めていなかったが――スミレがつけていたんだった。
「なあブラッカ。あのバッジって誰でも貰えるもんじゃないのか?」
「バッ……おまっ……!」
金髪の大男がドギマギした顔をするのは結構面白いが、そうなるほどブラッカは俺の言葉が失言だと思っているらしい。
実際、失言らしかった。
「スミレさん杖はどうしたのかしら」
すごい早口なうえに声が低い。心なしかキラキラしていた目が暗い。瞳孔開いてないか? めっちゃキレてるぞこいつ。
「いらないから家に置いてきた」
本当は魔道具を使う文化だったことをさっきまで忘れていただけだ。
「魔女が魔道具なしで魔術を使うなんてありえないわ。聖杖は貸せないけれど、訓練でよく使う杖があるから貸してあげる」
どこから取り出したのか、手品のようにしてキラキラした装飾の杖を差し出された。
実践用というよりは、装飾品だとか見世物で作られていそうな杖。見た目はきれいだが、俺好みじゃないし、俺は人間の作ったものなんて使いたくない。
「いや、別にいら――」
「使いなさい」
使わないと背中からダガーを刺してきそうな顔だ。
キレイな顔をしているから余計に気味が悪い。今のクラリスなら笑って人の腕とか腹とかグサグサ刺してきそうだ。
この杖触るのもちょっと怖くなってきたが、こっちが折れないとあいつも後に引けないだろうから仕方なく受け取った。
「……まあ、そこまで言うなら」
実際に触ってみてわかった。
この杖は粗悪品だ。
しかも、魔力が通り辛いようにあえて複雑な機構で作ってある。
見た目に拘った結果杖として不適格な品質になったわけじゃなく、狙って悪い品質にしたとしか思えない。
魔術を使うのに不適切な魔道具だ。法があるならこれで魔術を使おうとすれば捕まるかもしれない。
クラリスを見ると案の定ニヤついていた。品性の裏に隠れた下心が丸見えだった。
「シモーネ学園長」クラリスが少し嬉しそうな声で呼びかける。
「なにかな?」
「試験って魔女にとって格式高い儀式のようなものですよね?」
「ふわあ。ま、そうだね」
「私、このような試験を受ける時は必ず決めていることがあるんです」
「そうなんだ」シモーネ学園長は相変わらずのやっつけ感で生返事。
「魔女の人生を賭けるって」
うわ。コイツ聞いてないのに勝手に語りだしたぞ。
そのまま何か演じるような大袈裟な身振りでこちらに背中を向けて、空を仰いだ。
「だからいつも、『試験に落ちたら魔女を辞めて、魔獣調査員の仕事に従事する』覚悟で受けてるんです」
意識しなくてもわかるくらいに強調した言い方だった。
魔獣調査員がどういうものか知らないし、底辺の仕事みたいに言ってるが、多分違うと思う。思い込みが激しいのはナルシストの典型だな。
「スミレさん。あなたもそういう気持ちで試験に臨むべきだと思うの。わかる?」
「まあ、言いたいことはわかるよ」
つまり、「試験に落ちたら魔女辞めろよ」っていいたいんだろうな。
今魔女を辞めようものなら、ダンジョンに潜ることなんて一生できないし、生きている間は魔女の里から出ることもできないだろう。
年齢が年齢だから仕方ないが、いじめっ子の中でも典型的なガキの挑発だ。
ただ、相手が悪かったな。
「これだけ『良い杖』貸してくれるんだから、受かって当然さ」
俺も強調して言ってみた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる