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魔女の里編
17話 魔王が復活しているのですね
しおりを挟む夜道は涼しくて気持ちがいい。
試験後の説明だとか、医務室のマド先生に付き合ってやりながら事務的な話を一通り聞いただけで今日一日潰れた。
人目につかない木陰で座り込む。
結果、あっさり試験は受かった。〝ホウキ売り〟とかいう蔑称を押し付けられるほどだから、なにか異議を唱える奴もいるかと思ったが。あれだけ魔術を見せれば流石に黙るか。
少しやりすぎた気はしている。反省はしていない。だって元の体に戻ればもう俺はグリム・ノクシアスなのだから。
それはそれとして、面倒な女に目をつけられた。
クラリス・ベルノワール。
黒薔薇の魔女とか持て囃された、魔女の里の天才らしい。
そいつが去り際、俺の耳元で囁いたのだ。
『今夜女子寮前に来なさい』
熱烈なラブコールじゃないだろう。
その声には前世でも多くの生き物から向けられた感情がこもっていた。
いわゆる嫉妬だ。
「グリムさま」
「次その呼び方をしたら殺すぞ。無能精霊」
「ひえっ」
小さな妖精は、前世と変わらない気弱さを存分に発揮していた。
無能精霊――もとい、竜族の妖精リネリット。本能的に俺から逃げようとしたが、同じく本能的にこちらへ体を向けた。俺はコイツの忠誠心が大好きなんだ。
「俺はスミレだ。お前は魔女に仕える精霊。いいな?」
「びゃい! わかりゃまひた!」
めっちゃ噛んだなこいつ。
リネリットは人間から見ても手乗りサイズの妖精だ。サイズ感は精霊と全く同じだから、ここまで隠して来るのも難しくなかった。
リネリットは肩にかかった赤髪で口元を隠している。そういう時は決まってひどく緊張している。
実力は確かなくせに、なんでここまでおしとやかになるんだろうな。
「そんなに緊張するな。別にとって食おうってわけじゃないんだぞ」
「でっ、ですがその、グリッ……ご主人様なので」
「ああ? ふはは」
「なな、なんですか?」
「お前は人間にもかしこまるのか?」
曲がりなりにも竜族の生き物が、見た目人間相手(しかも子供)にこうも下手に出ているとおかしくなってくる。
ラッキーの方がまだ竜っぽかったぞ。
リネリットはさっきまでの態度を改めて、恥ずかしさを隠すように語気を強めた。
「もう! それとこれは全然違うんです!」
「うん、それでいい。魔女と精霊は主従関係より、パートナー的な間柄だったらしいぞ」
「……はい?」
いまいち要領を得ない様子のリネリットに付き合ってやる暇はない。
「で、教えた通り精霊の擬態はできるな?」
今後リネリットには精霊として振舞ってもらう。俺が好き放題魔術を使えていると、中身が人間じゃないってバレかねないからな。
「はい! 連続三日間なら、擬態は問題ありません。――なんのためかはまた教えてくださいね」
「三日? 甘えたこと言うな。七日間維持しろ」
「ええ!?」
「一秒でも短かったらラッキーの餌にする」
「ええ!?」
まあ中級魔獣のラッキーじゃあ側近のリネリットには牙ひとつ届かないだろうが。
彼女は前世でも俺の雑務を全部こなした優秀な竜種だ。
上背が小さいからよく仲間から舐めた態度を取られていたが、怒らせると割と怖い。普段の性格から豹変するギャップだな。
「ご主人様。夜の約束はいいのですか?」
少し恥じらった態度のリネリット。きっと真面目系クズのクラリスについて言ったのだろう。言い方が生々しくて嫌だ。
「中等部じゃないから女子寮暮らしなんてしてないし、行けたとしても付き合ってやる気は無い。そもそも人間の約束を守る必要があるのか? 指切りすらしてないぞ」
「それはそうですが。あんまりそういうこと言うと、クレア様が悲しみますよ」
「……ああ、そうだな」
星空を見上げて物思いに耽ろうとしたとき、違和感に気づいた。
「いまクレアと言ったのか!?」
リネリットを握りつぶす勢いで掴む。小さな妖精は命を諦めたような顔で眉尻を下げた。
「なぜお前がクレアを知ってる!? 今はまだ俺とクレアは会ってないはずだぞ!?」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 私だってご主人様のお姿に頭が追いついてないんですよ!?」
苦しそうに俺の人差し指を掴むリネリットを見て、流石に手を緩めた。
「だいぶ前にクレア様と竜山の谷に行ったきり、お戻りになられなかったので心配してたんです。久しぶりにお会いできたと思ったら人が変わったようにお優しくなられましたし」
「ちょっと待て」
一度リネリットの口を指でおさえる。
(こいつは今、前世の出来事を話しているのか?)
「なあリネリット。魔王はどうなった?」
「ご主人様が打倒されたのですよね? 二〇年前に」
「……そうなのか。そうなんだな」
「どうしましたか?」
少し混乱しているが、事実が一つはっきりした。
リネリットも前世の記憶を持っている。
素振りからして、こいつは回帰した自覚がないんだ。
ならば、スミレが俺目掛けて襲ってきた理由も同じだろう。記憶が引き継がれているんだ。俺と同じように。
そうなるとアマゾネスの一族であるイヴァや妹のカエデはどうなのかと思ってしまうが、気になり出すとキリがない。
大事なことだけに絞る。
「クレアはどうしてる?」
「グリム様が誰も近づけさせなかったので、私もクレア様がどうされているかはわかりません」
「お前側近だったよな?」
「ご主人様が『長期休暇は要らないか?』と仰ってから全然お近づき出来ず、それから里の兵士たちが通してくれなかったのです」
そんなことを言ったような気はする。
「事実上の戦力外通告を受けたのだとばかり……」
こいつが働きすぎだと思ったから、三年ほど短い休暇を与えたのをすっかり忘れていた。よく考えたら部下の連中はリネリットをよく思ってなかったんだよな。
変なすれ違いがあったようだ。
でもクレアのことを認識しているのはさすがだな。
「バカ言うな。休暇は終わりだ。また俺の為に働いてもらうぞ」
「はいっ! なんなりと!」
ラッキーだったら尻尾を振ってるくらい元気になった。俺がグリムってわかったことといい、リネリットは本当に優秀な側近妖精だ。
「ところでリネリット」
「なんでしょう!」
「さっき、俺が人が変わったように優しくなったと言っていたが。――それは今日飛んできた竜のことを言ってるのか?」
「あっ、いえっ、決してグリが血も涙もない鉄仮面の王子様だと言っているのではなく」
「言ってるな?」
「申し訳ありませんでした!」
あんまり素直過ぎるのもどうかと思う。
「まあいい。まともに話す機会もなかったしな。俺がわかる限りのことを話すから、リネリットも気づいたことがあれば言ってくれ」
「はい!」
ここに至るまでの一部始終を話した。
話の端々でリネリットが両手で口を抑えたり、驚いた声を出したりと反応はうるさかったが。
とりあえず。
「ご主人様一度お死にになられたんですか? 魔王さえ負かしたというのに一体どうやって!?」
なんだその畏まっているのかわからん言い方。逆に腹が立つな。
「俺が甘すぎたのさ。誰にでも優しくしすぎた」
「そうですかね?」
「それはどういう意味だ?」
「なんでもありませんご主人様」
「……とにかく。俺はいつまでも人間でいる訳にはいかないんだ」
魔法が使えるようになったことで一喜一憂している暇など本当はない。
俺の調子に合わせたのか、リネリットが神妙な顔で頷いた。
「魔王が復活しているのですね」
厳密には「魔王が生きている時代に回帰した」のだが。感じ方によっては復活してしまったとも言えるか。
「近いうちに魔族の侵攻が始まる」
「どうするのですか? 対滅竜隊に指示をなされるので?」
「このナリでか? 冗談だろ」
「しかし偽物の王子はきっと何もしませんよ」
「魔王を知らないからか?」
「いえ、びっくりするほど人見知りなんです。今のグリム様。とても指揮はとれないかと」
俺の印象最悪なのだろうな。
前世の最期を思い出す。
スミレのやつ、蚊の鳴くような声のうえに遠慮がちな性格だったな。妹のこととなれば人が変わったようにはっきり主張していたくせに。
「じゃあ何か? ただでさえ嫌われていた俺が今度は舐められて陰口ではなく笑いものにでもされてるのか?」
「あっ、嫌われている自覚はおありだったんですね」
「リネリット?」
「あああ、いえ、なんでもありません」
こいつ俺がガキの姿だから遠慮なくなってきていないか?
気を取り直して、竜人の妖精は羽をさらにパタつかせて息を荒くした。すこし前のめりになり、
「逆ですよ。今はみんな王子様をお慕いされてます」
「なんでだ?」
「それがなんと、めちゃめちゃ優しいんですよ。兵達のお花摘みも事前申告がないと怒ってらっしゃったじゃないですか? 偽の王子様は申し訳なさそうに『疲れてませんか?』とか、『水分補給してくださいね』とか気配りが半端じゃないんです」
先祖が見たら白目を向くほどの激甘竜人になっていた。鳥肌が立ったぞ。
「おい、それ大丈夫なのか? 俺の威厳が無いだろ」
「以前反抗的だった人たちも棘が抜けたように協力的になってますね」
「おお……そうなのか」
なんだろう。複雑な気分だ。
「じゃあ早く戻ってやらないとな」
「まあ……そうですね。もう何をするかはお決まりですか?」
何故か歯切れが悪いリネリットは、無理やり話題を変えた。
確かにここからはリネリットの協力があると助かる。
「ダンジョンに向かう。ただし、入場権を保証するのに人手が足りん」
「〈遺物〉を回収なさるのですね。何人必要なんです?」
察しがいい。俺は指を四本立て、数えるように折った。
「四人だ。俺にブラッカ、ノトムは無理やり連れて行くが、一人足りない。かといって妹のカエデは連れ回したくない。一緒にいる時間が長いほど俺に気づく可能性がある」
「人手なら先ほどの黒薔薇の魔女はいかがですか? クラリスさんでしたっけ? 実力は申し分ないかと」
「いやだ。あいつとは気が合わない」
「それを言ったらほとんどの生き物がアウトな気がしますが……」
俺が竜だったらそうだったかもしれないが、今は人間だ。調子を合わせられる奴くらいいる。
「そんなことはない。イヴァというアマゾネス族の女がいるんだ」
「ここって魔女の里なんですよね? どうしてまたそんな野蛮人を目当てにするんです?」
「俺を殺したパーティの一人だからだ」
リネリットの顎が落ちた。目を大きく開いて驚いている。
「危険です! その野蛮人もご主人様のことを覚えてるかもしれないんですよ!」
「それはない」
「どうしてそう言い切れるんです?」
「俺の偽物がここに飛んできた時、イヴァは何もしなかった。それらしい反応もな」
俺はスミレはもちろん、周りの反応も観察していた。
一つは、俺の事を知っている人間の確認。あの場ではそれらしき者はいなかった。
なにより、アマゾネスの一族――イヴァ・ヴァルキュリエの反応が知りたかった。
もし記憶があるなら、イヴァは真っ先に竜に特攻していただろう。
直情的だから嘘はつけないだろうし、あのパーティの中では一番考えがわかりやすい。
殺したと思っていた竜が目の前に現れれば、相応の表情をするはずだ。実際、彼女は何も知らないようだった。
「明日イヴァにアタックしてみるさ」
「うまくいきますかねー」
「なんとかするさ。リネリットもいるしな」
前世の記憶があるとはいえ、俺の体は魔力に慣れはじめた人間の子供に過ぎなかった。
だから俺を認知して、あまつさえ前世の記憶を持っている同族がいるのはかなり心強い。
「リネリット」
「なんですか? ご主人様」
妖精の羽が空を掴むように振動する度、魔性の鱗粉が闇を照らしながら落ちていく。
リネリットは無邪気に小首をかしげた。
思わず笑ってしまう。
「お前を側近にして本当に良かったよ。ありがとうな」
リネリットから、びゃあと変な声が聞こえた。
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