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広場の追及

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 魔法治療を受け、学校冊子を読んでいると、このみやマリアとの約束の時間がきた。

 定刻、ブランコ沿いの空き地に、二人の姿はなかった。

 魔法界流の大胆な約束を後悔した。
「明日このくらいの時間に集合」というのは、二十四時間後ではなくて、明るいうちに会おうくらいの感覚かもしれない。ミズミアの人はのんびりで、おおらかしているから、充分あり得る。
 
 幹にもたれかかったり、枝に吊るしたブランコを漕いだりで時間を潰した。揺られながら、誰かをぼうっと待つのは嫌いじゃなかった。

 葉がガサガサ音を立てた。正体は見えなくとも、何かしらが迫っている。木の軋む音に混じる、女の声には聞き覚えがあった。
 彼女達は、旋回して目の前に落ちた。

「もう、このみったら、大丈夫?」
「うん。ちょっと木に当たっただけ」
「玲、ごめんね。待たせちゃった?」マリアが、私に振り向いて言った。
「ううん。私も今さっき、来たばかりだから」素人マナーを守った発言は、彼女達を安心させたようだ。「二人とも箒で来たから、びっくりしちゃった」

 マリアが、こんなもんじゃない、という顔をしたのに対して、このみは先程の失敗に恥ずかしそうにする。
 私が、ハル君の前での悲惨なエピソードを話せば、彼女も救われると思ったけれど、墓穴を掘らないとも限らず、ためらわれた。
 
 このみがしょんぼりして、ブランコの右端に座り、マリアは真ん中のスペースを埋めた。

「実は学校終わりに、ひとっ飛びしてきたの」
「学校?」魔法学校のことは聞いていても、いざとなるとピンと来なかった。私が家でのんびりしている間、彼女らは学校で日常生活を送っている。

「うん、今日は昼で終わりだったから」
「マリアったら、約束しといて、学校の事を忘れていたの」このみが、マリアを挟んで私に言った。
「もう、それは言わないで。今日は午後イチのホームルームがなかったし、ちょうど良かったわ。玲禾をちょっと待たせちゃったけど」
「私は良いのよ。それより、学校で何してたの?」
「今日は体育、防衛魔法、それから光操魔法」初めのは馴染みがあって拍子抜けしたが、あとの二つは名前があからさまで、胸が高鳴る。

「一限が体育?」
「そうよ。朝っぱらから大変だわ」
「まだ、体が動かないよね」
「それに寒いし、やってられないわ」向こうの世界で私も体験した事があり、三人で共感できた。
「何をしたの?」
「もちろん、マホージュよ」
「面白そう。配置はどこ?」
「今日はオフェンスだった。日によって違う役割を練習するのよ」マリアが優しく説明した。
「私は重役になっちゃったから、大変だったの」このみがツンツンして言った。
「このみったら攻撃をさぼって、防戦一方なんだから。私が大変だわ」
「二人は同じチームなんだ」
「今日はね。毎回授業後半に、近場の人とチームを組んで、実践形式をやるのよ」
「実践って、楽しそうだけど、危なそうでもあるわ」概説で目にした反則を想い出した。引き寄せ魔法の患者にとったら、縁のないスポーツに違いない。

 話は、魔法の授業から旧魔法学校の方へ進んだ。

「二人は遺跡の学校にも行ってたの?」
「ううん」
「もう、だいぶん前からあんな感じだから」このみが言うと哀愁が漂い、様になっている。
「私達が寄舎に通っていた頃かな?」マリアの問いにこのみが頷いた。それだと、私が向こうに行った時期と割と近いということになる。

「遺跡の裏玄関ってあるじゃない?」
「あぁ、きれいに残っていたとこだよね」
「私そこにいたみたいなの」
「えっ?」
「ほら、ミズミアに戻ってきたとき。裏玄関の前に横になってるのを左内さんが見つけたって」私の言葉に、彼女達は顔を見合わせて驚いている。何て言葉をかけて良いのか分からないらしい。

「その…何か向こうできっかけがなかったの?こっちに戻ってくる」マリアが言った。
「それが心当たりがないのよ。なんで魔法が解けたのか自分でも分からない」
「本当?急に顔が赤くになってるけど」本当は、ハル君とキスをして、保護魔法が解けたからだ。笑ってごまかそうとしたら、つられて二人の顔も綻んだ。
「何か嘘をついてるか、恥ずかしい事でもしたのね?」マリアは鋭い。その両方が真実だった。
「ミズミアに来る直前、何をしてたの?」マリアが生き生きした顔で畳みかけてくる。「どこにいたかって事でもいいの!もしくは誰といたとか」

 分からないで通せば、早かったけれど、自分の中でもハル君から閉ざされて数日になり、この気持ちを誰かにぶちまけたいという思いがあった。誰かに言わないと彼が離れていく気がしていた。
 そして目の前には同世代で、しかも幼馴染のマリアとこのみがいる。さらに、今日の出会い頭にハル君の前で転んだ事を言わなかったというこのみに対する罪悪感もわずかに働いたかもしれない。

「特に何をしたってわけでもないんだけど、学校の同級生に会ってたの」
「名前は?」
「朝比奈遥人よ」それから、彼との思い出も言える範囲でかいつまんで喋った。
 海に行った話が好評だった。陸に囲まれる玄人の世界では、どこまでも続く海原があこがれの場所であり、想像力の源であるらしい。
 ドライブを無視した、海沿いデートを一緒になって楽しんでくれた。こちらの世界では車がないから、嫌なところを省略しやすいのも良かった。

 ただ、最後に「ハル君のためにも、魔法界のいざこざに蹴りをつけてから、凱旋したい」と言ったのは余計だった。
「そんなの危険よ。彼と魔法界は関係ないでしょ」とマリアに不平を言われ、白けた感じになった。
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