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気まぐれ女

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「でっ、ハル君とはどんな感じなのよ」マリアが、海辺の話を踏まえて聞いた。このみも、興味のまなざしを私に向ける。

「まだ、出会って間もないし、・・これからって感じかな」
「これからって事は、まだ手をつないだくらい?」このみが詰め寄る。
「ん?実は、もう一つ先まで」水色の絨毯から視線を戻すと、マリアとこのみは口を開けて顔を見合わせている。どこかで見たことのある光景だ。
 素人も玄人も、色恋沙汰に関しては同じ反応をするんだ。当の私も、素人界の時と同じように、顔を真っ赤にしてる事だろう。

「えっ~、玲禾ったら!キッスまでしちゃったの?」
「まあね」マリアにあからさまな反応をされて恥ずかしい。
「やっぱ、玲禾はしっかり者で大人っぽいもの」このみの嬉しい言葉にも、謙遜して首を振る。
「キッスの後はどうなの?キスの後」
「そんな、何もないよ。そこでお別れしたんだから」

 お別れした後、ミズミアの病院送りにされたことは伏せた。私のスクープに熱心な二人にとったら火に油を注ぐようなものだ。マリアに追及されると、このみに聞かれたからこそ、口づけのことを明かしたのだとよく分かった。

「この前は、ハル君とただの同級生って言ってたのに」このみはめったに拝めない白い歯を覗かせて言った。
「ごめん、ごめん」二人は再び見つめ合い、‘やっぱりね’とやり取りしている。「もう、ハル君の話は良いの。私は魔法学校のことを知りたい」
「うん、うん」このみは、私の番が来た、と乗り気だ。
「さっき、お母さんから学校のパンフレットを見せてもらったの。本当にあんなのが近くにあるの?」
「もちろん。湖庵でも有数な学校の」
「お母さんや左内さんとショッピングした時は見当たらなかったんだけどな・・」
「左内さんが作ったひとりよ。玲禾もあれを見たら、彼に対する見方が変わるはず」
「よく言うよ。このみもマリアも結構、馴れ馴れしかったと思うけど」
「そうかな?」このみはまだしも、マリアまで首を振った。ミズミアの人は向こうの組織でやっていけそうにない。
「まぁ、とにかく学校のことは私たちが保証するよ!だって、今日も行ってきたんだから。ねっ?」このみが言う。マリアは、曇りがちの顔で頷いた。

「私も、魔法の授業受けれるかな?」
「うん。きっと大丈夫よ。玲禾も元々魔法使いなんだし」
「じゃあ、明日にでも魔法学校に行こうかな」このみの言葉に押されて、口が動く。今朝、箒に乗れた事で自信ついてたのもあった。
「役場には行ったの?」
「まだよ。何か証明するものがいるの?」
「もの、というか杖で一振りしてもらうの。本人検査」
「えっ、どういうこと?」
「魔法学校へは電車で行くんだけど、セキュリティ検査があるのよ。個人情報を登録、というか、玲禾の場合は更新しなきゃ」このみはツンツンして言った。
「箒では行けないんだ?」私は華々しい箒デビューを飾ったばかりだ。
「うん。それが決まりよ。それに箒で行くと危険なのよ」そんな・・・。魔法学校なのに電車通学が強制なんて母校より縛りがきつい。
「だいたい、玲禾はまだ、箒に乗れないでしょ。余計に危ないわよ」マリアが言った。言った後、彼女らしくない申し訳なさそうな顔になる。
「うん・・。でも、家の前でお母さんと練習したのよ」
「えっ~、もう?どうだったの」
「短い距離は飛べたわ。最初は、箒を上げるのにも苦労したし、お母さんが音楽をかけて補助してくれたのもあるけど」
「すごい!私なんて箒で浮かぶのに半年もかかったのに」
「ありがとう。でも、結局は電車で行かないといけないんだよね」照れ隠しのついでに話を本題に戻す。
「そうそう」マリアが浮かない顔で頷く。彼女は、病院での母みたいに、愛情を含ませながらも、素っ気ない態度をとっている。

「身分証は、南淵さんに言えば早いんじゃない?」
「役場で働いてるからよね」
「うん。教育課の人ともコネがあるはずよ」
「コネって。あんま良い響きじゃないわ」
「ほらっ・・、本来なら転校生がやってくるってだけでオッとなるのよ。一応、西部は危なっかしいから。そこを、彼なら学校を作った本人だからっていう話」このみは自慢のシナリオを披露した。彼女が役場事情に精通してるとは思えないが、悪い気はしない。
「玲禾と一緒に勉強だなんて、十年ぶりだね」私にもまして、このみは嬉しそうにする。

「考えすぎないかもしれないけど、魔法学校は、玲禾にとって危険への入り口になる気がするの」このみと結論を出した時、マリアが重い口が開いた。彼女がずっと難しい顔をしてた訳がはっきりした。

「どうしてよ?」
「玲禾が魔法を覚えたら、パパの仇を取ろうとするんじゃないかって」
「そんな事ないわ。青鷹は滅びてるし、それに私は素人界から戻ってきたばかりなのよ。そもそも、そんな事できるわけないわ」
「玲禾はそのつもりでも、正義軍の魔法使いの娘なのよ。誰が狙ってるか分からないわ」
「マリアったら、大丈夫よ。現にお母さんは今まで無事だったんだから」
「私も玲禾と一緒にいたいけど、今は素人界に戻ったほうが良いと思うな」マリアの言葉にこのみの表情も引き締まる。
「大丈夫よ。マリアも、アイスクリーム屋さんの前では、私が魔法界に残る事を喜んでくれたじゃない。すごく嬉しかったよ」このみは伏し目がちに頷いた。
「一緒にいれるのは、もちろん嬉しいよ。でも、玲禾の話しを聞いてると、何だか危なっかしいなって思えてきたの」
「そんな事ないよ」
「大丈夫だと思うな。それに、マリアも素人界への行き方わからないでしょう。戻りようがないよ」二人掛かりの説得で、マリアもようやく引き下がった。

 部屋を出る前に、このみが得意な音楽魔法を披露した。綺麗な音色が木の壁に反響して私たちを包み込む。マリアも心なしか、優しい表情に戻った気がするし、私を巡るいざこざも多少は癒えたはずだ。
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