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時間割あれこれ

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 その夜、夢の中で、ハル君に再会した。
 地元民しか知らない横丁に落ちて、手続きまでして、新たな出会いもいくつかあった。そうやって、ミズミアで落ち着くという事は、向こうの世界から、そして、彼から遠ざかる事を意味する。

 その危機感に動かされ、二つの世界の共通点を探していた。
 
 ミズミア二校の地上校舎が浮かんだ。ゴーストに襲われたあの日にスタートを切った場所であり、私達の母校とも、どことなく似ている。

 ゴーストに襲われた日、キスが保護魔法を溶いた。引き寄せ魔法の効力が戻り、私はミズミア二校舎の裏玄関に飛ばされた。正義軍の南淵左内が横たわっていたところを発見し、病院に知らせてくれた。病院のベッドで目を覚ますところから、魔法界での新生活が始まった。

 ミズミア地上校の玄関、私とハル君が通っていた学校と瓜二つの玄関が二つの世界を繋いでいた。

 思い出の延長に、こちらの世界と今の自分がある。
 ハル君との日々を抱きしめながら、眠りに落ち、新たな一日を迎えた。

 帰宅ラッシュのせいで、先送りになったことを済まさなくてはならない。午前中のうちに学校へ向かった。

 入退休学及び編入課には、昨日と同じくパンチパーマの女性がいた。
 ただ、彼女は忙しいらしい。隣の窓口に顔をのぞかせ、私たちどころではない。訪問者が生徒にしては貫禄があるのも納得で、隣のステンレス旗には、教授課の文字があった。

「あら、早くしてくれます。もうすぐ、二限も中盤に差し掛かってしまうわ」教授課の正規の職員は、書類を探してるのか、留守にしている。パンチパーマが代役として、対応に四苦八苦していた。

「本当にすみません。初日から迷惑かけてしまって」
「そうですわ。私の地元ではこんな面倒な手続きはなかったわ」
「安全対策の一貫で、教授様にもご協力いただいております」
「もうっ、この私を疑うなんて失敬しちゃうわ」
「一様にやっておりまして。もちろん、内藤先生のご活躍は存じ上げております」
「ふむ。いくらメマンベッツ州と近いからってね」メマンベッツが汚い単語であるかのように、忌み嫌って言った。メマンベッツだけでなく、この学校を見下している感じだ。

「まぁ、理解のある私は気にしませんが…。そちらの方々の対応をなさってあげたら。お待ちになってるみたいよ」内藤先生は、私たちの視線に気づくと、他人事のように言った。文句のひとつやふたつ、喉元まで来てたけど、お母さんの用事も控えるし、構ってられなかった。

「ありがとうございます」お母さんは、それもあってか、丁寧にお礼をした。
「お待ちしてました。間に合って良かったです。では、少々お待ちを」彼女の声には、感謝の思いが滲んでいた。顔には救われたというメッセージが書いてあった。白髪の検査官を連れて戻ってきた後も、顔色は崩れない。新任教授が手持ち無沙汰にしていても、やることが溜まっていて、時間を潰せるからだ。

 お母さんと同じ、例の一振りは序の口に過ぎない。彼女は、水色のラインが入った革のケースに学生証を入れると、学校規則や授業概要の書類について親身になって説明してくれた。
 来週一週間のお試し期間を経て、再来週までに決定すれば良い事や、素人界にいて空白があるから、少なめの科目数でじっくりと学んでいく事、参加生扱いだから来年までホームルームがない事。時間稼ぎをするかのように、丁寧な説明が行われた。

 途中で、内藤先生が口を挟んできた。

「あら、あなたも新入生?奇遇だわ、私と同じね」
「はい」本当なら、多少なりとも親近感が湧くはずだけど、この人の場合は嬉しくなかった。
「私も、六車先生に代わって来たばかりだから…」用語集掲載で、お休み中の先生だ。「せっかくだし、私の授業を取ると良いわ。今は、人気が出る前だから、穴場よ」
「はあ…」
「私のは、魔法風水の授業だから、ミズミア庭園の授業より実践的よ」
「はいっ」話を切りたくて、愛想で言葉を返した。さらに、教授課担当の職員がようやく戻ってきたから、私たちもパンチパーマも解放された。

 帰りの電車も、ほとんど貸し切り状態だ。三限登校の学生で混んでる電車とすれ違いながら、帰路についた。

 午後は、橙色の冊子から興味のある科目を選ぶのに費やした。
 まずは、マリアと一緒に受ける山田の魔法料理研究だ。木曜四限で、私が誰よりも得意な素人学特講が裏だけど、焦がし魔法が失敗した事で気持ちが固まった。素人学の先生は知らないけれど、私の方が詳しいし、習うよりも教えてやるくらいの気持ちでいないと。

 他にも、不死鳥学、光操魔法、魔法絵画、創作魔法など面白そうな物に目星をつけていく。
 各街の地理や歴史の授業は選ぶときりがないけれど、用語集の北条飛鳥のページを思い出し、ニジョーナワテ史やアーヤカス史には印をつけた。
 最後に内藤先生の授業を忘れないうちに省こうとしたけれど、そもそも何の授業かも忘れていた。
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