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上の空

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「あぁ、皆さん、おはようございます。ご機嫌いかがです?あぁ、そう。私が来て早々に、何やら騒ぎが起きてるみたいですもんね。本当、困ったものです。でも、皆さんは一緒になってはいけません。じきに、終わる事です。何しろ、私は風水で睦水地域が危ないことを見抜いていましたから。驚きませんよ。風水の森七月号に書いて差し上げるところでしたわ」

 内藤の長ゼリフで授業は幕を開けた。相変わらずのお上品な上から口調は、もはや気にならない。
 マリアとの自主訓練で頭がいっぱいだ。魔法を習得するには手を動かすに限る。休み時間なら、好きな魔法を試すことができる。
 結局、練習に向けて大石の教科書を読み進めていると、チャイムが内藤の清らかな声を切り裂いた。
 
「今まで見てきた数多くのクラスの中でも、皆さんはお静かで、素晴らしかったです」内藤女史は褒めるけれど、それはみんなが騒動に神経を使い果たしたり、思い思いの内職に精を出した結果に過ぎなかった。

 授業後、石垣の上からゲルを見下ろすと、白い屋根がお餅みたいに膨らんでは消えたから、嫌な予感がした。案の定、中では高等部であろうあんちゃん達がすでに光の玉が飛び交わせている。貸し切りとはいかず、練習前、マリアと苦い顔で見合うことになった。

「あくまで自衛のためなのよ」自身の一貫性を改めて主張するのとは反対に、彼女は気合いを全身で表現する。
 私は、赤光の出力に失敗し、防戦一方になる。防衛魔法でマリアの光の玉のノックを受けなければならなかった。おかげ様で、強めに跳ね返して周りに迷惑をかけるのは相変わらずだ。

 マリアと光操魔法第一歩(大石秀季著いわく)の光の玉と防衛魔法を交互に練習する日が来るなんて思いもしなかった。ついこないだ、私の魔法学校入りに反対して暴挙に出た女性の姿はどこに行ったのだろう。素人界も安全でない、という情報を左内から得た彼女の態度は、百八十度変わったようだ。
 汐留真莉愛の導き絵は、晴れたり、曇ったりで大変だ。

 中庭でラムネを一杯引っ掛けると、昼食を買って、ハル君の病院に向かった。マリアも一緒だ。

 一階の広間には、ハル君の代わりに紗江先生がいた。

「朝比奈君は三階の部屋ね」
「ありがとうございます」
「あらっ、マリアちゃんも」
「はい。こんにちは。玲禾のこれに会いに来ました」マリアは、親指を横に突き出して言った。
「そんなんじゃないよ」
「こらっ、二人ともまったく」紗江先生が言う。私は被害者なのに、怒られるのは心外だった。「そうだ。物騒な事があったみたいだし、気をつけるのよ」
「はい」病院の人も、当然ながら、噂を知っていた。
「この病院は安全なんですか?」
「もちろん。大丈夫よ」
「本当ですか?病院はデカイから目立つ気がして…」自分で訊いておきながら、紗江先生の言葉を鵜呑みにできなかった。
「私もいるし、朝比奈君は大丈夫よ」
「良かったね。玲禾!」
「だから、そう言うんじゃないの」紗江先生が守ってくれるし、安心度は多少なりとも高まった。
 医療魔法の玄人で、何より顔の知ってる人がそばにいてくれる。マリアと紗江先生を一緒にすると、ロクなことが無いから、マリアを階段へ急かした。
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