上 下
66 / 242

ひとつ屋根の下

しおりを挟む
 木曜は、四限すなわち昼からの登校だ。マリアが話しかけてきたのは、昼休みのゲル練を終え、魔法料理の授業に向かう時だった。

「明日よ」
「えっ?本当にやるんだ」私の中の玄人精神がざわめき、胸が高鳴る。
「もちろん。今日はもう遅いから明日ね。魔法史の後は暇だっけ?」
「うん。マリアも?」
「そうよ。私は、一限魔法音楽、二限ホームルームと三限」
「もう遅いって、そんな準備がいるの?」
「ううん。強いて言うなら、暇つぶしの道具がいるくらい」

 料理の授業では、山田先生から離れたテーブルを選んだ。天丼の実習をしながらも、作戦の続きを聞いた。

「そう言えば、電車停で会った後は、後藤田先生と天丼を食べていたんだ」「ミズミアの水で育てた野菜は天ぷらにばっちり」先生は度々中断を入るけれど、酒井渚たちがカボチャの丸こげを作ってからは、私達の所には来なくなった。

 どうやら、天ぷらの「ん」の字を呪文の先頭に持ってきて、失敗したらしい。私達は、作戦会議を終えてから、酒井たちの反省を活かしつつ、うまい事巻き返した。前日ということで、準備に不安はあるが、ぶっつけ本番も悪くない。

  いつもの三倍くらいのバッグを担いで、朝の混雑電車に乗った。安斉史織著の防御魔法本と潮先生の魔法基礎の本が入っている。
 昨日帰る前に図書館で借りたやつだ。魔法掛け放題が待っているという興奮で、窮屈な気持ちも和らいだ。帰りは、終電間際の電車で、マリアとゆっくり過ごせる。そう思えば、多少気が楽だった。

 ゲルを素通りして、石垣に登った。すぐには、秘密訓練に入れない。
 なんせ計画は放課後だから、真面目な私たちは授業を受ける必要がある。

 三限の教室には、ホームルーム終わりの真莉愛たちが団子になっていた。
 魔法史の小関先生は、クックと笑いながら「青鷹軍と旗軍の比較」の講義を続行し、みんなの不安を再燃させる。毎週金曜の恒例行事だった。

 今日に限っては「旗軍は、トップダウン型の組織で、西から遠いミズミアにとったら良い事だ」という配慮もあったけれど、旗軍という言葉だけでアレルギー反応を起こすのに十分で、無意味だった。

 昼休みを知らせるベルが鳴ると、腹ごしらえもせず、ゲルへ向かった。購買部への人の流れに逆らいながら、目的地に急ぐ。
 それでも、私たちくらいの女子二人組に先を越されていたから、一度出るふりをしてから、マリアの自慢の品を使った。

 今日の作戦の奥の手である、カメレオン風呂敷の雲版の出番だ。真っ白な風呂敷に身を包む事で、背景に溶け込む事ができる。曇り空の上で使うという、本来の用途は理解不能だけれど、ゲルの中でも応用できる。

 先客に気づかれる事なく、木製の観客席の裏に回り込んだ。最前列に向けて段々の頭上に気を付けながら、前に進む。順調な出だしに、微かな白い光に照らされた、相棒の顔は晴れやかだった。

 裏への潜入は第一歩に過ぎない。昼休み、四限、五限が終わるのを、大人しく待たなければならない。本は、それまでの暇つぶしの道具だ。観客席の下で学んだ事を、その後思う存分試すのは、我ながら名案に思えた。

 本を開けながらも、まずは昼食を取る。こんな時に、最適なのが、ガムのご飯シリーズだ。
 マリアは、専門店で買って来たという、ステーキ味のガムをお裾分けしてくれた。
 味と感触が合わず、気持ち悪かったのは、最初だけ。途中から今までのステーキが口の中に広がった。

 四限が始まると、静寂が度々訪れる。喋りづらくなったから、それぞれが自分の本に集中した。光の玉、光の糸の出し方、用途を読み込むのに時間をかけ、防御魔法、魔法基礎の本は、授業でやった事を確認するだけで済ませる。

 五限は、魔法格闘技だ。授業の中盤から始まった試合を観客席の足元の隙間から観戦した。筋肉隆々の男が魔法を被弾し、担架で運ばれるのは見ていられなかった。マリアとやり過ぎには気をつけようと小声で注意した。

 待ちに待った鐘がなり、生徒の足音や話し声に耳を澄ませる。観客席の屋根が軋む事がなくなり、木の間から、先生が出るのを確認した。

 いよいよだ。本をカバンに、ガムの包み紙をポケットにしまい、誰もいない演技場へ向かう。
しおりを挟む

処理中です...