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雪舞い

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 月曜恒例の病院訪問は、お母さんと一緒だ。
 マリアの不在は、秘密訓練の失敗とは関係がない。彼女には、ホームルームがある。

「久しぶりの組み合わせだね」
「まぁね。これでも、親子よ」秘密訓練の失敗とはおさらばしたい。お母さんは絶縁も匂わせていた程だから、先手を打った。しばらくは、マリアと来れないから、私達ふたりに慣れてもらわないといけない。

「ハル君、元気そうで何より」
「うん、外に出れたから。良い気分転換になったんだ」
「ほんと!どこ行ったの?」
「丘の上。アイスを食べて、ジュースと花も買って来た」ハル君はテーブルを指差して言った。お馴染みの透明な瓶には、ラベンダーの花が生けてある。

「良いな、私も行きたかった」そうならなかったのは、誰かさんが自宅謹慎を課したからだ。意味深な視線を彼女に送った。
「あらっ、悪かったわね」母は自覚があるのか、私の態度を見てか、責められた気になったようだ。部屋を出て行き、空気が悪くなった。

「どうしたんだろう?」
「ううん、ちょっとした事よ」
「そっか。今度、一緒に行こう。丘でも、どこでも」
「うん」
「ただ、職員の付き添いサービスも付いてるけどね」ハル君は気丈に言った。自分のせいで、彼が監視体制下に置かれているとしたら、気の毒だった。

「ミズミア式の庭園って見た事ある?」
「ないわ。どうして?」
「ほら、一緒に行く候補地として」
「そういう事ね。ハル君そんな渋い趣味あったっけ」
「なかったけどさ、最近は、用語集で庭園の先生がお気に入りだからさ」
「六車先生の事?なんで?」私だって会ったことがない。おまけに、代わりに来た先生には良い思い出がない。
「あれっ、その反応はイマイチって事?」
「ううん、今は、お休み中なの」
「だからか。飛び出しはしないけど、窓の中で動いて、何かを訴えてくるんだ」

 ハル君から用語集を貸してもらい、検証する事にした。
 行方不明の彼が、手掛かりを握っている可能性もある。先生の失踪以降、ミズミアに異変が起き始めたと捉える見方も成り立つからだ。

 もしかして、用語集の画像は、彼の分身で、私たちに何か訴えようとしているのかもしれない。本は、読者を選び、紙面から飛び出して、メッセージを送るほど、双方向性がある。

 ならば、私もその声に耳を済まそうと、夕食や入浴の前後で紙の窓と向き合った。

 もちろん、そう都合よく変化があるわけはない。
 長期戦も覚悟の上。根気強く、続けていくしかない。いつ呼びかけがあっても良いように、本を開いたまま、眠りについた。

 火曜日の朝、現実も追いついて来た。
 二校前の電車停から始まり、ゲレンデ、石垣の上と、至る所に屈強な男たちが配置されている。数にして普段の倍はくだらない。私達の主張を認め、侵入者を捕まえようとしている現れだ。悪夢を払しょくする風が、地下まで吹いている。

 あからさまな厳重警備に、年齢層の低い魔法基礎のクラスは、落ち着きがなかった。皆が揃っているのに、授業の開始が五分は遅れた。

 潮女史は、魔法は網羅していても、子供を掌握する術は持ち合わせていない。
 彼女は、数ある魔法の中の防衛魔法を選択したが、よりによって、過去の被害事例を出し、生徒を恐怖に陥れた。自己防衛の必要性を知るためには悪くない方法だろうが、それは平常時に限る。立て続けの騒動で警戒は嫌でも高まっていたから、むしろ不安を過剰に焚き付ける結果になった。

 授業後、食堂を目指して中庭に出た。

 事態は、予想できない速さで進む。警備員の配置だけでは終わらない。不死鳥によって、絨毯が敷かれている最中だった。双穴新報の号外が、地下のドームに舞い落ちる。その様は、季節外れの雪のようだ。

「湖庵に雲」という見出しとともに、一枚の写真がでかでかと掲載されている。例のアーヤカスの導き絵だ。

 魔法絵画の後藤田の出番なくして、二校生の知るところとなり、中庭や廊下が、溜め息や「休講だ」の声で溢れかえった。
 
 食堂に入っても、それは変わらない。皆それぞれに狭い場所に固まり、お互いの健闘を祈り合っている。幼い頃に被災した経験があるからか、どこか手慣れていた。同郷の同世代の友の現実が、そこにはあった。
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