上 下
72 / 242

宣材写真

しおりを挟む
 自室で、用語集の六車の頁を観察した。 
 庭園に特段の趣味はないが、彼の行く末が気になる。どうも、ミズミアの未来と無関係とは思えなかった。

 庭をいじっている合間の写真だろうか。先生は相変わらず、木にもたれかかり、片足重心でこちらを見ている。右手の杖は、ここが自慢の庭園だと指し示してるかのようだ。変化がなくとも、地味な作業を続けられるのは、ハル君が教えてくれたからに他ならなかった。

 夢の中では、ハル君がいつ六車先生の異変に気付いたのか探し当てようとした。病院での様々な思い出が蘇る。

 ハル君と裏玄関でのお別れを告げられた。けれど、また帰って来た。
 志筑の像が彼の前に飛び出していた日もあった。
 マリアと二人でハル君の部屋を飛び出し、秘密特訓の一歩を飾った場所でもある。

 そして、最後に浮かんだのは、マリアに光の糸を浴びせかけ、ホームにスパイを見た夜だ。その日のハル君を私は知らない。

 目が覚めた時、用語集は枕元にあった。今日は、地下スパイをとっ捕まえる日だ。それは、軍、警備、校長先生かもしれないが、私達かもしれない。
 用語集がそう語っている。窓の中の六車先生は、私に歩み寄っている。杖先が向くは、下ではなく私の方だ。つまり、先生は動いている!

 カバンに用語集を、家を出る前や電車で何度も確認した。マリアと共有しよう。多くの経験を共にしている彼女が一番頼りになる。
 
 マリアは、そんな事情は露知らず、このみの横の席に座っていた。変な頃合いで、幼馴染みトリオが久しぶりに揃った。

「おはよう。ねぇ、これ見て」
「六車がどうかしたの?」
「もしかして、戻ってくるとか?」二人から、質問がテンポ良く飛んだ。
「違う。画像が動いたの。杖を前に出しているでしょ?」
「えっ、元々こんなんじゃなかったっけ?」
「元は、杖の持ち手を下げてたわ。杖を私達に向けて、伝言を送っているのよ」理解の悪い同志に、自慢の推理を披露した。
「送るってこの画が本人みたいな言い方ね」
「そうよ。用語集の中に六車先生はいるの」これが、私の答えだ。根拠はないけれど、確信がある。
 今日スパイを捕まえれば、その杖により、すべてが分かるはずだ。先生を閉じ込めた杖こそが、反対に彼を解放できる。

 後藤田先生は、いつも通りの整えた身なりで、震えながら授業を行った。
 原因は、アーヤカスの導き絵にある。号外が雪のように降り注ぎ、石垣や校庭を隠した。その時の光景は、今さっき撮られたスナップショットのように鮮やかに、脳裏に焼きついている。地下に走った戦慄は、二校のみんなが覚えている。

 後藤田は、魔法絵画の実用性を示すという予定を変更して、導き絵が予測を外した例を紹介し始めた。

「魔法界全域に厚い雲が漂う中、正義軍は青鷹軍相手に善戦しました。結果は、痛み分けで引き分けといったところでしょうか。……そして、今に至ります」

 今とは、旗軍が暗躍している時代を指す。先生は、生徒を余計に不安にしてから、正義軍の奮闘の歴史を説明した。生徒や先生自身を鼓舞するつもりだろうが、例によって、逆効果だった。
 講義が名ばかりにならないように、魔法軍事史の途中途中で、東部出身作家の絵が紹介された。絵は通り過ぎて行くけれど、お父さんや先人達に対する誇らしい気持ちが私を満たした。
しおりを挟む

処理中です...