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東部連合編

女みたり

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「あら、お揃いのお召し物で!とても素敵」新客は、ようやくの女性だ。彼女は挨拶しながら、水色増しのローブを、さりげなくアピールする。

「そういう庄司さんこそ」
「ありがとう。やっぱ、こういう時こそ、パッ~と明るくね」彼女は、崩した顔を私に向けた。頬の上で、そばかすが踊っている。
「玲禾ちゃんね。会いたかったわ。体大丈夫?」必要十分な歓迎の言葉と共に、温かいハグまでくれた。変なおっちゃん達に、特別警戒中の北別府が相手だったから、心が和んだ。「はい、この通りです」
「良かった。元気で、華やかで何よりよ」
「いや、そんなつもりじゃ」肩まで上げた両手を、静かに下ろした。

「お兄さん達は残念な服ばかりでしょ?」彼女は顔を寄せて、人差し指を唇の前で立てた。そして自分達の爽やかな色味を確認し合う。殿様方の中で、淡い色が一層映えた。
「福井先生や吉岡夫人が来ないかもだし、女みたり頑張りましょう」庄司さんが言った。福井先生とは、紗江先生のことだ。彼女が軍医だという事実に改めて気づかされる。

 リビングの羊皮紙は通常の白濁色に戻り、もう私たちを写さなくなっていた。
 校長の言う‘大人の反応’という言葉が、頭の隅に引っかかって離れない。お母さんは私と一緒にお迎えで離れるから、心配なのは左内さんの方だ。北別府が何を話すのか。良くない噂は、隣人を通してお母さんの耳にも入ってしまう。
 
 六番目の丸眼鏡男性のお迎えからリビングに戻った時、校長と左内さんの距離を思わず確認した。
 隣人は庄司さんの応対に当たっており、近くに校長はいない。校長は、松山の横で腕組みして立ち、私たちの方を見ている。少し怒った顔だ。
 一瞬ぎくりとしたが、それは私に向けられたものではなかった。
 金子という丸眼鏡の男が、内藤が怪しいというガセ情報を広めた張本人だった。やらかして数日で、あっけらかんとした表情では、あきれるしかない。お母さんは彼を見捨てた後、「彼は軍の情報部の一端だ」と教えてくれた。

 七人目以降も警戒は続く。
 リビングに戻ると、校長もしくは南淵左内を探し、様子をうかがう。同時に、どんどん増えるお客様の事も覚えていく。その繰り返しだ。後者はホストの務めだし、この先ミズミアにいるなら必要な事でもある。
 皆んな、私の事を頼もしいとか、よく帰ってきた、と褒めてくれる。初対面なのに、遠い親戚に会った時のような暖かい感情を抱いた。

 ただ、予定時刻をまたぎ、来客も峠を迎えると、そうもいかない。
 遊園地の様に、老木の外に伸びる行列を三四人ずつ捌いていく。案内というより、捌くという有様で、挨拶を一言二言交わせば良い方だった。魔法使いらしい、個性的な服に頭が混乱して自慢の記憶力もなりを潜めた。特殊なのが普通であり、まともな人がいれば逆に目立つ。リビングで私の目を引くのが板垣なのが、その証拠だった。

 座席が埋まると、日曜の競馬場やスクランブル交差点のように、隙間という隙間に、人が流れ込んだ。
 お通しの白玉あんみつ衝突事件が多発し、お掃除呪文を掛けるのも左内さんの仕事になった。

 あまりもの人に、はっきり覚えられたのは一部だけだ。
 先着の六名と、数名飛んで、吉岡女史の夫、そして地上病院で取り調べについた高山とかいうリス顔の女だ。今日は地上病院で一緒にいた黒岩副長がいないし、肩身が狭そうにしている。
 ただ、彼女がどんなに可哀そうでも、私はハル君の味方だ。不当な取り調べについて謝罪がなければ、同情の余地はないと思った。女同士だからといって、関係はない。

 一方、もともと感じの良かった吉岡さんは、娘が二校の先輩らしく、なおさら印象に残った。私達の一個上で、あずあずが好きな石川先輩と同い年にあたる。
「玲禾ちゃんもいるし、娘を連れて来ようとも思ったんだがね」吉岡氏はパパの顔になって言った。太い眉の下の精悍な表情に、優しさが見え隠れする。
「もう、吉岡さんったら。戦いに娘さんを巻き込まないであげてください」お母さんが答える。そして、自己矛盾に気づいてか、そっと付け加える。「この子は老木を住まいにしてますから、仕方ないんです」

 私としたら、巻き込まれたつもりなんてないし、心外だった。自らの意志で、友と共に役場に向かい、決戦に蹴りをつけたのだ。反骨心は、自信の裏返しで、私に勇気をくれる。陽気は、一過性のものではなく、心の奥底に広がった。
 北別府も私への感謝を忘れてないはずだ。今更ながら、校長をそこまで警戒する必要があったのか、と少し開き直れた。
 もっと言うと、お母さんに対してもだ。保護魔法が抜けてないのか、母からの心証を過度に気にする自分がいた。
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