上 下
113 / 242
東部連合編

NかMか

しおりを挟む
「言われてみればそうね。箒屋に来る時期を間違えたかも。疑惑が晴れれば、もっとたくさんの品を見れたのに」
「そんな呑気なこと言ってないわ。待てない人もいるの」マリアの声は、熱を帯びている。
「箒のこだわりが強い人もいるんだ?」
「違うわ。風評被害は物だけでなく、人に対してもよ」
「人?」
「そう、メマンベッツの人よ。疑惑が晴れるまで、顔に変な貼り紙を張られるの。疑惑が晴れるのなら、それまでの辛抱だけど、疑惑が真実になれば…」彼女の言葉は半ばで途切れた。
 続きは、それぞれの中にある。大袈裟だと首を傾げながら、どこか割り切れない部分がある。胸が締め付けるのは、身近に該当者がいるからだ。

 時機が良いのか悪いのか、お母さん達が奥の試乗場から姿を見せた。まるで箒に乗ったまま現れたかのように、新鮮な風が吹き込まれる。マリアの見立てをそのまま飲み込んでいたが、一旦、冷静になれた。

 立ち塞がったのは、あくまで、マリアの言葉に過ぎない。つまり、事実かどうかは定かではない。
 友達を悪く言う訳じゃないけれど、彼女の妄想癖は確かで、誇大妄想と呼べる時もある。(実際、ハル君の裏玄関騒動と火事を結びつけ、秘密ゲル練後の反省文につながった)
 彼女の長所である勇敢さと表裏一体だし、もちろん、そこを嫌うという話ではない。想像を基にする魔法界では見習うべき所だ。言えるのは、単に彼女には飛躍しがちな一面があるということだ。

 お母さんとハル君は、それぞれの箒を持って、お会計に向かった。
 例の一振りを受け、書類に署名する。ハル君も当たり前のように、登録を済ませた。
 通り過ぎる現実が、彼には用語集から六車を見つけた功がある、と教えた。北別府か誰かが手配を済ませていなければ、ハル君が堂々と箒を買う事はできない。お墨付きを得て、彼はまた一歩踏み出したのだ。

 表情は相変わらず晴れないけれど、手にある箒ケースは、ちゃんとそれに見えた。

 帰り道では、二つが話題に上った。箒とMHKだ。箒に関しては、曲線美で刺繍入りのに据え置き機能を付けた事、元々のやつは裁判の際に機能を確認済みだという事が共有される。

 箒の話を早めに切り上げたのは、箒屋に来た目的(有事に備えて)が目的なので、ハル君を追い込むおそれがあるからだ。せめて、マリア達と別れるまでは、明るい気持ちでいたい。

 MHKについては私が切り出した。自分達だけ知らない横文字というのは、例外なく興味をそそるものだ。マリアパパは「マホージュ放送協会の事さ」と種明かしをする時のしたり顔で言った。知っている言葉の羅列が新しい謎を作っている。

「マホージュ」
「そう。ご存知の通り、こちらのスポーツ…」マリアパパは試すように口を開いた。私が頷き、ハル君も続く。「で、放送ってのは、簡単に言うと、羊皮紙にマホージュの試合を写して、視聴者をその場に連れて行く事だ」
 素人界のテレビたる発明を知らないマリアパパは、丁寧に説明してくれた。私達の報告に、「それなら話が早い」と安堵や興奮を露わにした。

「じゃあ、スポーツの放送局なんですね」
「そうそう、起源はそうだ。近頃はマホージュ以外も取り扱ってたがね」
「情報や、音楽もね。パパが玲禾の活躍を取り上げるかもって言ってたのは、そういう事」マリアが割って入った。
「取り扱ってた?」幼馴染の言葉に頷きながら、ひとつ前の語尾が引っ掛かった。現在のことではないと、言っている。

「そう今はお休みなんだ。マホージュ不開催で資金がないとか、魔法電波がいかれちまっているとかでね。ほらっ、旗軍と正義軍がやり合ってるし、アーヤカスとニジョーナワテのお偉いさんもね。色んな噂が絶えないんだ」
「放送があったら、病院での暇つぶしを助けてくれたのに」ハル君が嘆いた。
「そうそう。そして時には、暇つぶしどころか至福の時を作ったはずだよ」マリアパパは、彼に控えめな笑顔を見せた。
しおりを挟む

処理中です...