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東部連合編
集団戦
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自室のベッドでくつろいでいると、ハル君が遊びに来た。
あの時以来の、二人だけの空間だ。場所は、ハル君の部屋から私の部屋に移った。
「来てくれたんだ」
「うん。ちょっと心配だったから」
「もう整理はついたわ」
「違う、紗江先生の事じゃない。明日で一旦、お別れだろ?」
「お別れって大袈裟よ」
「ちゃんと確認したかったんだ」
「何それ。前回が前回だしって事?」前回は、私が魔法界に飛ばされる形でのお別れになってしまった。
「そう。もう急にいなくなるのはご免だから」
「私が悪いみたいに言わないでよね」
「もちろん。今回だって、似たようなもんさ。俺達には、どうにもできない」
「うん。そんな事ばっかだね」彼は黙って頷いた。一度下りた瞳は、再び私を捉える。
「大丈夫。今回は、すぐに会えるわ」たった一文字に思いを込める。
「私だけじゃないもの。正義軍のみんなが周りについてくれる」
「そうだね。軍だけじゃない。お母さんに、マリアやこのみちゃんもいる。爽香ちゃんだって」ハル君の言葉に合わせて、一人一人の顔が浮かんだ。
「そして、俺も…」ハル君は言葉を切った。
「離れてたって一緒よね」確認するように言った。
彼は見つめ合った後、キスではなく、ただ抱きしめてくれた。今度こそ、手を彼の背中に回す。優しく触っただけで、身体じゅうが指先と共鳴する。私達は心ひとつになった。
繋がりを信じられるから、前の晩は、いつも通りに過ごすことができた。
一旦のさよならを言う前に、最後の食事を迎えた。
朝昼兼用のかぼすうどんは、気が重い時でも箸が進むという意味では良いが、不安もある。
それは、かぼすが「凝った料理キャンペーン」の対象商品なのか微妙な位置にいる事だ。もしそうなら明日からの二人暮らしは先が思いやられる、と思った。
ずっと、些細な心配だけを抱えていられたらと願うけれど、そうとは限らない。何がきっかけで、戦いの幕が上がるか分からない。一家は、ミズミアとアーヤカスに分かれる。西に近いミズミアが戦渦に巻き込まれるかもしれない。アーヤカス軍が謁見組に無茶な要求を突きつけるかもしれない。お互いに何があってもおかしくはなかった。
腹ごしらえの後に、お母さんに杖練習の相手を申し込んだ。
体はすっかり怠けている。二校が閉鎖されてから、ゲル練の代わりを求めていた。そして、幸いにも老木の前には、開けた空間がある。母なら、相手に申し分ない。彼女は「必要ないわ」と言いながら、申し出を承諾してくれた。訓練を積むべきなのは、お互い様かもしれなかった。
練習は、次の戦いを想定して行われる。
地下街でのような個人と個人の戦いというより、集団同士がやり合う構図に近い。そうなると、有効なのが、一時避難魔法のバノーソ・ギノシーだ。
攻撃を防ぐだけでなく、それを別の相手に飛ばす事で、一気に複数と対峙する事が出来る。お母さんの光の玉に、バノーソ・ギノシーをぶつけて、木の幹に方向転換させるのを繰り返した。(幹には目印の耐久マットを巻いた)
練習中に事故したらいけないし、他の自然を傷つけてもいけない。最初、母は手加減して杖を振っていた。それでも、久しぶりの私は、弱い光を脇の雑草にぶつける有様だった。
「相手に合わせたら、ダメ。自分の調べで魔法を打って」だらしない私を見かねて、母の指導が入る。確かに、力を入れて魔法を放つのではなく、綺麗に交そうとしている自分がいた。
反省を踏まえて、全力で杖を握る。強度が増した盾は、思い通りの方向に水色の光を導いた。
数をこなして、玉と盾がぶつかる角度を思い出していく。母も、光の玉の精度を上げる為に、私との距離を広げたり、右手の腕っぷしを強くした。
対象となった木は、白い煙を吐き、疲れを訴え始める。お役御免の頃合いだった。
母は、私の意を察してか、攻撃制止の合図を待たずに右手を下ろした。
が、視線はそのまま据え置かれている。母が見ているのは、私だけではない。何らかの気配を感じて、振り返った。
背後には、南淵左内がいた。彼が手をローブの中に入れたのを見逃さなかった。私専属の警護人のはずなのに、杖を隠すとは、何事か。彼は言葉を発する事なく、顔色ひとつ変える事なく、近づいてくる。
「攻撃だ」彼は、一言呟いた。
「えっ…?」
「戦場では、背後からの攻撃もある。がら空きは良くないな。本番ならここに、伏していたぞ」彼は地べたを指して言った。
「背中に何かしたのね?」
「玲禾、背中!派手な印がついてるわ」お母さんが後ろから答えた。片腕を上着から抜いて、背面を胴に沿って回すと、黒色の交差印があった。体育でマホージュの時に使っていたやつだ。安全が配慮され、体に傷はつかないが、心は自戒の念に襲われる。本番において、被弾は怪我以上を意味する。
彼は印に杖をあてる。修復作業中、私は、隣人宅からの回り道を見やった。
池と樹木の間に、板を並べた沿道が延びる。草がお辞儀して、水と陸の境界を隠している。私の知っている光景だ。何の変哲もない所に兵が潜んでいた。
ゲルより老木前の方が、来たる戦いにより近いとすれば、そういう所だろう。周りが開けていて、正々堂々攻めて来るとは限らない。広い視野を持って防御し、逆に敵の無防備なところを突いていかなければ、生き残れない。
あの時以来の、二人だけの空間だ。場所は、ハル君の部屋から私の部屋に移った。
「来てくれたんだ」
「うん。ちょっと心配だったから」
「もう整理はついたわ」
「違う、紗江先生の事じゃない。明日で一旦、お別れだろ?」
「お別れって大袈裟よ」
「ちゃんと確認したかったんだ」
「何それ。前回が前回だしって事?」前回は、私が魔法界に飛ばされる形でのお別れになってしまった。
「そう。もう急にいなくなるのはご免だから」
「私が悪いみたいに言わないでよね」
「もちろん。今回だって、似たようなもんさ。俺達には、どうにもできない」
「うん。そんな事ばっかだね」彼は黙って頷いた。一度下りた瞳は、再び私を捉える。
「大丈夫。今回は、すぐに会えるわ」たった一文字に思いを込める。
「私だけじゃないもの。正義軍のみんなが周りについてくれる」
「そうだね。軍だけじゃない。お母さんに、マリアやこのみちゃんもいる。爽香ちゃんだって」ハル君の言葉に合わせて、一人一人の顔が浮かんだ。
「そして、俺も…」ハル君は言葉を切った。
「離れてたって一緒よね」確認するように言った。
彼は見つめ合った後、キスではなく、ただ抱きしめてくれた。今度こそ、手を彼の背中に回す。優しく触っただけで、身体じゅうが指先と共鳴する。私達は心ひとつになった。
繋がりを信じられるから、前の晩は、いつも通りに過ごすことができた。
一旦のさよならを言う前に、最後の食事を迎えた。
朝昼兼用のかぼすうどんは、気が重い時でも箸が進むという意味では良いが、不安もある。
それは、かぼすが「凝った料理キャンペーン」の対象商品なのか微妙な位置にいる事だ。もしそうなら明日からの二人暮らしは先が思いやられる、と思った。
ずっと、些細な心配だけを抱えていられたらと願うけれど、そうとは限らない。何がきっかけで、戦いの幕が上がるか分からない。一家は、ミズミアとアーヤカスに分かれる。西に近いミズミアが戦渦に巻き込まれるかもしれない。アーヤカス軍が謁見組に無茶な要求を突きつけるかもしれない。お互いに何があってもおかしくはなかった。
腹ごしらえの後に、お母さんに杖練習の相手を申し込んだ。
体はすっかり怠けている。二校が閉鎖されてから、ゲル練の代わりを求めていた。そして、幸いにも老木の前には、開けた空間がある。母なら、相手に申し分ない。彼女は「必要ないわ」と言いながら、申し出を承諾してくれた。訓練を積むべきなのは、お互い様かもしれなかった。
練習は、次の戦いを想定して行われる。
地下街でのような個人と個人の戦いというより、集団同士がやり合う構図に近い。そうなると、有効なのが、一時避難魔法のバノーソ・ギノシーだ。
攻撃を防ぐだけでなく、それを別の相手に飛ばす事で、一気に複数と対峙する事が出来る。お母さんの光の玉に、バノーソ・ギノシーをぶつけて、木の幹に方向転換させるのを繰り返した。(幹には目印の耐久マットを巻いた)
練習中に事故したらいけないし、他の自然を傷つけてもいけない。最初、母は手加減して杖を振っていた。それでも、久しぶりの私は、弱い光を脇の雑草にぶつける有様だった。
「相手に合わせたら、ダメ。自分の調べで魔法を打って」だらしない私を見かねて、母の指導が入る。確かに、力を入れて魔法を放つのではなく、綺麗に交そうとしている自分がいた。
反省を踏まえて、全力で杖を握る。強度が増した盾は、思い通りの方向に水色の光を導いた。
数をこなして、玉と盾がぶつかる角度を思い出していく。母も、光の玉の精度を上げる為に、私との距離を広げたり、右手の腕っぷしを強くした。
対象となった木は、白い煙を吐き、疲れを訴え始める。お役御免の頃合いだった。
母は、私の意を察してか、攻撃制止の合図を待たずに右手を下ろした。
が、視線はそのまま据え置かれている。母が見ているのは、私だけではない。何らかの気配を感じて、振り返った。
背後には、南淵左内がいた。彼が手をローブの中に入れたのを見逃さなかった。私専属の警護人のはずなのに、杖を隠すとは、何事か。彼は言葉を発する事なく、顔色ひとつ変える事なく、近づいてくる。
「攻撃だ」彼は、一言呟いた。
「えっ…?」
「戦場では、背後からの攻撃もある。がら空きは良くないな。本番ならここに、伏していたぞ」彼は地べたを指して言った。
「背中に何かしたのね?」
「玲禾、背中!派手な印がついてるわ」お母さんが後ろから答えた。片腕を上着から抜いて、背面を胴に沿って回すと、黒色の交差印があった。体育でマホージュの時に使っていたやつだ。安全が配慮され、体に傷はつかないが、心は自戒の念に襲われる。本番において、被弾は怪我以上を意味する。
彼は印に杖をあてる。修復作業中、私は、隣人宅からの回り道を見やった。
池と樹木の間に、板を並べた沿道が延びる。草がお辞儀して、水と陸の境界を隠している。私の知っている光景だ。何の変哲もない所に兵が潜んでいた。
ゲルより老木前の方が、来たる戦いにより近いとすれば、そういう所だろう。周りが開けていて、正々堂々攻めて来るとは限らない。広い視野を持って防御し、逆に敵の無防備なところを突いていかなければ、生き残れない。
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