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東部連合編

お宮(宮殿)詣

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「私だけじゃない。身一つの者が集まったんだ。彼が同郷のを募っていてからね」
「身一つ?」
「ほら、戦争で南国経済が参っていたから、出稼ぎに出る者も少なくなかった。状況が良くないのは、どこも変わりないって声も大きかったけど、結果は俺たち二人が知ってるさ」
「いや、三人だね」左内が訂正する。
「玲禾も、役場で功を挙げ、知る人ぞ知る二校に通ってるんだから」
「そうだな、君もだ。有事の際だから、新しい生活様式が求められていた。異なる文化が入る余地ができたし、運が良い事に、俺たちと、迷い込んだ湖庵の相性が良かった。第二の故郷が高待遇で迎え入れてくれて、今がある」万丈目が誇らしげに語った。
「その金と実績を引っさげて、彩粕でも一山当てたらしい」
「一山とはいかないよ。まだ五合目くらい」
「何をなさっているんですか?」左内の方にも、視線を配りながら聞いた。初対面の人には率直に聞きづらい部分もある。
「同じ様な事を、彩粕でもやってるんだ。つまり、建築を」
「とんだジャーニーマンだ。房砂総、湖庵と来て、彩粕だ」
「双穴以降は、そこまで大きな仕事は出来ていない。いつかマホージュ競技場の改築なんかやってみたいんだ」
「専用の競技場?」
「もちろんさ。そっか、まだ知らない世代だから無理はないね。マホージュを見たことないという若い子が増えて残念だ。本当に、戦争が憎いね。私の作るコンコースが賑わうのはいつになるやら」
「意外に、遠くないかもしれない。私達はその為に来てる」
「じゃあ、本当なんだな。軍に謁見するって」万丈目の目を見て、自分が試されてるのを感じた。
「当たり前だろう。嘘をつく必要がない。まさに、今日これからだ」
「すごい時に会ったもんだな」
「人生って不思議なもんだ。東部の為に一肌脱ごうって時に、彩粕を南進してきた商人に会うんだから」
「俺がやましいみたいに言うじゃない。仕事には変わりないだろう」二人のやり取りは、息ぴったりで久しぶりとは思えなかった。十年ぶりという事は、私とマリア、このみのような関係か。私達三人の絆が二つの世界を超えたのと同じように、彼らも何かで繋がっているのかもしれない。何故か、点と点を結んだ突然の再会ではなく、手紙を交わしていたかのような継続的な何かを裏に感じ取っていた。

「今はこちらに住んでらっしゃるんですか?」
「そう、彩粕にいる。でも、八丁幌ではない。家は、彩粕北部にあって、商談でこっちに来た。だから、彼に変な見方をされてるんだ」彼は、左内を見やりながら、嘆いた。
「事実を言ってるだけだよ。手を広げ過ぎるのも危険だと言っておこう」
「ハッハ。ありがたい助言だ。次へ次へと前を向くのが、玄人の性分だからね。今の二人と同じさ」 
「行き先は雲泥の差だよ」
「いや、世界をより良くしたいという崇高な思いは変わらない」私は大袈裟な表現に思わず笑ったけど、本人はユーモアとともに真剣さもない交ぜにしてるようだった。「私のも巡り巡って、世の為、人の為だ。建築も、住処を移すのも慣れたもんだから、上手くやるさ」
「少なくとも、自信だけは大した物だ。羨ましいな」左内は、皮肉っぽく言った。私からしてみたら、彩粕に来てもいつも通りの左内も、充分堂々と自信げに見えた。両者とも、戦いを楽しみにしているようにも見える。玄人の野郎どもにはついて行けそうもない。

 万丈目と別れを告げた後、自室に向かう。二人に触発されて、私の心にもスイッチが入った。
 遥か先の危険を置いとくと、目の前にあるのは格調高い彩粕のお宮だ。ローブを着て、玄人界ならどこにいても恥ずかしくない私に変身する。身なりで第一印象を損ねてはもったいない。大部屋に戻ると、すでに六人の姿があった。案内人東田有葵以外は、同じ水色の花びらを胸に刻んでいる。

 一行は、万丈目のいないロビーを過ぎて外に出た。太陽の日差しは、自由時間が終わり、本番に向かっていく私達を照らし出す。
「本場のお陽さんは違うな。これぞ、グレート・ジャイアンツだ」井上が言った。偉大的巨人軍の紋章は、太陽を象っている。ローブに該当印を刻む東田さんだけが使命感から愛想笑いを返した。

 目的地までは徒歩だ。
 緑園を内包する石の広場を、昨日と反対方向に通り過ぎ、彩粕の旗を背にして石灰石の谷間を縫っていく。緩やかな坂道を登り、大通りに出た。

 気持ち背が高くなった建物と、倍に広がった道路(街路樹を挟む)が開放的な空間を作っている。
 道路と言っても、車ではなく、箒が通る。短い間に何人も空を通り過ぎた。箒が猛スピードでいれるのは、信号のない一方通行だからで、まるで空の高速道路といった様相だ。
 料金所の代わりに、街路樹上部についたバスケットの中に、正装のおじさんが座っている。軍に対する不届き者がいないか見張ってるのだろう。

 あっという間に小さくなる運転手の背中を追っていると、木々の途切れとその向こうにタイル張りの広場を見た。一歩一歩踏みしめながら、たかが話し合いだ、と自分自身を落ち着けた。東田さんの言ってた通り、彩粕勢は仲間なのだ。

「おー、噴水も変わってねえな」東田さんの後ろを行く、井上が言った。
 私も幹の間から馬鹿でかい噴水を見た。睦水の秘密基地上のを全部合わせたって、到底かないやしない。
 
 さらに、年季を感じさせる薄茶色の壁が、噴水の後ろに、居を構えている。二校のように天に突き出すのではなく、楯状火山のように大地に強く根を張り、太陽と青空を全身に受けている。

 お宮(宮殿)の門を正面に見て、大通りを渡る。
 空の道路の良い点は、歩行者が地下道や立体歩道橋を潜ることなく、横断できる所だ。あくまで、目印を示すだけだから、路面上はがらんとしている。左右の安全確認は蛇足だった。
「この門の上には、見えない巣が張られているの。空からの侵入はご法度よ」と東田さんは、職にふさわしい案内をしてくれた。口調は、私以外には言わずもがなと語っている。

 お宮上空には、やはり箒は見つからない。避けたり、壊したり出来ないから、壁は見えない方がより脅威なのかもしれない。
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