玲姫の転生理由。裏切り者は誰だ。

東部連合編

水無川

「詳しくも何も、イツクンの塔に行って、旗軍のトップを討つという、単純明解なものだ」
「簡単に言うけど、上手く行くとは思えません」
「だから、バレないように敵のアジトに忍び込む。そして、最後に一騎打ちだ」一騎打ち。目指すのは、役場決戦と同じ状況だ。場所が、地下から地上高い所に上がるだけかもしれない。
　そこをだけ考えると、胸に湧き上がるものがないではない。短い経験から、相手が誰であろうと、サシでならやり合えるという自信は持っていた。

「その精鋭部隊が、イツクンへ飛び込むんですか？」
「飛び込むって言ったって、昨日みたいにフラワープで行くわけじゃない。そんなことしたら、自ら敵に到着を知らしめるようなもんだ」左内が言った。私を見ていながら、心は西の彼方に向いている。「そもそも、向こうにフラワープの片方を置くのは無理さ」
「箒で行くんですね」
「そうなるだろうね。できるところまでは」
「そんな簡単に言うな。西方に行けば行くだけ、厄介事に巻き込まれる可能性も上がる」浄御原がくぎを刺した。彼の感覚の方が、正常にも思える。
「色眼鏡で西方を見過ぎだよ」延永将軍が言った。「イツクンまでは大丈夫でも、旗軍のアジトに入れば、どのみちだ。敵と丁寧に挨拶を交わすことになる」

「そうならないように頭を捻るのが、我々だろ」
「無茶を言うんでない。机上の空論になるのが、オチだ」
「言葉に気をつけなさい。ちょっと熱くなってるわ」庄司リーダーが浄御原に声をかける。怒るというより、唖然としていた。
「秘密任務は、経験や叡智に基づく作戦だ。先日の双穴役場の逆を行く」延永将軍は、私を見やって、言葉を切った。「軍や民が、例の女教師の代わりをする。敵をメマンベッツに引き付けた時、要の塔は空く。その上で、相手がコウモリで闇に紛れたように、私達が気付かれず忌々しい塔に近づいていくんだ」

「それが、さっき言ってた私に出来る事なんですか？魔法を掻い潜るって事が」

「そういうことだ」彼は頷いた。
「あなたは、きっと水無川のような存在なの」庄司美奈が言った。私が戸惑いを言葉にしそびれている間に、彼女は先に進む。「お父さんの魔法に始まり、お母さんの魔法で続いた素人界での日々が、地下に流れる川。両端には、命を受けた日々と、生まれ故郷との再会がある。空からは、二つの川が別々に延びているだけでも、本当は見えない線で繋がってるの。そして、降雨の後だけ中流が姿を現すように、緊急の時だけ魔法の力を宿すのよ」
「つまり、魔法を使ってない時の私が、地下を流れる水？」
「そうよ。外からは秘めた魔力がわからない。それが転じて、魔法を使ってる時や後だって、魔法の匂いが薄いの。だから旗軍の塔に近づいても、気付かれにくいわ」謁見の核心をつかれ、返す言葉を失った。本当に、私は一歩を踏み出すのかもしれない。

「悲観する必要はないさ」延永将軍が続ける。「行くとしても、何も一人じゃない。心強い仲間がついてる。ここにいる何人かも同伴するさ」
「スパイを倒した時はマリアがいたが、次は私たちだ」左内さんが付け加える。
「頼もしい一言をありがとう。"私"というのは、旅に立候補した、と受け取って良いのかな」延永将軍は、冗談を交えて言った。が、彼本人は至って真剣に頷いた。旅館のロビーで感じた通り、彼は戦いを恐れていない。むしろ、自分の実力を試す場と思っていそうだ。

「まぁ、メンバーも含めて、討伐軍に関して具体的な事は決まってない。これからだ」延永将軍が、場を仕切り直した。この段階で決まっているのは、浄御原が討伐軍に入らないという事くらいだろう。東部の防衛に集中すべきだとの主張を続けるけど、孤立無援が続いている。彼が入り口の六の字付近に座っていたとしたら、ハッカキャンディの椅子が再び途切れて、その間から番兵につまみ出されないとも限らなかった。