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東部連合編

心のこり

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 結局、石畳通りは、六人旅になる。マリアの弟はこのみの家に行きたがった(どのみち、一緒に行く以外の選択肢はなかった)し、左内や吉岡さんも老木方面に直行するので、ブランコ空き地まで一緒だった。

 マリアは、道中で、志筑と左内の人間関係について尋ねた。彼女にとったら、学校の先生と近所の人だ。私は、言葉が見つからずに、ドキリとしたが、志筑は違った。彼は「左内さんがメンテナンスの為に二校に来てたからな」とそれっぽく言ってのけた。

 二校御一行と陸人君だけになると、頭の中は行き先のことに切り替わる。このみのパパは見た事がないから、思い浮かんだのは悲しむこのみの姿だった。しばらく会ってなくとも、もちろん、彼女の記憶ははっきりしている。
   
 マリアは、訃報を変な所で区切るから、このみ自身にもしものことがあったら、とよぎってしまった。胸を締め付けられた痛みは、まだ覚えている。あの一瞬を思えば、彼女のもとに進めている今は、この上なく幸せでもあった。

 私も父の死を知った時、お母さんに気持ちを吐露して、落ち着く事ができた。このみも、そんな思いかもしれない。そして、家族には言いにくい事も一つや二つあるだろう。私達なら、心に寄り添って、救いになってあげられる。十年近くの間隔も、適度な距離をくれた、と良い方に考えられる。私やマリアにできなくて、誰がこのみの助けになれるだろうか。

 地上病院が見えないうちに石畳を左折し、さらに突き当たりのブルーベリー畑を左折した所がこのみの家だった。丸太でできた平屋は、足元を少し浮かして佇んでいる。高さを合わせる為の玄関デッキは、落ち着いた雰囲気にお洒落を加えていた。同じ木造でも、老木とは違い、玄関は一目瞭然だった。

 私とマリアで息を合わせて扉を叩くと、このみのお母さんが出てきた。場所が場所だけに、中年の女性が出迎えてくれたら、正体は明らかだった。どうやら、このみの体格はお父さん譲り、奥二重の目元はお母さん譲りのようだ。

 マリアがいるし、私も名が知れてるしで、こちらの自己紹介も必要なかった。彼女はこのみに会いに来てくれたお礼とともに、私を歓迎する言葉をくれる。こういう時世での再会になったのは残念だ、と嘆く姿は、とても様になっていた。旦那さんを亡くした悲しみは、努めても、隠しきれるものではない。

 まだ来るのが早かったと反省していると、壁からこのみではない女性が顔を覗かせた。彼女は、軽く会釈してから、廊下に出てくる。私達に背を向ける格好で、奥の部屋に入った。
「お姉ちゃんが、このみを呼びに行ったみたいね」とお母さんが半身になって言った。

 待っている間に、私達は、二人で来た訳ではないと気づかされる。陸人君が、知ってか知らずか、年相応の挨拶をして、彼女に癒しを与えた。若さや無邪気さは、時や場所を超えて働く、治療魔法の一種だ。

「このみ!」正面の扉が開いた。友は、遠くから眼差しをくれた。
 間の距離はあっという間に無くなっていく。
 家族の手前、いくつか思いついた言葉を飲み込んだ。適切な表現が見つからない。せめて気持ちだけでも、両手に込めて、彼女の体を包んだ。

「久しぶりだね、会えて嬉しい」このみから、言ってくれた。私とマリアが頷くと、彼女も少し笑う。
「私達はいつも一緒でしょ」
「うん。二人揃って来てくれるなんて、びっくり」
「私もよ」マリアが笑う。「玲禾に、さっき会ったばかりなの」
「よく言うよ。陸人君と川辺で遊びながら、私を待ち構えてたんだから」
「そっか、そっか」このみは、中立的な立場に立つ。
「仮にそうだとしても、仕方ないでしょ。しばらく手紙をよこさないんだもの」
「そうだよ。私も心配しちゃった。何やってたの?」
「まぁ、色々と」
「色々って何よ。そんな時でもないでしょ」マリアが言った。このみの家族がいる手前、避難してたなんて言いづらい。(もちろん、東部連合のことも言えない)
 マリアも、まずかった、と気付いたようで、だんまりになった。

「まぁ、元気そうで何より。周りのみんなも…大丈夫なの?」彼女は、自分の事より私達を心配してくれる。健気を装ったが、途中で声が震え、最後には涙声に変わった。彼女こそが、家族を亡くしてした本人だ。
 広い心にも抑えられない程の思いを溜め込んでいたのだろう。言葉と一緒に、無念や心残りがあふれ出ていた。
 お母さんはこのみの姿に目を潤ませ、お姉ちゃんも目のやり場を探していた。

「このみ、泣いてばかりじゃダメ。そんなんじゃ、パパも悲しむわ」お姉さんが声をかけた。
 お母さんはお母さんで、このみや私達に家に上がるように言った。

 志筑は、自分は外で待ってる旨を告げた。幼馴染とその家族だけにしようという彼なりの気遣いだろう。
 このみは「というか、なんで志筑先生がいるのよ」と愚痴をこぼしたからか、多少落ち着きを取り戻したようだった。
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