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東部連合編

高原

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 北の大地という大枠を果実が教えるのなら、その中での現在地を教えるものも存在する。忌々しい鳥だ。コウモリが群れをなして、上空を飛んで行く。私達は、北上の半ばで、旗軍の戦力補給路と交わった。彼らは、戦地メマンベッツへと向かっている。

 白昼堂々の飛行が意味するものがある。あのコウモリが温室由来であることは、現地視察から自明だ。重要なのは、飛んでいく方向だった。メマンベッツから飛んで来たのではなく、メマンベッツへ向けて飛んで行く。彼らは、西の世界で生まれた。つまり、温室はもう一つ存在する!

 敵は、思っているよりも多い。正義軍主流派の奮闘がなければ、私達の前途に道は生まれないのかもしれない。感謝の気持ちとともに、芽湖の協力を生かす為にも急がなければならないと思った。

 敵が見切れるまで、木陰に隠れて、その動向を追った。後発が私達先発に追いついてこないのは、同じ行動をとっているからだ。彼らは彼らで、自然の傘に隠れている。連合の最小化を維持して進んでいたのは、コウモリに見つからない為にも良かった。
 第一団が過ぎて、しばらくで、第二団が来た。こちらも山脈を通り過ぎていく。コウモリにも意識があるとすれば、彼らの意識はメマンベッツに向いている。
 一種の安堵が生まれたが、下手に動けるかというと話は別だ。もちろん、種としてのコウモリの知能は定かではないし、魔法がどう作用するかは尚更、未知数だ。下に意識が向けられる可能性も残っている。

 その後、第四師団までは見送れたが、第五師団は察知できなかった。空白ののち、そんなものは存在しないのだと知った。先発は、再出発を決めかねていたが、後発の姿に背中を押される形で進み出した。
 白昼のコウモリはいない。イツクンでの任務を考慮すると、のんびりする余裕はない。
 果実がくれた潤いに、適度な緊張感が加わり、体は好調だ。前倒しの影響で、正午の休憩が短くとも問題はなかった。

 空を見るついでに、さらなる果実を探すのは、都合が良すぎた。何も見つからず、昨日までの現実を、嫌でも思い出すことになった。あくまで、午前が運に恵まれたのだ。幸運が先頭に来たからと言って、それが続く訳ではない。偶然に慣れてはいけない。

 夕方になって、目の覚めるような風景に出会った。木々が途切れ、目の前が開けた。行き先が遠くまで見通せる。高原に出ていた。木が一面刈り取られ、苔のように這う雑草の上で、白や紫の数輪の花が揺れている。
 野原は西陽の熱や山の頂から吹き下ろす偏西風を溜め込んでいる。斜面を構成する小さな命達が、健気にそして逞しく見えた。

 ピクニックやお月見には最適だろうが、秘密任務のルートしては失格だ。婆娑羅や旗軍から、私達を守るものがない。よりによって、平和を知らぬコウモリ達が山々を通ったばかりだ。戦況次第では、北の山路で第五師団以降と再会しないとも限らない。進路を探そうにも、西はこざっぱりした芝が切り立った壁で途切れている。遥か東には、深緑の脈が波打っているが、それも、あくまで見渡す対象に過ぎない。魔法なしで回り込むのは、非現実的だ。
 後発が加わっても、解決策は見つからなかった。東田さんは、「折り返したり、迂回したからと言って、北に行ける保証はないわ」と言った。

 広大な空のどこにも、鳥の姿はない。

 道は二つに一つ。諸行無常の理を高原にも見出したならば、小走りで突っ切る決断は必然だった。
「しばらくして、問題が無ければ付いて来るように」と確認がなされる。鬱蒼とした森に背中を押され、私、左内、直美さんで一歩を踏み出した。
 木のない所は怖い。太陽に晒されるのは、まるで峡谷の吊り橋を渡るみたいだ。気味の悪い開放感が全身を覆い、頭には入山間際の戦闘が蘇る。歩いても歩いても、向こう岸の森が遠のいて行くように感じた。上空を敵が飛んでいないことを意識して、足を動かした。
 日陰に辿り着いても、実感が湧かなかった。気が立ったままで、本能が休まらない。

 吊り橋の袂に当たるとこに、二校地上校のような瓦礫風情の岩がある。せめて形だけでも、一息つこうと腰を下ろした。
 左内と直美さんは、達成感に満ちた顔を、対岸に向けている。陰日向の境にいる先輩の姿が眩しかった。
 私は自分を落ち着ける為か、次の瞬間、北の方を見ていた。進行方向の程近くに、目が留まった。

 森の玄関には、人の手が加えられている。その岩は、私が身を傾けているのと親戚だというふりをして、身に生活の跡を刻んでいた。傷は、太古の遺跡で見られそうな象形文字の類で、解読を受け付けていない。
 私の報告は、二人を石碑のように固めた。

 左内は、日向に戻って、罰印を両手で作った。私は彼の行動を理解し、同時に身の危険を感じた。胸騒ぎの根源は、吊り橋高原を越えて対岸の木々に遡る。

 後発組は、意図を汲みとったが、遅かった。婆娑羅が森林から隠れ出て、高原の真ん中で彼らを囲み始めていた。
 私達も、気がついたら、問い刺し網の魚だ。山の漁師、婆娑羅が寄って集る。高原の正体は、水揚げを待ち詫びる漁港だ。彼らは、攻め込みやすい広場に網を張り、待ち構えていたのだ。

 連合に、躊躇はない。小笠原さんが煙幕を一面に撒き、敵と私達の視界を悪くした。私は私で、防衛魔法を先発組の周りに張り巡らせた。
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