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東部連合編

捕虜

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 闇の塔での戦いと、まさに現在の山道に神経が注がなければいけない。私は山道を渡ったものだと油断して、先ばかり見ていた。イツクンまで行けなければ、元も子もないのだ。

 連合の誰かが囚われた時の口裏合わせや、再び逸れた時の対処法と、悪い方の想定も抜かりなく行われる。高原後の分裂を考慮すれば、それは現実的とも言えた。原則は、秘密任務の最優先だ。間違っても、連合の一員とは名乗らず、メマンベッツから逃げてきたという体で行く。東部連合について何も話さないのではなく、何も知らないのだ。例外はない。私も西軍の戦力補給を妨害しに来た。追加招集されたから、仲間はいない。手にするのは杖と命を守る権利だけで、身一つに等しい。捕虜になることは許容されたが、捕まった後の想定は躊躇われた。

 七角形の頂点を一つの円で繋ぐように、連合の皆を目に刻み込んだ。せめて、心のうちには、仲間を置いておきたかった。明日、明後日の今頃、同じ形を描ける保証はない。もちろん、私だって、抜け落ちる候補の一人だ。誰が救う側で、誰が救われる側かなんて分からない。確かなのは、命綱を握り合っていることだった。

 気持ちが底をつく中「捕虜生活は、長くて四五日だから安心して良い」と志筑が言った。連合の本体が塔を討てば、捕虜は解放されるという意味だった。
 捕まらないに越したことはないが、塔に近づけば近づくほど、囚われる時間は短くて済む。前に進むことに価値があると思えると、多少気が楽だった。我々の誰かが終止符を打つのが前提にあるが、その目的はどのみち達さなければいけない。東部連合の存在意義そのものだ。

 先を急ぐのではなく、まずは山脈をどう渡り切るかだ。白昼の山脈を思い出すと、そこには沢山の危険が詰まっていた。確かに、高所では婆娑羅の不安は軽減するものの、逆に北西に進むにつれて旗軍の襲来が始まらないとも限らない。危険が前半に固まり、後半は何も起こらないなんて都合の良い話に思えた。一つや二つの厄介事に巻き込まれるのは決定している。心の準備はないよりあった方が良い。

 大人達も同じ考えで、建設的な議論には、悪い時の対処も含まれる。想定では、再び逸れた場合が強調された。一つに固まったままでいると、身動きが取りづらい。さらに、三人、四人より七人で見つかる方が、根掘り葉掘りの対象になりやすい。やはり、二組に分かれるしかないが、どちらにせよ、リスクを伴うのだった。

 最終的には、尾根の北端で打ち合う事と、二組の組合せが決まった。どちらも、大勢の敵と向き合えるように、基本軸になるのは同じだ。直美さん、志筑、井上を片方に固めてはいけない。結局、直美さんと井上の軸に有葵さんと度会が、志筑軸に私と左内が加わることになった。

 例のごとく、少ない方の私達が先んじる。そうすることで、先発で何かあっても、後発が駆けつけられる。
「絶対合流するからな」井上が、出発直前のセリフを言った。「北端で、絶妙な天気を待っていて欲しい」
「元々雲が伸びていたら、どうする?」志筑は、曇り空を待ち望んでいるように尋ねた。
「やることは同じだ。度会さんや直美さんの貢献がなけりゃ、道は開かないからな」
「我々が焦っていると、雲から見放されちまう。東部連合は七人揃わなきゃな」井上の視線を受けて、度会の表情が緩んだ。彼らは太陽の痺れ魔法を言ってるのかと思いきや、そうではないらしい。期待しているのは、良い天気ではなく、あくまで絶妙な天気だ。
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