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東部連合編

一悶着

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 二人の身になって、現実に踏み込むと、違和感に気づいた。何の収穫に、そこまで時間かかるのだろうか。高い所の実や獲物を捕るにしても、光の玉を使えば、どちらも一発だ。となれば、迷子か、婆娑羅に襲われた線が色濃い。
 
 彼らは何かの危険に晒され、この瞬間も杖を抜いているのではないか。迷子の場合も考慮して、何人かはテントに残る案も一理あるが、そうではないという勘が働く。十日以上の旅で、私達の危機察知能力は、野生動物並みに研ぎ澄まされていた。
 マントを取り払い、渦巻きを吹き飛ばすと、簡易の部屋ともおさらばした。

 マントには、次の使い道がある。これ以上が有事に巻き込まれないように、本来の役割が求められる。仲間の救出にも、秘密任務を念頭に置かねばならない。
 
 中盤がマントの一つを持っていき、手元には二つしかなかった。そこで左内は、私と小笠原さんに譲り、見えにくくなった私に、自分について来るように言った。彼自身が捕まることなど微塵も想定していない。私の安全第一を体現したことで、彼が私の警備人であるという原点が思い起こされた。

 直美さんは、森林に化けると、志筑の下につく。度会は、手持ち無沙汰を解消するかのように、方位磁針を手に取った。まずは、連絡に、僅かな望みを賭けてみるようだ。
 
 敵に略奪されていた時に備えて、度会は私達四人から距離をとって、電源を入れた。反応が見て取れないのは、マントを透かしてるからではない。音沙汰のない皿が、そのままで最年長の手の上にある。こうしている今も、彼らは戦いの最中にいる。信号を受ける余裕すらない。応答の不在だけが、事態を示していた。

 度会は目で合図を送ると、先陣を切った。追い越される前に、志筑が走り出し、直美さんもついて行く。私もやるべき事を飲み込んだ。私の覚悟を待っていたかのように、左内は北東に身を傾け、無機質な地面に踏み出した。度会が三人目で、私達が尾っぽに合流する。
 事態は一刻を争う。時間的な猶予はない。高原から逃げる時以上の速さが出た。追われるのではなく、前に向かっているから気持ちも乗った。

 私の意識は、左内に付いていくことにある。どこかで真っ直ぐ進み続けると決めつけており、左内が端に避けた時、前に取り残されかけた。
 なぜ止まったのか理解が追いつかない。身を屈めながら、誰かが待ち受けていた現実だけを悟った。
 度会も横の木に隠れている。志筑と直美さんの姿は見当たらない。道なき道は、もぬけの殻で、風だけが吹き上げていた。木々の間を潜るように、音がした。足音と声だ。

 動きあるものは人影で、人影は仲間の幻になった。目を瞬かせた。間違いなく、二人だ。私は、マントから外に出していた杖を下ろした。
「志筑さんなんでしょ」呼びかけは、有葵さんだった。高原のように、婆沙羅に囲まれたわけではない。二重の安堵が心を満たした。

 直に返事がきた。枝葉が高いところに顔を出すならば、彼らは足を地につけて、青空がのぞく空間に現れた。一番に反応したのは、志筑と直美さんだ。北東方向の針葉樹の束に隠れていた。

「厄介なのがいて、一悶着あった」
「まだ、生きてるのか?」
「大丈夫。息の根を止めたわ」
「あぁ、そうだとも。あれは、婆沙羅じゃなかったな」井上が頷いたり、首を傾げたりで忙しくした。「俺らを南から襲ってきたから、あとをつけてきたのかもしれない」
「どこからですか?私たちが三つに分かれたあとかな」
「分からない。七人の時からつけて、少人数になるのを待ったのかも」
「いずれにせよ、早く逃げよう。奴には、連れがいるかもしれない」志筑の号令が、出発への合図になる。男が旗軍で、報告を済ましたり、仲間がいたとすれば、完全な秘密部隊はなくなる。敵は、山間部に、おぼろげな東部連合像を見るかもしれない。
 山脈を北に登るのは、長期的に見ても、連合の目的に沿っている。危機を乗り越えるだけにとどまらず、進んだら進んだ分だけ、自分達に返って来る。
 昼時の納涼は、逃げる為の布石に思えた。少なからず体力を回復していたからこそ、無理が効く。 敵が、旗軍でも婆娑羅でも何でも、私達にとって害である事に違いはない。とりあえずの追跡はないと言い切れる距離まで、突っ走った。
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