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東部連合編
一本道
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彼が解放した狂気やもどかしさは、彼自身の身を滅ぼした。こうすることでしか、終わりを迎えられなかったのかもしれない。
廃れた体躯は息を残していた。最期を迎えても、彼を疑わなければいけないのは悲しい。万が一の時も、反撃しにくいように、両手を胸の位置で交差させた。杖は彼の手から、すでに、抜け落ちていた。
彼の口元が宙で空回りする。何か言いたげだが、言葉は続かない。眼は、私の奥にある真実を見据えている。彼自身も、どうしたら良いか分からなかった。彼にとっては、これまで通りでいることも、新しい世界の頂点に君臨することも、悲劇だった。心の底では、私に倒されることを望んでいたのかもしれない。
私には、最期の一仕事が残っている。もう一人の左内に押される思いで、頂上への階段に向かった。
書斎机奥の階段には光が差していた。僅かな量でも、漆黒の空間に密閉されていた私に、大きな力をくれる。ようやく任務を果たせる、という達成感が胸一杯に広がった。
一本の幹は、西への旅や、芝政玲禾としての日々から延びている。私が生まれた意味を見出し、体じゅうで歩んできた倫を感じた。野には色とりどりの花が咲くように、私を支えてくれた皆の顔が思い浮かぶ。今、この世界の、そして自分自身の新しい扉を開け放とうとしている。
頂上にたどり着いた時、両親に約束を果たした、と報告した。東の空には、愛しのミズミアが、南の遥か遠くには、もう一つの故郷が広がっている。方角は分からないが、心がその在処を知っていた。
この大空を、母なる大地を邪悪な者に渡してはいけない。確固たる思いで、私は、台に歩を進めた。手綱を引き、最も高い旗を揺らす。旗は私に抵抗するかのように、はためくが、それも僅かの間で終わる。私のそばまで来ると、旗は自らの最後を悟り、風に吹かれるのを辞めた。そして柱の根元から離すと、屍のようにぐったりした。共に修羅場を潜り抜けて来た光操魔法を、麻地に放つ。火は、風に邪魔されるのを嫌ってか、焦るように四方に広がって行く。この目で一部始終を見届けた。確かに、旗軍の象徴は消えた。
全てから解放されて、頂上は一人舞台になった。青空に組み込まれた太陽が私を照らすかと思えば、風は私の背中を押し、山脈を見晴らす場所へと連れて行く。内なる世界は、大自然をも飲み込むと、生きる喜びが全身を駆け巡り、歓喜の唄が流れた。左内の裏切りが嫌な余韻を残していたが、この時ばかりは考えないようにした。
雲海は、薄まっている。雲の絨毯には、所々に穴が空いており、そこから山脈を垣間見ることができた。
雲から脊梁にかけて、壮大な静けさが漂っている。婆娑羅の騒がしさや陽子婆の営みは隠されたままだ。自分達がそこを通って来たのが、遥か昔に思われた。自分自身が山路にあったというのが嘘っぽく、作り事のように感じられた。
振り返ることで、東部連合は、本当の意味で秘密部隊になる。もはや、本人を含め、誰も、その存在には気づけない。
塔の周りに切り立つ壁は透明で、触れるくらいに近づかないと見れない。その不存在を肌で感じとれたのは、旗軍や青鷹軍に終止符を打ったのが私自身であるからに他ならなかった。
後続の仲間が、直感にお墨付きをくれる。彼らは、邪悪の川を渡り切り、変わらぬ姿で現れた。お互いの無事と共に壁が消えたことを確認した。
塔を司る者が消え、幕も運命を共にした。闇の軍員の心も解放されたはずだ。物質的にも、精神的にも世界は一つながりになった。私は今、イツクンの地で故郷と同じ空気を吸い込んでいる。
廃れた体躯は息を残していた。最期を迎えても、彼を疑わなければいけないのは悲しい。万が一の時も、反撃しにくいように、両手を胸の位置で交差させた。杖は彼の手から、すでに、抜け落ちていた。
彼の口元が宙で空回りする。何か言いたげだが、言葉は続かない。眼は、私の奥にある真実を見据えている。彼自身も、どうしたら良いか分からなかった。彼にとっては、これまで通りでいることも、新しい世界の頂点に君臨することも、悲劇だった。心の底では、私に倒されることを望んでいたのかもしれない。
私には、最期の一仕事が残っている。もう一人の左内に押される思いで、頂上への階段に向かった。
書斎机奥の階段には光が差していた。僅かな量でも、漆黒の空間に密閉されていた私に、大きな力をくれる。ようやく任務を果たせる、という達成感が胸一杯に広がった。
一本の幹は、西への旅や、芝政玲禾としての日々から延びている。私が生まれた意味を見出し、体じゅうで歩んできた倫を感じた。野には色とりどりの花が咲くように、私を支えてくれた皆の顔が思い浮かぶ。今、この世界の、そして自分自身の新しい扉を開け放とうとしている。
頂上にたどり着いた時、両親に約束を果たした、と報告した。東の空には、愛しのミズミアが、南の遥か遠くには、もう一つの故郷が広がっている。方角は分からないが、心がその在処を知っていた。
この大空を、母なる大地を邪悪な者に渡してはいけない。確固たる思いで、私は、台に歩を進めた。手綱を引き、最も高い旗を揺らす。旗は私に抵抗するかのように、はためくが、それも僅かの間で終わる。私のそばまで来ると、旗は自らの最後を悟り、風に吹かれるのを辞めた。そして柱の根元から離すと、屍のようにぐったりした。共に修羅場を潜り抜けて来た光操魔法を、麻地に放つ。火は、風に邪魔されるのを嫌ってか、焦るように四方に広がって行く。この目で一部始終を見届けた。確かに、旗軍の象徴は消えた。
全てから解放されて、頂上は一人舞台になった。青空に組み込まれた太陽が私を照らすかと思えば、風は私の背中を押し、山脈を見晴らす場所へと連れて行く。内なる世界は、大自然をも飲み込むと、生きる喜びが全身を駆け巡り、歓喜の唄が流れた。左内の裏切りが嫌な余韻を残していたが、この時ばかりは考えないようにした。
雲海は、薄まっている。雲の絨毯には、所々に穴が空いており、そこから山脈を垣間見ることができた。
雲から脊梁にかけて、壮大な静けさが漂っている。婆娑羅の騒がしさや陽子婆の営みは隠されたままだ。自分達がそこを通って来たのが、遥か昔に思われた。自分自身が山路にあったというのが嘘っぽく、作り事のように感じられた。
振り返ることで、東部連合は、本当の意味で秘密部隊になる。もはや、本人を含め、誰も、その存在には気づけない。
塔の周りに切り立つ壁は透明で、触れるくらいに近づかないと見れない。その不存在を肌で感じとれたのは、旗軍や青鷹軍に終止符を打ったのが私自身であるからに他ならなかった。
後続の仲間が、直感にお墨付きをくれる。彼らは、邪悪の川を渡り切り、変わらぬ姿で現れた。お互いの無事と共に壁が消えたことを確認した。
塔を司る者が消え、幕も運命を共にした。闇の軍員の心も解放されたはずだ。物質的にも、精神的にも世界は一つながりになった。私は今、イツクンの地で故郷と同じ空気を吸い込んでいる。
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