少女と魔物の物語

篠塚

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レインボードロップ-迷子少女と魔物の物語-

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 ある夜魔物は地面に溜まった雨水で喉を潤していた。
(この夏はなんて暑いんだ)
 魔物が額を拭ったその時、小さな声が魔物の耳に微かに届いた。
「ぐすっ、お願い食べないで、うぅ」
 魔物は声のした方をギロリと睨んだ。
 そこには小さな少女がいて、ぐずぐずと泣いていたので魔物は食ってやろうかと思ったがやめた。
 その少女がその昔魔物に名前を与えた少女に似ていたから。
 いや実際その少女とは似ても似つかない。だが正体不明の胸のざわつきを感じたことがなんだか腹立たしかった。
「ふんっ!」
 魔物はその場を後にしようとした。すると少女が、
「うわぁん、ままぁぱぱぁ」
 とさらに泣き喚き出したからたまったものではない。
 魔物はひとつため息を吐くと、少女をそっと肩に乗せて歩き出した。
 そうこれはただの暇潰し。この暑さに気が迷っただけ。

 暗闇の中歩き出した魔物は大きな木に話しかけた。
「おい! このチビどこにやればいいんだ」
 ぶっきらぼうに言う魔物に大木はゆっくり答えた。
「それならあの川を渡ればいい」
 程なくして川へたどり着いた魔物は大きく項垂れた。そこにあったはずの橋がなくなっていたからだ。おそらくさっきまでの激しい雷雨のせいだろう。
 肩の少女を見やると今にも泣き出しそうな目でこちらを見ている。
 その時朝日が辺りを照らし始めた。木々の隙間から眩い光が差し込んでくる。そして魔物と少女の目の前に虹の橋がかかった。
 しかし魔物は迷っていた。この今にも消えそうな虹の橋を自分は渡れるだろうか? 実は泳げないなんて言えたもんじゃない。
 うぅ、と唸る魔物に少女はそっとひげを引っ張った。
「前にママが言ってた。困ったら虹の橋を渡りなさいって」
 魔物は仕方なしとばかりにそっと虹の橋に足をかけた。ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。
 てっぺんにまで来ると一段と太陽の光が差し込み辺りをキラキラと水の粒が行き交う。
 その時、ふっと少女が水の粒となって消えた。
 別れも何もない、一瞬の出来事だった。
 魔物は呆気に取られた。
「なんだよそれ」
また一人残された魔物は今来た道を戻り森へと帰っていった。

 濃い青の空と太陽、そして虹のそばでは両親の元へ帰った雨の子がキラキラ笑っていた。
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