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プロローグ

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 満員電車に慣れたのは、この街にきて何年目だっただろう。
 
 夏の汗のにおいや、男性と肌がふれあう距離感は決して歓迎したくない。けれど諦めとともに、こういうもの、と割り切ってからは満員電車にも慣れてしまった。
 地元をはなれてこの街にきたばかりの頃は、電車に乗るたびに気分が悪くなったものだ。今ではまわりの人の迷惑にならない程度に、イヤホンからお気に入りの音楽をかけたり、スマホでSNSをチェックしたりする余裕はある。人間とは順応性の高いものだと、われながら感心してしまう。
 
 まだ都会の人の多さや無機質に思える人間関係に慣れなかった頃をおもいだした理由には、思い当たる点がある。まわりの乗客の邪魔にならないように鞄からスマホを取り出し、着信履歴を辿る。なんともいえないような感情の原因は、祖母からの着信だ。

「仕事はどうね?」
「今年の正月は帰れるん?」
「おじいちゃんも喜ぶけえ。顔見せてあげてね。」

 懐かしい地元のなまりで話す祖母からの電話に、半分うわのそらで答えながら。わたしは祖父のことを思い出していたのだろう。
 微笑む祖父の顔がピントグラスに反転して、もやもやした頭に浮かぶ。
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