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第1章 それはとても突然で。

第1話 【雪斗】俺は絶対認めない……!

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??「奈緒!何してるんだ、そんなこと俺がやるから……っ!」

休日の昼間、皿洗い中の俺の前で、あいつは叫んだ。

??「お、お兄ちゃん……大丈夫だよ別に。服干すだけだし。」

先程叫んでいた奴を「お兄ちゃん」と呼びため息をついた黒髪の少年は、床に置いていた洗濯物の入ったかごを再び持ち上げ庭まで運んだ。

??「奈緒!お兄ちゃんの言うことを……」

??「春、うるさい。」

あまりにうるさかったので止めた。

俺は、秋野 雪斗(あきの ゆきと)、高校3年生。
先程騒いでいた奴は、次男の秋野 春(あきの はる)、高校2年生。
そして外で洗濯物を干しているあの子は、秋野 奈緒(あきの なお)、高校1年生だ。

俺達は去年、両親を亡くした。

突然のことだった。
雨の日にたまたますることもなく三人でリビングで本を読みなから学校のことを話していた俺たちの元にきた一本の電話……

でてみると、その用件は俺を凍らせてしまった。

雪斗「え、なんて……」

??『君達のご両親が車に跳ねられて亡くなった。今は◯◯病院で……』

奈緒「兄さん?どうし……」

雪斗「春、奈緒、行こう!」

あのときのふたりのきょとんとしていた顔は未だに覚えている。
真実を知ったあとの絶望で溢れるあの表情も、忘れてない。



 




奈緒「……なんで。」

春「……大丈夫だよ、奈緒。」 

雪斗「大丈夫だよ、きっとやっていける。ふたりがいなくても、僕らがちゃんとやらないと。」

奈緒「…………。」

目のまわりをうさぎのように赤くして頬を濡らしていた奈緒。

奈緒「そう、だよねっ、ごめん、なさ……」

ぐじぐじと袖で目を擦ると、直ぐに、笑顔でそう言った。

春「……」

雪斗「春も、頑張ろうな。」

一瞬何かを見つめてぼーっとしている春が、遅れて返事をした。

春「あ、ああ、そうだね。 」








あれから、奈緒と春は段々とこの生活に慣れていき、今はそれが当たり前のように3人で暮らしている。
でも、たまに辛くなるのは、仕方の無いことだと思う。
奈緒「お兄ちゃん、そこにある服、着たやつ?」
春「いや、洗濯されているぞ、奈緒、大変なら手伝……」
奈緒「ごめん、もう終わった。」
春「…………」

この2人は仲がいい。それは、あの2人がいなくなってからではなく、元からだ。
春は独占力が強いので、奈緒が引こうがお構い無しで構っている。
時々奈緒がこちらに助けを求めてくることもある。
雪斗(今日は機嫌がいいな、春。)
今日はたまたま機嫌がいいから奈緒に断られても怒らなかった。いつもの春はもっと…………



奈緒「お、お兄ちゃ……何、して……」
春「お前に拒否権なんかないんだよ。」
奈緒「い、嫌だ!やめっ……」


……いや、やめておこう。とりあえず春は、弟好きのブラコンだということは確かだ。

雪斗「その好意、少しくらいは俺にだって……」
春「なんか言った?兄さん。」

雪斗「あ、いや。」
そう答えると、また前の皿を洗い始めた。


春「なあ奈緒。ちょっと聞きたいことがあるんだが。」
奈緒「何?お兄ちゃん。」

3時頃。おやつの手作りプリンを奈緒が美味しそうに頬ばりながら答えた。
春「奈緒って、彼女いる?」

雪斗「ブフッ」

突然の質問に何故か俺がむせる。

奈緒「いないよー?なんで?」
春「………良かった、なあ、奈緒、俺……」











“奈緒のことが好きなんだ。”





……え?
奈緒「……ん?僕も好きだけど………」
春「違くて、兄弟の好きじゃ、なくて………」
……は、いや…
ななななにを言ってるんだこいつは!!

雪斗「おい!俺はそんなの認めないぞ!!」
春「いや別に兄さんに認めてもらわなくても。」
奈緒「ふぁ…………」

意味が変わらずぽかんとする奈緒と、謎に勝ち誇った表情を見せる春、いや、こんなのおかしいだろ!?

春「付き合おうよ、いいでしょ?」
春は唖然とする奈緒の後ろに片手を当て、意地悪に微笑んだ。
奈緒「え…………」
流石の奈緒も驚いていた。当たり前だ、こんなの認められない……
だって男同士で、兄弟でだぞ……?

奈緒「ご、ごめん……時間が欲しい。」
春「ああ、いいぞ。いつまでも待つ。」
雪斗「な、奈緒……」

多分返事に迷ってるわけでは、ないと思う。
ここで断ってしまえば、春が怒ると、恐れたのだろう。
春が奈緒に怒る時、春は我を忘れてしまう。
口で罵倒するのではなく、気が済むまで殴る、軽くサイコパスだ。
ちなみにこの前も、こんなことがあった。
さっきみたいに洗濯物を手伝おうとした春が奈緒に断られて、機嫌が悪くなって奈緒を殴り始めた。
あの時は止めに入った俺も殴られて、大怪我を負った。
奈緒「痛い……いっ……あっ…や、やめっ……ごめん、なさい………許して……もう、許して………!」
春「黙れよ……俺を頼らない奈緒なんか奈緒じゃない、昔の奈緒を返せよ……!」

……あれから、奈緒の春への態度は明らかに変わったな。
いつもどうりに振舞っていながらも、春を恐れていた。

奈緒「……」
奈緒は「宿題やらなくちゃ」と部屋を出ていった。
雪斗「……」
春「部屋の片付けでもするか。」
続いて、春も部屋を出ていった。


雪斗「……ごめん、また、守ってあげられなかった。」
あの日、奈緒は頼ってくれたのに。
震える声で、助けを求めてたのに。
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