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檻のカラスは大空の夢を見るのか

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 夢を見た。誰もが振り返るような美貌と、誰にも劣ることのない才能で全ての物事を円滑に進めていく人間。そんな人間に生まれ変わる夢。
 そんな夢を見たせいか、今の人生に嫌気がさした。

 大学在学中は、中学生の頃から夢に見ていたデザイナーになるんだと目を輝かせていた。しかし、就職氷河期の煽りを受けてか、100社以上の企業からお祈りメールを貰った頃には自分そのものを否定されているようで心底鬱になった。
 それでも諦めることなく面接を受け続けたが、200社を超えた頃から何社の面接を落ちたか数えなくなった。
 そうして気がついた頃には既に卒業を迎えていた。周りの友達も苦戦はしていたようだったが、私のように卒業まで決まらないなんてことはなく、私は1人仕事が決まらず取り残されていた。
 その頃には自暴自棄になりもう何もかもがどうでも良くなり、手当たり次第に面接に行っていた。
 そんな末に就職できたのが今いる土木建築の会社だ。
 仕事は基本力仕事で、小さな会社だからか給料は決して良くない。ただ給料は低くても使うための休みも少ないためお金は貯まる一方だった。
 気がつけば既に5年が過ぎていた。

 昨日も朝が早いからと22時には寝ていたためか6時に起きるところを5時に目が覚めてしまった。携帯を見るとグループチャットで友人の1人が自分のデザインした服が商品になるからとみんなに宣伝していた。
 嫌になる。同じデザインの仕事を目指してた友人が自分の目指していた世界で輝いてる事。そしてそれを素直に喜べない自分に。
 頭がぐるぐるして二度寝をするような気分になれなかった。
 おめでとうと簡素なメッセージを送り朝の身支度を始める。
 鏡を中の自分を見つめながら今朝の夢がフラッシュバックした。
 今更優秀な人間に変わるなんて無理だ。それこそ生まれ変わらない限り。
 口をゆすいで水を吐き出す。毎朝自分の吐き出した水が流れていくのを見ると自分の中の大事な何かが出ていってしまうようなそんな気分になる。

 身支度を終えて家を出る。最寄り駅までは10分ほどで着いた。
 駅のホームで待っていると貨物列車通過の注意のアナウンスが響いてきた。
 生まれ変わったらなんて今朝から考えていたからか、今線路に飛び込めば違う人生を歩めるんじゃないかなんで馬鹿な考えが頭をよぎる。
 首を振って目を覚ます。朝が早かったからぼうっとしていただけだと言い聞かせてすぐにその考えを振り切る。

 貨物列車が過ぎてから程なくしていつもの電車がやってきた。
 乗り込み座席に座ると向かいの席の上の広告が目に入った。広告は動物園のものだった。広告によれば、珍しい鳥類の展示会を行っているそうだ。
 近くに動物園があることは知っていたが一度も行ったことはなかった。
 休みの日は疲れて動物園に行く気力も無いほど疲れて寝て過ごしていたからだ。
 このまま終点まで乗っていけば着く動物園。今度一度行ってみようと思った。

 「こんな事も出来ないのか」
 社長に怒られる。たいしたミスでも無いのに必要以上に怒られる。1番の若手というだけで。周りの人は誰も助けてくれたことはないし、フォローなんてする気がない奴らだ。
 「俺の若い頃はこんな事でミスをするような奴なんていなかったぞ」と、説教から昔の話をするまでがワンセットで付いてくるのがお決まりだ。
 「だいたいお前はな、そんなんだから起きてください」
 何を言ってるんだこいつは。
 「お客さんおきてください。終点ですよ」
 はっと目が覚めた。
 終点まで寝過ごしてしまったのだ。
 いつもより少し早くおきたってだけで寝過ごしてしまうなんてよほど疲れていたのだろうか。いつのまにか自分が今どれくらい疲れてるかなんて分からないほど感覚が麻痺していたのだろう。
 すみませんと車掌さんに謝ってから電車を降りる。
 遅刻は確定だ。どうしよう。クソみたいな会社ではあったが今まで遅刻も欠勤もした事がなかった。取り敢えず連絡をと思ったが、ふと手を止める。
 今から行っても理不尽に、必要以上に怒られる上にいびられて仕事なんてできやしない。
 以前事故の渋滞で遅刻してきた先輩が必要以上に怒られたのを見ているから、寝坊したなんて言った日にはどうなるか分からない。
 サボることに決めた。そう決めたら少し気分が軽くなった。
 サボると決めたはいいが、今まで仕事しかしてなかったせいか何をしたらいいかわからない。
 何をしようかと考えているとふと電車内の広告で、動物園で鳥類の展示会が行われているのを思い出した。
 私は動物園へと足を運んだ。

 道中携帯が鳴り止まなかったが、全て無視して携帯の電源を切った。
 
 動物園の中へ入ると広告の通りたくさんの鳥類が展示されていた。名前も知らない鳥や見たこともない色鮮やかな鳥がたくさん展示されていた。
 沢山の鳥が展示されている中目に止まったのはカラスはだった。
 普段から目にするカラスだがここまでじっくりと見る機会はなかったので珍しい展示だ。
 いつも見かけるカラスように鳴くこともなく、大人しく餌を食べていた。
 そんなカラスを見ていると、なんとなく私のようだと思った。
 食うに困らない程度だが、仕事の大変さに見合わない給料でこき使われる生活。このカラスも餌を食べることには困らないが、檻の中に閉じ込められて大空を飛ぶことはできない。
 そんなことをぼんやり考えていると、野生のカラスが一羽カラスを展示している檻の上に降りた。
 そのカラスは展示されているカラスに比べて細く、あまり食べられていないだろうことがわかった。ただそれを可哀想だとは思わなかった。むしろ羨ましいとさえ思った。なぜなら私は今朝のことを思い出してカラスに自分の境遇を重ねていたからだ。
 デザイナーとして少ない給料ながらも自分の好きなことをしている友人と、きつい肉体労働で好きだったものも無くなってただ生きているだけの自分。ただ私は檻の中に閉じ込められているわけではない。檻の扉はいつでも開いていた。用意された餌を失うのが怖くて出ていく勇気が出なかったのだ。
 外で自由に羽ばたくカラスを見て私も羽ばたく勇気が出たきがした。
 仕事を辞めて今からでもデザイナーを目指そう。
 大空へと飛んでいくカラスを見つめながら私は決心をして会社へと向かった。
 
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