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それはある朝のこと。
アマーリエが学園内の寮から歩いて学園へと向かっている途中に出会った出来事だ。
朝の爽やかな空気が学園を満たし、アマーリエは朝から清々しい気持ちで散策をしていた。
本日のアマーリエの装いも、完璧である。
アマーリエの髪はジルベールのようなプラチナブロンドではなく、輝くような金髪だ。
腰まで伸びた見事な金髪を波打たせ、顔には自身の美貌を引き立たせる化粧を施し、そうして少しヒールのある黒いパンプスで学園を闊歩する。
人に会えば「ごきげんよう、アマーリエ様」と誰もが言ってくるのだが、今は朝早すぎる時間帯ゆえに誰もいない。
気持ちのいい朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、ご機嫌に学園に向かっていたアマーリエの耳に、複数人の声が聞こえてきた。
その声はお世辞にも穏やかとは言えず、誰かをなじっているような雰囲気があった。
(揉め事かしら?)
事件であれば人を呼ばなくてはと、アマーリエは声がする方に足を向けた。
そうして早朝の校舎の影で目撃したのは……エリーと、エリーを囲む複数人の女生徒。
「エリー。貴女最近、調子に乗っているのではなくて?」
「そうよ。この間はキャロライン様が前を歩いているのに道を譲らなかったって聞いたわ」
「まあ! たかが男爵令嬢の癖に生意気ね!」
不穏な雰囲気に、アマーリエは眉を顰める。
どうやらこの女生徒たちはエリーのことが気に入らないようだ。
アマーリエは仲裁に入ろうと思ったが、その前にエリーの声が聞こえ思いとどまった。
「失礼ですが、皆様は何か勘違いをしていらっしゃるのでは? 私は『聖なる乙女』。私が道を譲らなくてはならないのは、王族の方々か教皇様のみ。あなたがたに道を譲る必要は、どこにもないかと」
よく言った、とアマーリエは心の中で拍手を送った。
あれほどまでに自分を卑下していたエリーがここまで言い返せるようになったなんて、ものすごい進歩だわ。
アマーリエは校舎の影に隠れ、そっとハンカチで涙を拭う。
しかし女生徒たちはこれに感動ではなく激昂してしまった。
「まああ、なんてことをおっしゃるの!」
「自分が特別だって、勘違いも甚だしいわ!」
真ん中に一人の生徒が立ち、周囲の者がエリーに心無い言葉をぶつける。アマーリエは真ん中の女生徒に見覚えがあった。
(あの方は、キャロライン・コルベール様……公爵家のご令嬢ね)
アマーリエの生家オーヴェルニュ家に勝らずとも劣らない、コルベール家も由緒正しき家柄だ。
オレンジの見事な巻き毛が美しいキャロライン嬢は、指にくるくると髪を巻き付けながら、非常に勿体ぶった口振りでエリーに話しかけた。
「ねえ、エリー様。貴女、どうもアマーリエ様に目をかけてもらっているという噂があるけれど」
「それが、何か?」
「あの女に取り入るのはおやめなさい」
「……は?」
「アマーリエ様なんて、所詮は家柄でジルベール様の婚約者の座に収まっただけの存在。いつも気取っていて、親しい方の一人もいないのは周知の事実。家格だけ高くてもあのように人望のない方が未来の王太子妃になるなどありえませんわ。……今、密かに殿下の婚約者が再考されているのですけれど、そこにあたくしの名前も入っているのですわ」
(……なんですって?)
想像だにしていなかった言葉を受け、アマーリエの動きが止まった。
婚約者の再考? そんな話は聞いていない。
アマーリエにとってジルベールは己の全てである。
ジルベールの横に並び立つのにふさわしい自分でいようと血の滲むような努力を重ねて、今の自分が出来上がったのだ。
今更、もし、婚約が破棄されたら……?
想像するだけで恐ろしい出来事に、アマーリエは膝から崩れ落ちそうになった。
校舎の壁に手をついて、なんとか立っているアマーリエの視線の先、爆弾発言を落としたキャロラインは髪を巻き付けて遊ばせるのをやめ、悠々とエリーに向かって指を突きつける。
「『聖なる乙女』エリー・ブライトン男爵令嬢。あのような女ではなく、あたくしの味方につくことをおすすめいたしますわよ。そうすれば輝かしい未来が約束されますわ」
アマーリエは知らず、ごくりと喉を鳴らした。
エリーは銀色の瞳できっとキャロラインを睨みつけると、言い放つ。
「貴女にアマーリエ様の何がわかるの」
「……何ですって?」
「アマーリエ様は、素晴らしいお方だわ。私みたいな落ちこぼれに優しく手を差し伸べてくれ、私が一人前になるための手助けをしてくれた。貴女たちみたいに、私を罵倒するだけの人と違ってね! 誰が貴女なんかの味方になるものですか。未来の王太子妃にふさわしいのは、アマーリエ様しかいないわ!」
そうしてエリーは言うだけ言うと、呆然とするキャロライン率いる女生徒たちに構わずに踵を返して校舎の中へと入って行った。
アマーリエは、感動した。
あのおどおどしていたエリーがここまでキッパリと言い返せるなんて。
(エリー様、ありがとう……)
勇気をもらったアマーリエは胸の前で手を組むと、自分自身を奮い立たせるように言い聞かせる。
(そうよ。わたくしは今まで、ずっと努力してきた。婚約破棄なんてされるはずがないわ)
アマーリエが学園内の寮から歩いて学園へと向かっている途中に出会った出来事だ。
朝の爽やかな空気が学園を満たし、アマーリエは朝から清々しい気持ちで散策をしていた。
本日のアマーリエの装いも、完璧である。
アマーリエの髪はジルベールのようなプラチナブロンドではなく、輝くような金髪だ。
腰まで伸びた見事な金髪を波打たせ、顔には自身の美貌を引き立たせる化粧を施し、そうして少しヒールのある黒いパンプスで学園を闊歩する。
人に会えば「ごきげんよう、アマーリエ様」と誰もが言ってくるのだが、今は朝早すぎる時間帯ゆえに誰もいない。
気持ちのいい朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、ご機嫌に学園に向かっていたアマーリエの耳に、複数人の声が聞こえてきた。
その声はお世辞にも穏やかとは言えず、誰かをなじっているような雰囲気があった。
(揉め事かしら?)
事件であれば人を呼ばなくてはと、アマーリエは声がする方に足を向けた。
そうして早朝の校舎の影で目撃したのは……エリーと、エリーを囲む複数人の女生徒。
「エリー。貴女最近、調子に乗っているのではなくて?」
「そうよ。この間はキャロライン様が前を歩いているのに道を譲らなかったって聞いたわ」
「まあ! たかが男爵令嬢の癖に生意気ね!」
不穏な雰囲気に、アマーリエは眉を顰める。
どうやらこの女生徒たちはエリーのことが気に入らないようだ。
アマーリエは仲裁に入ろうと思ったが、その前にエリーの声が聞こえ思いとどまった。
「失礼ですが、皆様は何か勘違いをしていらっしゃるのでは? 私は『聖なる乙女』。私が道を譲らなくてはならないのは、王族の方々か教皇様のみ。あなたがたに道を譲る必要は、どこにもないかと」
よく言った、とアマーリエは心の中で拍手を送った。
あれほどまでに自分を卑下していたエリーがここまで言い返せるようになったなんて、ものすごい進歩だわ。
アマーリエは校舎の影に隠れ、そっとハンカチで涙を拭う。
しかし女生徒たちはこれに感動ではなく激昂してしまった。
「まああ、なんてことをおっしゃるの!」
「自分が特別だって、勘違いも甚だしいわ!」
真ん中に一人の生徒が立ち、周囲の者がエリーに心無い言葉をぶつける。アマーリエは真ん中の女生徒に見覚えがあった。
(あの方は、キャロライン・コルベール様……公爵家のご令嬢ね)
アマーリエの生家オーヴェルニュ家に勝らずとも劣らない、コルベール家も由緒正しき家柄だ。
オレンジの見事な巻き毛が美しいキャロライン嬢は、指にくるくると髪を巻き付けながら、非常に勿体ぶった口振りでエリーに話しかけた。
「ねえ、エリー様。貴女、どうもアマーリエ様に目をかけてもらっているという噂があるけれど」
「それが、何か?」
「あの女に取り入るのはおやめなさい」
「……は?」
「アマーリエ様なんて、所詮は家柄でジルベール様の婚約者の座に収まっただけの存在。いつも気取っていて、親しい方の一人もいないのは周知の事実。家格だけ高くてもあのように人望のない方が未来の王太子妃になるなどありえませんわ。……今、密かに殿下の婚約者が再考されているのですけれど、そこにあたくしの名前も入っているのですわ」
(……なんですって?)
想像だにしていなかった言葉を受け、アマーリエの動きが止まった。
婚約者の再考? そんな話は聞いていない。
アマーリエにとってジルベールは己の全てである。
ジルベールの横に並び立つのにふさわしい自分でいようと血の滲むような努力を重ねて、今の自分が出来上がったのだ。
今更、もし、婚約が破棄されたら……?
想像するだけで恐ろしい出来事に、アマーリエは膝から崩れ落ちそうになった。
校舎の壁に手をついて、なんとか立っているアマーリエの視線の先、爆弾発言を落としたキャロラインは髪を巻き付けて遊ばせるのをやめ、悠々とエリーに向かって指を突きつける。
「『聖なる乙女』エリー・ブライトン男爵令嬢。あのような女ではなく、あたくしの味方につくことをおすすめいたしますわよ。そうすれば輝かしい未来が約束されますわ」
アマーリエは知らず、ごくりと喉を鳴らした。
エリーは銀色の瞳できっとキャロラインを睨みつけると、言い放つ。
「貴女にアマーリエ様の何がわかるの」
「……何ですって?」
「アマーリエ様は、素晴らしいお方だわ。私みたいな落ちこぼれに優しく手を差し伸べてくれ、私が一人前になるための手助けをしてくれた。貴女たちみたいに、私を罵倒するだけの人と違ってね! 誰が貴女なんかの味方になるものですか。未来の王太子妃にふさわしいのは、アマーリエ様しかいないわ!」
そうしてエリーは言うだけ言うと、呆然とするキャロライン率いる女生徒たちに構わずに踵を返して校舎の中へと入って行った。
アマーリエは、感動した。
あのおどおどしていたエリーがここまでキッパリと言い返せるなんて。
(エリー様、ありがとう……)
勇気をもらったアマーリエは胸の前で手を組むと、自分自身を奮い立たせるように言い聞かせる。
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