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 廊下を一人歩きながら、なんてことなの、とキャロラインは奥歯をぎりりと噛み締める。
 エリーを貶めようと感情に揺さぶりをかけて魔力暴走するように仕向けたというのに、結果は真逆。
 土壇場で「聖なる乙女」の力を覚醒させたエリーは、自分自身でつけた生徒たちへの傷を治すという離れ業をやってのけた。
 これでは、エリーの力を見せつけてしまっただけではないか。

「いいえ、落ち着くのよ、キャロライン」

 自分自身に言い聞かせるようにしてキャロラインは呟いた。
 貴族諸侯の子供に怪我を負わせるというのは、罪深き所業。いくら聖なる乙女であり、治してみせたとはいえ、心に刻まれた恐怖や痛みというのは拭い去ることはできない。
 であれば、エリーの追放は必至ではなくて? 
 少なくとも無傷で済まされることはないわ。

「そうよ……そうだわ」

 キャロラインはニンマリと笑う。
 起こってしまった出来事は変えられない。あの場には大勢の人がおり、エリーの醜態は公衆の面前で晒された。いくらなんでも言い逃れは、不可能。
 場を諫めたアマーリエの評価は上がるかもしれないが、この際それには目を瞑るとしよう。

「キャロライン様」

 思考にふけるキャロラインの背後から、凛とした声がした。
 振り向くと立っていたのは、キャロラインの恋敵ーーアマーリエ・オーヴェルニュ。
 キャロラインは咄嗟に笑顔を浮かべると、さっとお辞儀をした。

「これはこれは、アマーリエ様、ごきげんよう。どうかいたしましたの?」
「先ほどの授業で……エリー様が魔力暴走を起こす前、何かお話をされていませんでしたか」
「ええ、魔力放出のコツについて少々、指南しておりました」
「……本当に?」
「まあ、あたくしを何か疑っておいでですの?」

 キャロラインは眉根を寄せ、悲しげな表情を作って見せる。

「誤解ですわ。あたくしは本当に、エリー様のためを思って助言をしていただけです。まさかアマーリエ様が、憶測で人を責めるような方だとは思ってもおりませんでした」
「わたくしはまだ、何も……」
「いいえ。アマーリエ様の目が全てを物語っております。エリー様が魔力暴走したのはあたくしが何かを吹き込んだせいだって!」

 キャロラインが大袈裟に喚くと、一体何事かと他の生徒たちの視線が集まってくるのを感じる。
 アマーリエは左右に視線を走らせると、「失礼いたしましたわ」と言い、逃げるように去って行った。
 ざまぁみなさい、とほくそ笑む。
 アマーリエ如き、敵ではないわ。
 ここから殿下の婚約者の座を射止めるための算段をしなくてはね、とキャロラインは寮に戻ったら今日の出来事をしたためた手紙を実家に送ろうと考えた。
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