異世界転移と同時に赤ん坊を産んだ俺の話

宮野愛理

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チビの正体と自分の役割

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 男でも針仕事の得意な人間はいるから一概には言えないが、確実に俺の太い指は小さな針仕事に向いていない。
 幸いなことに老眼はまだ始まっていないが、細い糸を摘むところからして無理がある。
 それなのに女性陣には「見るんじゃない、感じろ」と言われてしまった。

 確かに、刺繍の腕前ナンバーワンのロザ婆さんは殆ど手元を見ていない。シンプルな蔦模様なら、周りの人間に刺繍を教えながら見ずに縫い進めている。
 だがあれは何十年と縫い続けたベテランの技だと思う。
 そう思ったのがわかったのか、ロザ婆さんには「無理と思ったら無理だかんね。チビの為にも励みんさい」と、どこかのコーチのようなことを言われた。……チビの為と言われたら励むしかない。


 頑張って頑張って、毎日ちょっとずつ縫い続けて、夏の三ノ月さんのつきの三日目に、チビのパンツが出来上がった。

 その間に古い布を使った成人用パンツが三枚、子供用パンツが二枚。ところどころに血が付いた、呪われたようなパンツだが……ひとまずパンツとして使える物は作れた。
 さて本番だと準備した布は、向こうの真っ白な布とは違う黄色っぽい布だ。それでも血のシミは目立つから、なんとかシミのないパンツが用意出来て良かった。

「明日で五歳。……早いもんだなぁ」
「オンラーシさんがこの村に来たのも同じ日なんですよね?」
「そうだな、あっという間だったよ……――つか、手伝わせてすまん。お客さんなのに」
「お気になさらず。急なことでご迷惑をお掛けしているのはこちらですから――私たちが来なければ、オンラーシさんも気楽だったと思うのですが……」
「シギが誘ったんだろ? こっちは食材を出してもらってるし、文句はない」

 何故かチビの誕生日前日に、シギとレオニダス、デーメルの三人が夕飯を食べに来ている。
 シギ曰く「前祝い」だそうで、当日の夜は家族と過ごすのが一般的らしい。

「シギさんも、自分だけでは公平ではないと思われたのでしょうね。律儀な方です」

 単にチビからの当たり先を増やしたかっただけだと思うが……まぁそのあたりは突っ込まない。藪蛇になっても困る。
 俺は差し入れて貰った腸詰め肉で十分だ。

「――オンラ、まだ時間掛かるか?」

「もう終わる。シギ、お前は自分も料理しようとか思わないのか?」
「え? だから、ほら。これ作ったし」
「キュウリと味噌は料理じゃねぇよ! しかも切ってねぇし!!」
「丸ごとのが食いごたえあるだろ。チビにゃ不評だけどさ」

 俺とデーメルが土間で料理を作っている間、食う専門のシギとレオニダスはチビの子守をしていた。
 それもチビからしたら嫌々だったのだろう。
 眉間にシワを寄せて、丸ごとのキュウリをゴリゴリと食べている。口が小さいから豪快さはないが、恐ろしく器用な食べ方だ。

「チビ、それで腹がいっぱいになるからもう止めとけ。残りは俺が食うから、ほら……あーん」
「……」
「ん、ありがとな。――ってレオニダス、何してんだ?」
「……私もオンラさんに〝あーん〟ってしたい」
「酔ってるのか?…もうこれ、誕生日とか関係ないただの酒盛りだろう」

 チビの食いかけキュウリを口に入れたところで、レオニダスが寝転がりながらそう言った。
 別に〝あーん〟くらいどうとも思わないが、見た目だけは王子様なレオニダスとオッサンのツーショットなんて視覚の暴力だと思う。

「なぁ、オンラ。ちょっと聞いたんだけどよ」
「んー?」
「縫い物してたって本当か?」
「……あぁ。明日のチビへのプレゼントを、な。――別に隠してる訳じゃないけど、本人チビの前で聞くんじゃねぇよ」
「あ、うん。すまん。……じゃなくて! それ、大人の分も作ったって聞いたんだけど」
「試作品つーか、練習でな」
「くれ!!」

 縫い目の粗いパンツ、そんなに欲しいか――と思うが、それだけが理由じゃないから渡す訳にはいかない。

「俺用なんだから誰がやるか。あ、代わりのをくれてもやらないからな」


 男で裁縫が苦手ならばパンツは買う物である。
 ただし、母親なり嫁さんなりがいれば、手縫いで作ってくれる。

 それが転じて、下着のプレゼントは「家族になりませんか?」の合図なんだそうだ。
 勿論、その意味がちゃんと機能するのは独身の二人で、どちらかが恋愛のシグナルを発している場合―――つまり、俺を好きだと言ったこの二人に俺から渡せばカップル成立になる。

 知らないと思うから一応言っておく、そう言って教えてくれたマリッサに感謝だ。シギのこの言い方だと、絶対にそのつもりだった。
 隣に座るレオニダスも心なしか目を輝かせていたし。

 そんな裏の意味がなければ、パンツくらいプレゼントしても良いんだけどな。
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