世界はもう一度君の為に

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第十話:人でありたい

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「…女郎蜘蛛も判断を誤ったのではないですか?女郎蜘蛛と貴方なら――間違いなく貴方の方が弱い」
 無刀は一度鞘にしまった日本刀に手をかけながら言う。
 …殺気。こいつから出ている殺気は常人の比ではない。これで相手を威圧する、それは剣の世界ではとても有効なことだろう。
 でも――
「…こちとら、狂いに狂った化け物見た後なんだよ」
 こいつの殺気など、女郎蜘蛛の比ではない。
「面倒くさい、一瞬で終わらせる」
「こっちのセリフだ腹黒風紀野郎」
 
 千鬼はあたしを睨んで――いや、見えないから、虚空を睨んでいる。
 そこにあたしがいると思ってるんだろう。当たってるけどね。
「…こいよ、お望み通り戦ってやる」
「………君なら簡単かな」
 あたしは短刀を構えた。この人はきっと、兄より断然弱い。
「余裕」
 前傾姿勢で走り出す。


「ぐぅっ……」
 この攻撃っ……結構やべえぞ!
 攻撃範囲が広い。威力もたっけえ。おまけに、どこに来るかがわかりにくいため、避けるのに大ぶりな動作が必要となる。
 …いつだ、いつ行ける……?
 くっそ、まだ俺は無刀の間合いにも入れてない。
 剣撃も、衝撃波なるものにも気を使わないといけねえ。剣撃はまだしも、衝撃波に当たったら即戦闘不能…運が悪けりゃ死だ。
「しぶといですね……女郎蜘蛛とかいう化け物に見初められただけあるのでしょうか」
 …一つ、一つだけ俺が有利な部分がある。
 それは、無刀の油断。
 俺のような無能力者には、大した戦闘能力はないと踏んでいるようだ。
 ……それは正しい。正しいかもしれないけど…
 俺は無刀の衝撃波をよけ、その動作の反動を利用してようやく間合いに入った。
 俺のバットと無刀の日本刀が交錯する。
「剣の世界において、油断は一番の大敵だぜ?」
「…ご忠告どうも」
 もう少し。
 もう少しだ。
 いつ来るか――
「その言葉、そのまま貴方にお返しします」
 そう言うと、無刀は俺のバットを受けた刀とはちがう方の刀を振った。
 俺に向かってではない。何もいないところに刀を振った。
 ――くる!
 俺は少し退いた。一歩二歩だけ。
 ……目の前に、渦を巻いた激しい風が吹き荒れる。
 退くしかない。ここで突っ込むのはとんでもない自殺行為。
 、の話だが。
 俺はバットを前に掲げる。そして、衝撃波に向かって――
 それを、振り抜く。
『――異能力そのものを斬る――』
 バットが、いや、刃が、勢いを増した風にまともにぶち当たった。
 本当ならばバットは粉々に、砕け散るはずだった。
 が。
「――――っ!」
 風が。衝撃波が。通常斬れるはずもないものが――
 真ん中から、スパンと。
 
「なっ……」
 無刀が一瞬怯む。その数瞬を見逃さない。堂々と正面をきって俺は無刀に突っ込んでいく。
 だが無刀も手練れだ。実際こいつ、すでに動揺を沈め俺に応戦しようとしている。
 俺は一度無刀の日本刀をバットではね飛ばしてから攻撃体制に入った。
 ほんの数秒稼げれば十分だった。
 バットが無刀の首もとに吸い付くように振り抜かれる。
 そして――
 首を斬る直前で止まった。
 …無刀は忌々しそうに俺を見ている。が、反撃はしてこない。流石にわかっているのだろう、今動くのは得策ではないと。
「…知っていることを話してもらう」
 震える声帯を何とかおさえて、俺は無刀に言い放つ。
 …数秒の沈黙。
 その瞬間。
 ――すごい音がした。
「――――!?」
 …女郎蜘蛛か?
 気になる、が、今無刀から目を離すのは危険だ。そう思って振り返らずにいると…先に無刀が叫んだ。
「――っ千鬼!」
「なっ」
 無刀が切羽詰まった声をあげた。先ほどまでの命の取り合いでも、そんな焦ったような声は一度もあげなかったというのに。
 その声に不安と恐怖を感じた俺は、無刀に構わず後ろを振り返る。
「―――ッ!」
 女郎蜘蛛が、千鬼の首を掴んで地面に叩きつけていた。
 …アスファルトにヒビが入っている。
 …嘘だろ、さっきの音はこれだったのか!?あんな衝撃音じゃ、死んでてもおかしくない。
「…小賢しいね、直前で後頭部は守ったか。とったと思ったんだけど、仕方ない、止めが必要みたいだね」
 女郎蜘蛛はそう言うと、ピッと素早く短刀を抜き取って、頭の上に振り上げた状態で狙いを定めた。
「千鬼、避けッ――」
 無刀が叫ぶ。だが無理だ、千鬼はさっきの衝撃で気絶している。無理もない、さっきの攻撃で死ななかっただけ運が良い。
 無刀が動こうとした。が、動けばこのバットが自分の首を容赦なく切断しにかかると思ったのだろう、無刀はぎしっと体を強ばらせた。
「ばいばい、君のお兄さんから話は聞かせてもらうから」
 短刀が、千鬼の頭めがけて振り下ろされ――

「…どうして」

 血が滴り落ちた。
 アスファルトに点々と赤い染みが出来ていく。
 ただ、その血は――
 紛れもない俺の血だった。
 …何とか間に合ったか。
 女郎蜘蛛が千鬼を斬る前に、俺は無刀もバットも投げ捨てて自慢の俊足で千鬼を庇ったのだ。
「…なんでその人庇ったの。さっき真里のこと、殺そうとしたんだよ」
「…だったらなんだよ」
「…甘い」
 女郎蜘蛛はあの時の顔をした。どこまでも深い闇をもった瞳だ。
「甘いよ、真里。これからあたし達、世界壊すんだよ?それには大量の犠牲が伴う。たくさんの人を殺さなくちゃいけないの……ねえ真里、自覚持って。世界を壊す兇悪犯なんて言葉じゃ言い表せないぐらいの悪人になる、自覚持って」
 …女郎蜘蛛の言うことは至極真っ当だ。
 俺が甘いのも事実。
 でも――
 俺は血が滴る腕を庇いながら、だがそれ以上に千鬼を庇いながら言った。
「…なあ女郎蜘蛛、俺は一応覚悟はしてるつもりだ。何人もの人間を葬り去る覚悟はな。でも、それはせめて必要な殺しであったと思いたい。……俺の言ってることがわかるか?」
「わかんないよ。これは必要な殺しじゃないの?」
 女郎蜘蛛は純粋に、何の悪意もなく質問をぶつけてきた。
 それが妙に怖く感じた。
「…俺は、最低限の人しか殺したくない。たとえ両手を血で染めることが決まっていたとしても、俺はギリギリまで人間でありたいんだよ」
 …正直に、まっすぐ想いを伝えたつもりだった。化け物相手に人間でありたいなんて、失礼かもしれないと思ったが、少なくともこれが今の俺の気持ちだ。
「……そう」
 意外にも、女郎蜘蛛はあっさりしていた。思わず拍子抜けしてしまう。
「わかったよ、言うとおりにする。この人は殺さない。そうと決まれば、兄の方に話を聞いちゃおう」
「……いいのかよ、そんなあっさり…」

 そう言って女郎蜘蛛は無刀の方にスタスタと歩きだす。
「っ!」
 無刀が日本刀を構えた。女郎蜘蛛の気配を察知したのだろう。
「…いや……殺意が、ない?」
「へえ、わかるんだ。中々優秀だね」
 女郎蜘蛛は、先程とは真逆の純粋な少女の目をして俺の方を振り返る。
「じゃあ真里!事情聴取よろしく!」
 …さっきまで殺し合った相手と仲良くお喋りとか…俺無理なんだけど……

    *   *   *

「ありがとうございました」
 無刀の口から開口一番に出た言葉は、意外にも感謝の言葉だった。
「ふぁ?」
「…千鬼を…弟を助けてくれてありがとうございます。私にとって唯一の肉親ですから…なのに私は何もしてあげられなかった。その腕の怪我も…」
 無刀の顔が曇る。…なんだよ、いい兄貴じゃん。
「いや、気にすんなよ…こっちこそ、うちの女郎蜘蛛が悪かったな。無刀にも千鬼にも怪我させちまって」
 俺達は人気のない体育館裏で話をしていた。
 一応全員が流血しているし、普通に傷害事件だからばれたら厄介だ。
「あのー、女郎蜘蛛さん?いくらなんでも無刀の首筋に短刀ぴったり当てるのやめてくれない?ハラハラして話に集中できない」
「だって、いつこいつが反逆を起こすか……」
「ああ、さっきから首筋がぞわぞわするのはそういう理由でしたが。よくないですね」
「ねえやめて?無刀は女郎蜘蛛がいそうなところに日本刀ぶんぶんすんのやめて?」
 なんなんだこの人達。勘弁してくれ。
 …とりあえず腕の止血処理は終わった。本題に入らなくては。
「……俺の殺処分命令が下された。…これはどういうことだ」
 俺は生徒会に喧嘩を売った覚えはない。
 そもそも女郎蜘蛛の存在がばれているとは一体…?
「…聞いたままの意味です。貴方は今回の生徒会会議で、殺処分が決定された。だから私達に依頼が来た。――それだけです」
 無刀はぼそりと呟いた。
「……ただ、この貴方への殺処分案を一番最初に出したのが生徒会長らしいです。なんでも少し以上と思えるほどの熱量で貴方を殺すことを提案していたそうですよ」
 …淡々とした口調だ。
 俺への同情などまるでありゃしねえ。まあ憐れまれたところで困るだけだかよ。
 これが、風紀委員か。
「それからもう一つ言えることがあります」
 無刀は鋭い視線で俺を射貫きながら言った。
「私達風紀委員は、貴方の処分に失敗しました。そうなると次は生徒会が動き出します」
 その言葉に相変わらず同情は含まれていなかったが――
 殺意と憎悪は含まれていた。

「生徒会が動き出せば、貴方に勝ち目はありません」
 
「…………」
 確かに生徒会は、強力な異能力者の集まりだと聞いている。
 だがそこまで断言されるとは…そんなに俺は頼りないのか。泣くぞ。
「化け物がついてるからって過信してたら速攻でやられんぞ。どうするつもりだよ」
 ヤンキーのような声が聞こえた。 
「…千鬼!起きたのか、大丈夫か?」
「なんでテメエはほぼ初対面の相手にタメ口なんだよ。まあ構わねえけど…」
「…!千鬼…、よかった……」
 千鬼がゆっくりと起き上がる。…随分と丈夫な体をお持ちで…
「で?真里…とかいったか、お前どうするつもりなんだ?逃げるのか、戦うのか」
 …俺はまだ悩んでいる。
 正直、この何でもありな女郎蜘蛛がいれば、どうにでもなる気がするのだ。
 だが、不安なのはどうしようもない事実。
「…なあ女郎蜘蛛、お前生徒会と戦えそうか?」
「…生徒会の人達を見てないからなんとも。でも強いんでしょ?何人いるの」
「たしか、生徒会長と副会長、書記に会計の四人だった…な」
「ああ、あってる」
 普通の生徒会より人数が少ないのは、確か――
 現生徒会メンバーが強すぎて、それに見合う実力者が集まらなかったからだと聞いている。
「……四人か、無理。死ぬ。真里が」 
「女郎蜘蛛おおおおおおお」
 こいつひどすぎない?
「無理無理、流石に庇いきれないよあたしでも。だって、真里はできるだけ人を殺したくないんでしょ?殺さないように強者から自分の身と真里を守るのは、正直無理」
「………そうか…」
 こればっかりは俺のわがままだ。しかたない。
「…女郎蜘蛛さんはなんと?」
「あ?ああ、悪い…お前達には聞こえないんだったな」
 俺は女郎蜘蛛との会話のいきさつを橘兄弟に話して聞かせた。
「…はあ、なるほど……」
「それはわかったから、まずはお前がどうしたいのか決めろよ。潜伏してやり過ごすのか、正面切って戦うのか。どっちかに決めろ」
 ……………。
 潜伏、か。
 だがどうせそんなものは、見破られるに決まっている。
 生徒会から逃げ切れるやつはいない。
 実際、うちのクラスにも生徒会にやられたやつがいた。理由はどうだか知らねえが、敵視されて、逃げようとして、逃げ切れなくて…
 もう学校には来なくなった。
 たぶん殺されたんだと思う。
 つまり、生徒会の本気の追跡からは逃れられないということだ。
 なら――
「戦う」 
 逃げても追い付かれるくらいなら、体力が残っているうちに応戦しなくては。
「…そうか、その覚悟、嫌いじゃないぜ」  
「となると、人数がいりますね。生徒会を目の敵にしている人達なら、たとえ無能力者でも協力してくれるかも…私から声をかけておきます」
「ああ、ありがとな…ってえ?」
 俺は驚いて顔をあげた。
 二人は――橘兄弟は当たり前のように立ち上がり、各々行動を始めようとする。
「ちょ、ちょちょ待ってくれよ、え?なんでおまえら、俺に手貸してくれてんの?」
 橘兄弟は少しキョトンとした顔をして、ふっと笑った。
 その笑顔に、初めて年相応の健康的な殺意を見た。
「何言ってんだよ」
「私達は風紀委員ですよ?」

「学園の風紀を乱す者は排除する」
「たとえそれが生徒会であったとしても」
 
「……………」
 俺は口をあんぐりと開けて二人を見上げる。
 女郎蜘蛛が小刀を取り落として、カシャンという音がなった。
「……よかったね、真里…勧誘、成功しちゃったかも」
「…少なくとも、生徒会と戦う間はな……それにしても………」
 なんて戦力になってくれそうな奴等なんだ…………
 沈みだした日が俺達の陰を長く伸ばしていた。そんな秋の逢魔が時――
 蓮田谷真里、橘兄弟を仲間に習得。
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