ソードオブファンタジア

佐野悟

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第五章

聖杯

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 庭園についた俺たちは、まずこの一連の出来事をゲイルに報告した。事前にだいたいの話はレナから聞いていたらしい。少し驚きながらも、俺の報告が終わるとすぐに周囲に指示を出し始めた。指示の内容を要約すると、こうだ。
 現在王宮守護についているほとんどの人員を騎士団へと移動させ、残る一部も全員をメイドの護衛に当てるということ。そして、ゲイル自身も騎士団に行き、国王に自身で説明するということ。
 俺はそれを聞いて城か騎士団かどちらにつくか考えていたが、そこでゲイルに声をかけられる。
「ゼクルさんにはお願いがあるのです」
「……なんだ?」
「実は、ゼクルさんが参加することは内密にしておけと国王陛下がおっしゃっていたのです」
 それはつまり…
「国王陛下は、内通者の可能性に気づいていたのかもしれません」
「そうか…」
 ゲイルが一拍置いて続けた。
「ですので、騎士団のライト殿と共に、ここを離れた後に内通者について調べていただきたいのです」

 午後2時。少し遅めの昼食を済ませるためにいつもの喫茶店に向かう。その俺の隣には、ライト。では無く、レナがいた。コイツはなぜか「コンビなので!」とか言って俺に同行すると言い始めたし、ゲイルは真顔のまま「ではお願いします」とか言い始めるし、あーもうめちゃくちゃだよ。
「帰れよ」
「嫌ですけど」
「帰れって」
「帰りませんけど」
「どっか行け」
「キレた」
「俺のセリフだが??」
 そんなやり取りをしながら王宮を後にして、南2区へと向かう。あれ、そもそもレナが来るのなら転移魔法使えばいいんじゃないの?なんでコイツ普通に歩いてるの?なんで?
「あのさ」
「魔力切れ」
「なるほど」
 そういうことらしい。そうこうしている内に喫茶店に着いた。が、その前に立っていた人物に目が止まる。2人いるその片方は天。そしてもう一人はコントラストになるような紫のアーマーに見を包む見た目通りの竜騎士。朝霧龍牙は龍属性使いのクローの達人である。世界各地を飛び回って傭兵のように各国に協力をしながら旅をしていた彼だが、いつの間にかこの国に帰って来たらしい。会うのはおそらく一年ぶりか。向こうも俺に気づいたらしく近づいてくる。
「よう、戦闘狂」
「お前に言われたくは無いが、まぁいい。話がある。重要な話だ」
 その雰囲気に、緊迫するものを感じた俺は、まずは店に入って話を聞くことにした。
 席に着いて、俺たちが全員注文を終えると、すぐさま龍牙が話し始めた。
「女神の聖杯の情報が集まってきた」
「マジか!?」
 龍牙が静かに頷く。
 女神の聖杯。それは伝説に残る神器だ。神器、つまり神の力が込められているアイテムには、もちろんのことながら特異性がある。わかりやすい例を挙げると、俺たちがもつレジェンド武器も神器の一つである。そして女神の聖杯の特異性は一つ。《願いを叶える》こと。しかし、入手することはほぼ不可能と言われていて、存在の有無も不明。完全に幻そのものなのだ。しかし、俺はその聖杯を探している。
「女神の聖杯は条件を整えなければ出現しない。その条件も細かく、多い。それもまだすべての条件がわかったわけじゃないと思うが」
「…いや。十分だ。教えてくれないか」
「一つは自身の身一つだけで遺跡に潜り続けることだ」
「ああ。それは知ってる」
「そして、守護を己の身のみで十体以上討伐すること。また、それとは別で20体の守護討伐」
「ソロで十体、レイドで20体…」
 その言葉を聞いて、レナがつぶやく。
「そんなの……無理だよ…」
 天も続いてつぶやく。
「ソロで一体倒すだけでも無茶苦茶なのに、十体って……」
「そもそも、ゼクルよ。お前のレイド参加回数は覚えているか」
「………7回だ」
 しばしの静寂。しかし、この状態で何が言えるのだろうか。このメンバーの中で遺跡ボスレイドに参加した回数が一番多いのは明らかに俺だ。ここにライトと氷河が加わっても多くて同回数だろう。それで7回。たった7回なのだ。
「他に方法なんて無いんですよね…?」
 天の言葉に俺と龍牙が頷く。しかし、レナは俺の方をじっと見つめている。……流石に気づいたらしい。
「……やるよ。俺は」
 そう言うと、龍牙が訝しみながら俺に聞いてくる。
「正気か?」
「……正直わからない。けど、理性はある。考えた結果だ」
「そうか。なら何も言わん」
 注文したステーキが出てきて、俺は一切れ口に運ぶ。
「…不可能なんて無い…………そう師匠に教えられたからな」
 そう言いながらレナを見る。この無理難題に挑むにはレナが絶対に必要だ。レナ以外の協力は得られない。レナもふいっとこちらを見て目が合う。何を考えているのかはわからないが、静かに頷くとまた食事に戻った。やはりこいつは俺の考えに気づいていると見ていいだろう。別に不都合では無い。一方的に利用するつもりは無いし2人きりになったら説明しなくてはならない。この事は俺とレナだけが知っていることを利用する。情報をできるだけ出したくないし、つい最近内通者の恐ろしさを味わったところだ。こいつらが裏切りなんてするとも考えられないが、どこかで盗み聞きしてる奴がいるかもしれない。
「小難しいことは後でにしよ」
 声の主は左でパスタを食べているレナだ。
「今はゆるーくゆっくりしておけばいいよ」
「……それもそうだな」
「てことで、そのまま家までついてくから」
「こないで」




「はー美味し」
「はぁ……」
 場所は俺の家だ。明らかにここにいるはずのない人間が一人いるが、もうどうしようもない。こいつは何言っても家に来るし。ため息をつきながらコートをかけた俺は頭を押さえながら2階に上がる。レナは一階のリビングでコーヒーを飲んでいる。買ってきたインスタントの一本目はレナに飲まれてしまった。まぁ、俺は特に何も言わないが、レナが飲んだ本数は全部カウントしている。金に困った瞬間に請求してやる。
「さーてと…」
 俺は自分の部屋でベッドに腰掛けながら壁にかけてある剣を見ながら少し考え事をする。俺の腰に差してあるこの剣には、まだ見せていない力がある。先程氷河が出していた大技。レジェンド武器の専用技、レジェンドスキルだ。では俺がなぜ使っていないのか。その答えは一つだ。この技は危険すぎる。しかし、ソロ狩りをしていくならこの技を使っていくしか無いのだろう。深く深呼吸をする。壁の装飾華美な剣にそっと触れてから、部屋を出てリビングに戻る。階段を降りて、すでにコーヒーを飲み終わっているレナの前に座る。
「んじゃ、気づいてはいるんだろうけど話してくよ」
「うん」
 俺は少し黙って頭の中を整理し直してから話す。
「まず聖杯の出現条件は身体一つで遺跡ボス十体の討伐。だからそこでレナの力を借りたい」
「魔法転送だね」
「あぁ」
 俺の身体を経由して離れたところから魔法を行使できるという、俺とレナにしかできない秘術だ。この2人にしかできない理由はいくつもあるが、最も大きい理由は俺の身体にある。俺の身体にはレナが注ぎ込んだ魔力回路が入っている。つまり、レナからすると俺の身体は自身の身体の延長と考えられるわけだ。だから俺が持っている武器や俺の防具までも自身の杖や自身の防具として魔法の対象に入れることができる。そして、魔力回路を人に植え付けることができたのもレナの力。と言いたいのだが、実はそれは違うらしい。レナ曰く「普通なら魔力同士が喧嘩する」らしい。俺の体質か何かが影響しているということだ。まぁ、それはともかく。
「レナの魔法転送があれば、俺の身体一つで実質2人分の戦力を保てる。だから魔法転送で力を貸してほしい」
「まぁ、それはいいんだけど。」
 とレナが一拍置いて続ける。
「そもそも未攻略の遺跡をどうやって確保するの?」
「そこなんだよなぁ‼」
「うっわ急に大声出すなよどつくぞ」
「えっ何この子こわ。いかつくない?」
 そんな風にふざけておいてから、話を本題に戻す。
「……話戻すけどさ。ライトに話通すのもありかもしれない」
「あー、なるほど。遺跡攻略の実質トップはライト君だもんね」
 レナのその発言に頷きながらも、それを利用しない理由を説明する。
「だけど、それはライト一人の判断ではそんなことできない。一人の損得で動かしていいレベルの話じゃないんだ。だからもっと権力の大きい奴に頼むことにした」
「え誰それ………あ、いや待ってわかったわ」
 レナは気づいたと言うと、途端にため息をつきながら続ける。
「あのさぁ…陛下をそんな小手先の道具みたいに扱わない方がいいよ。ホントに」
「レナの俺に対しての扱いはそんな感じなのに??」
「うん」
「おい!なんで即答なんだ!ゼクル様だぞ!」
「黙れカス」
「やめろよ、そういうの良くないぞ。ダマスカス剛のこと黙れカス剛って呼ぶのは」
「キミだけだから、そんなこと言ってるの」
 そんなこと無い。この前氷河も言ってたし。と、言い返すよりも早くレナが話を切り替える。
「とりあえず、陛下に話をするにしても、即日に動くことなんてできないでしょ。それよりも、」
「わかってる」
 レナが言おうとしていることは、おそらくライトとの合流のことだ。政府内部に潜んでいるはずの内通者の全貌を捜査しなくてはいけない。やることが、やりたいことが一気に押し寄せてくる。今俺が頭をパンクさせていないのは頼れる仲間がいるからだ。まずは、国のことだ。それからその対価として遺跡攻略の優先権を奪い取る。それしか道は無い。俺は、国を相手にしても女神の聖杯を手に入れる。何を犠牲にしてでも、必ず。
 ライトはしばらくしてから俺の家に来た。この三人で政府内部の調査を行う。だが、政府の調査を、現場から離れながらどのようにするのか。ライトは俺の家に入るや否や分厚い本を投げて来た。なんだこれは、と思う暇も無く、そのまま奥へと入っていったライトは振り返りながらつぶやくように言った。
「政府官僚の人事ファイルだ。その中から怪しい奴ピックアップしていくぞ」
「確か官僚って近衛騎士も入るんだよな」
 と俺が聞くと、レナが前から怪訝そうな声をあげる。
「えーめんどくさそー…」
 とレナ。こいつほんと何しに来たんだ。
 俺は重い腰をあげながらテーブルに本を置いてソファに座る。本はほとんど同じ分厚さの本があと2冊あるらしく、レナとライトの目の前に置かれた。レナは渋々と、ライトは黙々とそのページをめくっている。俺もページをめくって流し見で官僚の経歴を見ていく。今のところ怪しい者はいないように見える。2人がどう見てるのか知らないが、俺は経歴、官僚になったタイミング、その動機までを見ている。そのスピードで見ながらも、考え事をしないようにページをめくる。
「……ん?」
 そこで少し気になる文字列があった。ゲイル・レンブラント。その文字列に気を取られる。過去に憲兵団に所属しており、その後三年間に空白がある。まぁ特にこの国では珍しいことでは無い。職が無いというわけでも無く、各地に現れたモンスターの討伐をして政府や依頼元からの報酬で生きていくことはできる。それも元憲兵団なら報酬もいい値段がつくだろう。その後近衛騎士に入ったのは四ヶ月前だ。この短期間で王宮守護の責任者になるのはとてつもない早さだ。まぁ、入った時からあの指揮能力があったのであれば当然の昇格ではあろうとは思うが。それにしても早い。が。まぁ、人員が足りないのなら仕方ないとは思う。違和感は無いし、そのまま俺はページをめくる。そこにもう一人聞いたことのある名前を見る。アンデルと言う名前は確か王宮内で俺に突然戦闘をふっかけて来た近衛騎士だ。確かに奴のことは少し疑っている。俺の実力をその目で見る必要があるのか。嫌でも王宮警備に参加すれば知ることになるだろうし、王宮内で無名な訳でも無いので俺の実力が足りないと疑っているわけでも無いだろう。
 もし、いずれ俺と対立することを見越して実力を知ろうとしていたのであれば納得できる。経歴は……
「えっ……?」
「どしたの」
「これ…」
 レナがぐいっと顔を近づけて来る。同じく本を見ているが、そう言えばあの時レナは遠隔で俺の視点を共有していただけなので、もしかしたら知らない可能性も有る。というかその可能性が高い。だってこいつの話聞いてない率高いもんね。疑って仕方ないよね。
「この人ってこの前王宮で戦闘になった人だよね」
「おう、その時ちゃんと見てたんだな」
「……まぁ、流石に会話が不穏だったから…」
「…なるほど…」
 ともかく、という感じで本の内容に目を通す。レナがその動機を見て、次にそのタイミングを見た瞬間に目を丸くする。
「……2ヶ月!?」
「不自然すぎるだろう。いくらなんでも。」
 横で話を聞いていたらしいライトがそこから横やりを入れる。その声に頷きながら、レナにその先を見るように促す。レナはまた静かに経歴欄を読み始める。すると、俺と同じ場所が引っかかったらしく、小さく声を出す。
「…は?」
 そのまますこしの沈黙。そこで俺が切り出す。
「過去に、同じような事例は聞いたことあるか?他国の騎士団から官僚として人を引き抜くなんて」
「……何!?」
 ライトが勢いよく立ち上がり、俺の前に置かれた本に目を通す。とてつもなく怪しいこの経歴を見てライトの表情は驚愕に満ちている。しかしすぐに表情をいつもの冷静な状態に戻して続ける。
「だけどこのままこいつだけに注目するわけにはいかない。一旦全員分に目を通そう」
 確かにそうだ。と頷きながら再びページをめくっていく。その後、レナが一人、ライトが2人怪しい経歴をもつ官僚を見つけた。合計四人。この人数なら、レナが監視できる。
「レナ、視覚共有は五人までだよな」
 視覚共有とは、対象を指定して魔法をかけておくことで対象の視覚を盗み見ることができる魔法だ。一度かければしばらくの間は魔法の影響内にいるため、何度でも見ることができる。
「安全な範囲はね。実際の限界はもっと上だと思うから、この人数だったら楽勝だよ」
「そうか。わかった。ちなみに再使用までは?」
「2週間ぐらいだと思う」
「了解。今日なら違和感無く王宮に戻れる。どうだ、行けるか?」
 レナはキョトンとした感じでさも当然と言わんばかりに頷く。その不思議そうな顔をしばらく見てから気付く。
「お前、やっぱり魔力切れは嘘だったんだな」
「あ」
「あ。じゃねぇよ。……そっちは氷河を探してきてくれないか。多分王宮での話は終わってると思うんだ」
 後半はライトに向けた言葉だ。ライトは静かに頷いて、俺に腰から取り外したトランシーバーを渡して来る。
「なんかあったら」
「わかった。借りとく」
「おう」
 そう言いながらライトは俺の家を出ていったので、レナを促してこちらも出発の準備をさせる。対する俺は2階の自分の部屋に戻ると、壁にかけてある剣を見つめる。「まだだな……」とつぶやきながら部屋を出ようとする。が。
「………?」
 何かに話しかけられたような感覚だ。少し迷ってから部屋に戻って壁の剣を左手で掴むと、それを左腰に釣った。おそらくこの剣を抜くことは無いだろう。お守り代わりだ。俺は少し急ぎ目で階下に降りると、レナに声をかけて家を出る。素早く王宮に戻ろうと考えたところでレナの魔力切れが嘘であることを思い出す。レナの方を見るとすでに魔法陣を出したまま待っていたのでそのまま転移魔法の範囲内に入る。転移の光が消えると同時に俺の目に王宮の庭園の景色が広がる。そのまま光から出て、王宮の内部に入っていく。レナも後ろから着いてくる。ここからは急ぐよう感じを出さずに歩いて王宮内を移動する。すれ違う人物の中にピックアップした人物がいないか探りながら歩いていると、レナがいつの間にか構築していた魔法陣の中から薄いファイルを出した。いつの間にかコピーを取って四ページのまとめファイルを作っていたらしい。
「それ開いてていいの?」
「認識阻害かけてる」
 ………こいつチートじゃね??
 横でファイルを見ながら歩くレナのおかげですぐに三人に魔法をかけることに成功した。一人は官僚になって2年の壮年の男でクラバスと言う。ライト曰く反政府側の思考を持っていると疑われているらしい。そしてもう一人がテラルと言う女性。奴は官僚になってから一年半経っているが、春頃に半月ほどの休暇を申請している。理由はよくわかっていないのだそうだ。その申請書が見れれば表向きの理由は知ることができるが、それが本当の理由かどうかはわからない。どのみち黒幕が判明するまでは疑うしか無いだろう。そして、三人目は若い青年だ。官僚になったのはほんの半年前だが、硬い信念をもつ彼だが、時折不自然に出かける姿を見る。と、この情報はライトからだ。
そして、残り二人の怪しい人物は、俺が見つけたアンデルだ。が、奴はおそらく王宮にはいない。王宮の下見の時点でカリバーに張り付いていたところを見ると、おそらく今もカリバーの近く。つまり騎士団の方にいるのだろう。しかし、今俺たちが騎士団本部に赴くのはあまりよろしく無い気もする。
 どうするか、と考えていると、レナが魔法陣を組み立て始める。なんの魔法陣だろうと考えていると、すでに魔法陣の構築が終わったらしく、レナの手元の本に映像が映し出される。それを見るとなんと騎士団本部の内部が映し出されている。おそらく誰かの視覚共有なのだろうが、誰の視覚かわからない。
「………ゲイルさんの」
「えぇ、いつの間に?」
「いや、単純に防衛作戦の前に報告しやすいようにかけてたの。今思い出してさ…」
「……それ了承得てるの?」
「…………」
「あっ(察し)」
 やっぱあれだね。チートみたいな力を持ってる人はだめだな。うん。やべーやつばっかだもんね、こうはなりたくないね。……うん、まずいですよ……。そんなことを考えていると、その映像を見ていたレナが小さくつぶやいた。
「……あれ、アンデルさんいないね」
「まじで?いや、でもそんなときもあるか」
 俺はそうつぶやいて、少し考え込んでからトランシーバーに手を伸ばした。どこか不穏な感覚を覚えながら。
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