ソードオブファンタジア

佐野悟

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第七章

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 黒竜とは、十年前まで世界に君臨していた伝説の龍だ。他の龍とは比べものにならないほどの戦闘力を誇る文字通り龍の王である。しかし前述した通り十年前から目撃されていない。その理由まではわからない。が、おそらく俺の予想通りだとするならば、黒竜はまだ生きている。あのバカ弟子の体内に、かの黒竜の闘気を微かに感じた。お互いの同意の元か、もしくはどちらかが強制的にこの状態に持ち込んでいるのか。しかし、あの黒龍は普通の人間がどうやっても勝てる訳がない。竜には基本的にそこまでのことはわからないが、ゼクルはおそらくかの黒竜の力を使って守護ボスを倒した。それはほぼ確実だ。だが、どのようにその力を利用しているのかがわからない。いや、そもそもゼクルが黒竜の力を必要とする理由がわからない。奴はかの黒竜の力が無くともある程度は戦えるはずだ。
「黒竜と、雷神か……」
 ひっそりとつぶやいたその声は、おそらく誰の耳にも入らずに空のボス部屋に消えていった。


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 俺の中にある属性の出力には上限がある。基本的に完全な個人差、というか属性の魔石による差である。魔石の質の問題では無いのだが、ともかく俺の魔石で出せる出力の上限はそんなに高くは無い。そのため、俺は少しズルをしている。前々の戦闘からではあるがレナによる魔法援護で身体能力自体を底上げしているのである。レナ曰くあまり意味は無いらしいが。まぁ、今それがどうしたのかというと、実は先程の戦闘ではほとんどレナの魔法攻撃のみで続けて攻撃していていた。
 俺の戦闘スタイルではあの守護ボスには完全に不利がすぎる。片手剣でのリーチでは奴の大剣の連撃とレーザー光線に対応などできる訳がなかった。だが、俺はレナと魔力回路を共有している。だから、戦ったと言ってもレナの魔法を俺の剣を媒体として放つことで大剣すら届かない距離から一方的に攻撃していただけだ。沸き立つような戦闘などでは決してなかった。そもそもとして、こういうことが可能だからこそ、俺はレナとのコンビを受け入れているのだ。
 古城から出て、重たい身体を無理やりに動かしながら帰路を辿る。今回はレナの魔法攻撃に頼っていたから、帰りは自力で帰ると伝えてある。この辺りの地理は正直あまり把握していないが、近くの大通りまで出れば電車までの案内ぐらいならあるだろう。しかしそれにしてもいつもより身体が重い。通常の戦闘ではここまでの疲労感は感じないはずだ。

 原因は分かっている。精神的なものだ。実際に身体に不調があるわけではない。今日は忙しすぎた。早朝から王宮の守護。そこから間髪入れずにここまで来た。疲労も大きいが、それは当たり前だ。帰ったら何もせずに寝よう。そう思いながら、大通りに出る。と思っていたのだが、その残り20m前で背中に固い感触を感じる。足を止めた俺は、自身の背後に語りかける。
「………なぁ、俺に恨みがあるんだろうけどとりあえず明日にしてくれない?」
 返事はない。心なしか背中につく金属の感触が震えた気がする。はぁ、とため息をついてから続ける。
「何か用があるなら聞くけどさ。今日はもう帰って寝たいんだよ。わざわざこの時間をとってる時点で暗殺ではないんだろ」
 しばし待つが、やはり返事はない。俺を闇夜に紛れて殺したいのであれば、この時間を取らずに即座にその銃のトリガーを引くことだってできたはずだ。そろそろ疲労とストレスが限界に達しかけている俺はぶっきらぼうに言い放つ。
「いい加減にしてくれ。せめて一方的でもいいから用件を話せよ」
 その瞬間に大通りから爆音が聞こえる。半ば俯かせていた顔を反射的にあげる。いったい何が起こったのか、ここまで熱風が伝わってくる。この感覚は、爆発時のそれだ。後ろの誰かに関係があるのか、聞こうとしたが、いつの間にかその気配は消えている。周りのどこにも同じ気配はない。俺の索敵をもってしても追うことが出来ないのは初めてかもしれない。
 今は、もうそのことを考えている暇ではない。急いで路地から抜け出して、大通りに出ると、右手の少し離れた場所に止めてあった車(おそらくそうだったのだろう。原型は留めていない)から、とてつもない炎が出ている。簡単に近づけるような状態ではない。騒ぎの内容を聞くに、車内に誰かがいた、ということはなさそうだ。索敵でもその位置には何も引っかからない。俺はその炎を消すことはできない。このまま棒立ちで見つめることしかできない。
 そう、俺とレナが通信魔法で話していることがあるのは仲間内では知れ渡っている。が、魔力回路を通して遠隔で魔法を撃つ、つまり『魔法転送』を使っていることは誰も知らない。知られるわけにはいかない。別に人道的に、だとか法が、とかではない。この真似を誰にもさせる訳にはいかないからだ。通常の人間がやれば、2人ともがタダでは済まない。だからこそ、この場でレナの力で消火などできない。人命に被害が出てないのなら尚更だ。俺は立ち尽くしながら、一人考え込む。おそらくあのまま俺が大通りに出ていたらちょうど横にいたのだろう。だからさっきの脅迫を受けていてよかったのかもしれない。正直なところ、脅迫と言っていいのかよくわからないが。索敵に師匠が入った。こちらに来ているらしい。この状態で顔を合わせるのも気まずいので、俺はさっさとここを離れることにする。人だかりから一旦離れてから視線が向いていないことを確かめて光学迷彩を使うと、属性の力を使いながらビルの上に上る。
 俺はビルの上を飛び移りながら、あることを考えていた。女神の聖杯のことだ。
 女神の聖杯には出現の条件がある。そして、その厳しく細かい条件をすべて達成することで、聖杯を手にすることが出来る。と、言われている。だが、やはりおかしい、とは思う。俺に協力している全員がそう思っているはずだ。確かな出現条件が出ていながら、なぜ聖杯自体の目撃情報が一切ないのか。そして、そもそもいったい誰が条件達成の有無を判断するのか。神?権力者?
 そう、この話には不可解なことが多すぎるのだ。正直、あまり信用していないのも本当だ。だが、俺は何を犠牲にしても聖杯を手に入れると誓った。俺の頭の中に、桃色の花びらが、ふわりと舞った。
「……ッ」
 足に、手に、無意識に力がこもる。それに気付いてビルの上で無理やりブレーキをかける。急制動のせいで一気に負荷がかかった足を止めてビルの上から西の景色を眺める。その沈んでいく夕日を眺めながら、俺は静かに拳を握りしめた。それがどんな不確かな情報だとしても縋り付いていくしかない。あの日以上に、何かを決心したことはない。そして、自分の希望もまた、それ以上のものを持ったことはない。



 その翌日。いつもより遅く起きた俺は時計を見る。九時頃であることを確認して大きく伸びをすると、半分寝ぼけた状態で部屋を出て一階へと降りる。まったく回らない頭を回すためにキッチンへと向かってコーヒーの準備をする。お湯がもうすぐ沸く、といったこのタイミングで、インターホンが鳴った。薄目で玄関の方を睨んでから軽く頭を振って向かう。ドアに手をかける前に念のため索敵を使う。向こう側にいるのは氷河らしい。寝起きであることを隠す気もなくドアを開けて氷河を中に招き入れる。ちょうどお湯が沸いたらしく、ついでに氷河の分もコーヒーを入れてからリビングに戻る。ソファに腰かけてコーヒーをゆっくりと口に流し込むと、少しずつ頭が回ってくる。と、そこで氷河に違和感に気付く。コイツにしては静かすぎる。
「何かあったのか?」
「……まぁ、ちょっとな。話聞いてくれるか。」
「……なんだ?」
 氷河は俺の前に一つの封筒を差し出してきた。俺は一度氷河の顔を見てから封筒の中身を出す。封筒の中には堅苦しい書き方の書類で逮捕状と捜索権の許可書が入っていた。その対象者は、……アンデルだ。容疑は国家転覆罪。
「……お前…このために一人で動いてたのか」
「まぁね。それはコピーだ。本物は今副隊長に持たせてる。」
「じゃあ、もう今?」
「ああ。隣のバイスル皇国に情報を流していた。さっき、肝心の本人もとらえたよ。」
「そうか、終わったのか……」
 終わった。この事件が、王宮の襲撃が、今やっと終わったんだ。長かった、一つの仕事がやっと終わった。
「……お疲れ。ゼクル。」
 いつの間にか俺の横に来ていた氷河が、俺の肩に優しく手をついていた。
「んじゃ、俺は行くわ。コーヒーごち。」

 そういいながら、氷河は俺の家を後にしていった。右手をひらひらと振りながら颯爽と出ていく。その背中を見送った後に、ふと気づく。俺が犯人捜しをしていたこと。そしてその候補の一人として、アンデルが挙がっていたこと。そのすべて、俺は氷河に伝えてはいなかった。つまり、氷河は俺の動きを監視していたのだろう。どこまで監視していたのかは知らない。だが、氷河にも譲れないものがあったんだろう。今もすぐに戻ったのはまだ調べることがあるからだと思う。
「俺、まだ振り切れてないんだろうな……」
 と、独りごとをつぶやきながら、ソファに目いっぱいもたれる。深くため息をつきながらゆっくりと目を閉じる。桃色の花が少しずつ散っていく風景を思い浮かべながら考える。今のままでいいのだろうか、と。このままずっと仲間と、友達と一緒にふざけあっていたい。だが、おそらくそれは長くはもたない。近いうちにそれが崩れる。確証があるわけじゃない。なんとなく、そう思う。が。
「悩むことすら後回しか……」
 玄関先からライトの気配が近づいてくるのを感じて俺は再び立ち上がる。おそらく昨日のことについての説明をしなくちゃならない。だが、仲間とは言え魔法転送のことを教える訳にはいかない。それ以外の部分のみ教えてごまかすつもりだ。
「嘘をつくのも慣れてきたな……」
 そんな自分に嫌気を感じながら、扉を開ける。


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 ゼクルさんには、色々な秘密がある。そのいくつかは僕達も知っていて、秘密を共有している部分も多い。仲間内で明かしてる秘密も、明かしていない秘密もある。人とはそんなものだ。ゼクルさんの秘密を一番知っているのはレナさんだと思う。しかし、おそらく次に詳しく知っているのは僕なのでは無いだろうか。

 あの時。
 ゲート調査のあの事件のとき、僕は第二次調査隊としてゲート内に入った。結果、自分以外はほとんどが行方不明になり、戻ってきたのはわずか六人。調査開始時の25人から考えると壊滅的だ。そんな状態で現地の小さな子供までが斬られようとしていた。限界をすでに超えている身体に鞭を打って刀を構えたところで、そこで初めて出会った。それがゼクルさんとの出会いだった。他の三人も同じように、心優しく強い属性使いばかりだった。
 確かあれは犯罪者利用の制度だったはずだ。だから、あの時にいた四人は全員が何かしらの犯罪を犯したことになる。ゼクルさんも含めてだ。あの優しい四人がなぜ犯罪を犯したのかはわからないし、具体的に何をしたのかもわからない。だけど、あんな状態で出会ったからこそ、僕たちはお互いをすぐに信用できた。
 だからこそ僕はゼクルさんの秘密を色々と知っているし、それが理由となって僕にも秘密ができた。だから、今も仲間だと思えている。
 実はそう思えるようになったのはつい最近だ。ゼクルさんの周りにはそれぞれの武器の達人が集まっている。しかし、僕は達人の生きになど到底達していない。劣等感があったのだ。今も、その感情はある。けど、心情は大きく変わった。あの人たちは、ずっと楽しそうで、きらめいて見えた。眩しかった。でも、その輪の中に、無理やり引っ張られた。それがあの人たちの優しさだ。大きな恩が、数え切れないほどある。それを少しずつ返したい。


「………ハァッ!」
 両手で振り抜いた刀は今までよりも震えがない。今日ですでに四時間は刀を振り続けている。だが、すこしずつよくなってきている。もちろん素振りだからと言う部分もあるだろう。でも、それでも。確実に、成長はしている。

 僕がここまで練習を続けているのには、理由がある。もうすぐの23日、アルヴァーン中が注目する『統一剣術大会』が始まるからだ。今回の大会では、ライトさんの2連覇がかかっていて、世間でもいつも以上に注目されている。今まで、僕はあの大会には出ていなかった。ライトさんから聞いたゼクルさんの様子だと、おそらくまだ話していないことがあるんだろう。僕は秘密を共有したい訳じゃない。ただ、今まで知らなかった一面があることを知り、自分はどれだけゼクルさんのことを知っているのか不安になった。意図的に隠しているところまで知ろうとは思わない。ただ、どんな気持ちで戦い続けているのか、それぐらいは知っていてもいいんじゃないのか。そう思ったからだ。あの舞台で、ゼクルさんと剣を合わせれたらどれだけうれしいか。


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「……どういうことだ」
「言った通りだ」
「……俺はもう出ないといったはずだぞ」
 統一剣術大会は、俺の名前が知れた大きな理由で、そしてもう手に入れることはできない情景の理由でもある。どれだけ望んでも、そこに俺の望むものはない。それでも剣を振るい、競い合い、そこに何かを見出すことが出来るのなら、俺はあの居場所を自分から去ることもなかった。俺が去ったのは、随所に昔のことを思い出してしまうからだ。しかし、ライトは俺に剣術大会に出ろと言う。そこにどんな狙いがあるのか。
「……何が目的だ」
「……東二区の貴族から名指しで警備を頼まれたんだってな」
「……それが一体、いやまて。なぜそれを知ってる」
 そこでライトは一泊置く。オレンジジュースを少し飲むと(気が抜けるのでやめてほしい)つづけた。
「あの貴族はお前の敵だ。あの防衛作戦だって罠なんだよ」
「……詳しく話してくれ」
 ようやくライトの言わんとしていることが分かってきた俺はようやくではあるものの落ち着いて話を促していく。
「あの貴族は前の大戦で武器商人をしていたらしい。その時の利益でのし上がってきていたらしい」
 なるほど、大体の事情や状況は把握した。
「それで、断れなさそうだからアリバイを作れと?」
「行っても狙われるだけだ」
「……なるほどねぇ」
 コイツ、おそらくだがそれだけではなく単純に俺を出したいのだろうと思われる。
 うーん、と少し悩んでから小さくため息をつく。
「俺を出したいだけだろ……わかったよ…」
「あ、ばれてた?」
「そりゃ」
「そっか……」
 そんなセリフをはきながらもライトはうっすらと笑顔になっていた。
「何がうれしいんだか」
 俺は一気にコーヒーを煽ると、顔を背けて静かにほほ笑んだ。




 ライトが騎士団本部に戻り、一人になったリビングに誰かの声が響く。
『ゼクル、どうするの?』
実際にはリビングではなく俺の脳内で響いた声だったらしいが、それはともかく、レナは俺とライトの会話をすべて聞いていたらしい。普段は人の話など聞かない奴だが、以前剣術大会について話したことがあるからだろう。珍しく話に耳を向けていたらしく。
「どうって、出るしかないだろう」
『はぁ』
 レナのため息が頭の中で聞こえる。
 そのため息に答えるように俺は家の一階、自宅の中で唯一施錠している扉を開けた。
 この部屋はいわば武器庫だ。と言っても基本開けることはない。俺が所有する武器は基本的にはここに格納されている。俺が亜空間魔法で格納した武器は即座にこの部屋に放り込まれる。ふつうは亜空間に入れたままにしておくのだが、俺はここを倉庫として使い、出し入れを遠隔でするために亜空間魔法を使う方法を採用している。こうしているのには、俺の体質が影響しているのだが、それはともかく……

 長年にわたって開けていないにも関わらず、ほとんど埃が溜まっていないこの部屋には棚が大量に並べられており、入口から見て右上の方には小さな小窓が二つ空いている。と言っても物理的に人間が入れる大きさではない。
 左側にはすぐに壁と同じく棚が並んでいる。まっすぐ進みながら、その左側の棚を見ていく。
『あ、これが……』
 そんな声が聞こえてから軽い音と共に転移魔法が構築されて俺の横にレナが出てくる。レナの目線より数センチ上のところにあるを見ながら、レナがまた声を漏らす。
「わぁ……これが……」
「レナには一度、…見ておいて貰いたかった」
 レナは静かに頷いた後、しばらくを見ていたが、少したってから目線をそのままに、つぶやくように言った。
「ありがとう。見せてくれて」
 いつにもなくか細い声でそう言った彼女の眼はなぜか少しだけ潤んでいたような気がする。


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 ゲートとは異世界と異世界をつなぐ扉。青い渦の向こう側には、自分の世界からは考えられないような物語が待っている。ゲートは自然に発生し、いつの間にか現れていつの間にか消える。この世界に世界間の迷子が現れることも珍しくはない。
「それにしても、そうか。」
 草原に立ち尽くす俺は自分の腰についているトランシーバーを手に取る。この状況はかなり面倒くさい。というか、完全に巻き込まれたというか。どうするかはまた考えるとして電波はランプがついていて連絡可能らしいし、一言ぐらい入れておくべきだろう。大きくため息を吐いてからトランシーバーに話しかける。



『あー、こちら氷河。ゲート発生に巻き込まれました、どうぞー。』
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