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第九章

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 ゼクルには俺の知らない過去がある。しかし、それは=信用されていない。ということじゃない。あいつは俺を信用いていろいろと頼ってくるし、俺もあいつを信用しながらも言っていないことはある。けど、それが仲間だ。隠し事も嘘もいい。自分を騙さないなら、俺たちは仲間でいられる。

 久しぶりにも感じる騎士団本部七階の騎士長室に腰かけた俺は、人口ゲートの進捗状況確認をするために王宮へと向かう準備をしていた。その時、かすかにスマホが光ったのを見て訝しみながらそれを手に取る。来ていたのは一件のメール。送信者は、ゲイルだ。内容は、『ゼクルさんから統一剣術大会に出るといわれましたが本当ですか?』
という文面。『本当のことです。別件にて王宮に行きますが、直接お話しますか?』と返すと、速攻で返信が来る。『お気遣いなく。ただ最前列の席を確保しなくてはと思っただけですので』と。
「はぁ……」
 自由だな、あの人。いやまぁ、すごい優秀な人だしこういう時ぐらいははしゃいでもらってもいいんだけど。
 だがしかし、俺はゼクルに言っていないことがある。剣術大会にゼクルを出したのは口に出した理由だけではない。おそらくゼクルもそこを汲んでくれている。
 本当の理由。それは、囮だ。ゼクルが剣術大会に出ることでそこそこの腕を持つ剣士たちはそちらに注目するはずだ。おそらく、ゼクルが見たという黒いローブの男もそこに興味を惹かれるはずだ。これは絶好の機会で、奴の正体を暴く決定打になるはず。では、なぜそれをゼクルに言わないのかというと、これが囮捜査だからだ。どこにも情報を流すわけにはいかず、ゼクルの状況判断力には政府内でも定評があるため伝えなくても有事の際には対応ができるだろうということらしい。そう、これは俺の独断ではなく政府側の意向で、俺が何か意見を言えるような状況ではない。俺としてはゼクルを囮になどしたくはない(ゼクルのことが心配なのではなく、何が起こるのかがわかないためである)が、それが回避不能なのであれば、できるだけその近くで状況を見守っていた方がいいだろう。
 いつもの鎧は付けずに、その下に羽織っている白いコートだけを同じように羽織り、騎士団本部の階段を下りる。騎士団本部の正面に出ると、何やら少し騒がしい。何事かと思ってよくよく騒ぎを聞いていると、ブランカーが出たらしい。俺はその大通りのはるか南を睨むと、そこに戦闘の光を見た。

 あの様子なら俺は必要なさそうだ。


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 なぜこんな町の中央にブランカーが出現するのだろう。ブランカーは人が集まるようなところへと積極的に来ることは少ない。ほとんどのブランカーは人間に対して憎しみを持っているし、上位の属性使いの戦闘力も知っている。ただそのあたりの属性使いなら歯が立たないと思うが、いくらブランカーでも多数の属性使いにどれだけ戦えるのだろう、わからない。
 ブランカーが突如としてあらわれたのに対して、こうして即座に駆けつけることができたのは自分の得意体質によるものだ。ゼクルさんすら持っていないが、自分にはブランカーが放つ特殊な魔力を感知することができる。
「くッ……」
 絶妙に避けづらいようにタイミングをずらした斬撃が刀を握る両手に響く。相手の持つ武器は斧で、刀とは相性が悪い。というよりも、そもそも刀というのは相手の武器と打ち合うような武器では無いのだ。その分、相手と至近距離で斬撃を打ちあえるゼクルさんに憧れもしている。
 斬撃を受け続けるのも負荷がかかりすぎると判断して、刃と身体を傾けて斬撃を受け流す。翼を使ったバックステップで距離を取りながら刀を構え直し、相手の次の動きを見定める。
 ブランカーは無属性を操る。それは、人間には持てない力だ。属性を持たないのではなく、”無”という属性を所持している状態らしい。自分には詳しいことは分からないが、この国(おそらく他国の人たちもそうだと思うが)で剣士になるつもりなら、剣術学校で習う基本的なことだ。それもまぁ、詳しいことを教えられるわけではなく、そういうものとしてのみ、教えられる。仕組みを理解している人間は一体どれだけいるんだろう。
 一度距離を取っていたが、そろそろ反撃に移ろう。刀を両手で構える。輪廻剣術だと半身になっての構えだが、それとは異なる通常の刀の構えに移行し、距離を取ったまま横に歩く。自分の剣はほとんどが、ゼクルさんからの受け売りであり、そのためか、得意としている戦法に、似ている部分もある。例えば

 前から突進攻撃を仕掛けてくる相手に対して、カウンターを撃つこと。

 迫りくる斧の横腹に対して、同じく刀の横腹を当てるようにして斧の攻撃をそらすと、側面をこすり合わせながら刀を振りかぶって相手の無防備な胴体に全力の斬撃を放つ。その刀は既に、スキルの発動状態で。
「グッ……何ッ!?」
 斬撃が通過した空中から、羽が出現しその羽が意志を持つかのように飛翔し追撃を撃ちこむ。これが自分の天属性の力だ。自身に生えているものと同様に、斬撃などの実態を持っていないものに対してでも、翼を生やし操ることができる。基本的にはこの力は扱いが難しいため、使うことは少ないが、ゼクルさんに翼を生やしたりはしたことがある。翼を生やせるのは自身の所持物や、自身の意志を大きく植え付けた物体、概念に限る。が、この力は強力だ。先程の追撃は”斬撃の軌道”に翼を与えたことにより、刀の刃自体に当たった一撃目と合わせて、実体化して二撃目として撃ちこまれた。
「……シッ!」
 追撃を利用して連続攻撃を叩き込む。フロントステップとサイドステップを刻み、四方から攻撃を繰り返す。ステップにより、攻撃と回避を同時に行う特殊な技術。バトルアクティブステップ。しかし、天属性は軽量系の属性だ。ブランカーをコアブレイクするには重量系の属性技を当てる必要がある。例えばゼクルさんの持つ雷などは、軽量系として分類されているし、氷河さんの氷属性は重量系に割り当てられている。属性ごとの特性によって、運動性能や様々な部分に加護が与えられる。つまり重量系の属性使いなら簡単に高威力の攻撃を出すことが出来、ブランカーの相手もしやすく、逆に軽量系の属性使いだと、それが難しいということ。
 だが、特殊属性と呼ばれる天属性なら、そのレッテルも超えて行ける。
「……はぁッ!」
 相手が大きく振りかぶった斧を回避し、即座に距離を取ると、空中に身体を浮かせる。正確には天属性の能力によって飛翔を開始したのだ。空中に躍り出たその翼は刃と同時に赤色の光を纏わせる。少し視界すらも赤みかかる。
 刀を大振りに振り、体ごと回しながら高速で接近し、回転切りを当てる。このスピードについてこれずに回避も防御もできないブランカーに対して、空中で瞬間的に方向を切り替えてもう一度斬りかかる。しかし、この連撃は刀による連撃だけではない。赤くほとばしっているのは翼も同じだ。高速回転しながら敵に急接近する際に当たる翼は、並みの剣よりも鋭い斬撃を放つ。これが輪廻剣術の果てに編み出した技。

 翼撃【赤赫灼セキカクシャク

 四方八方からとびかかりながら三振りの刃で一方的に切り刻み、ブランカーの真上へと急上昇する。急速転換をし、真上から位置エネルギーをすべてかけた一撃を見舞う。相手も上昇中にできた一瞬の隙に防御の準備をする。が、最後の一撃は自由落下ではない。翼とスキルによる加速を使っている。斧による防御など間に合うはずもない。
刀のスピードを生かした空中からの高速兜割り。

 その軌道によって切り裂かれたブランカーの身から、赤色の光が広がってはじけた。ブランカーと一対一で戦ったのは初めてだ。だが、ゼクルさんに教えられた戦闘方法を使えば、ちゃんと対処できた。バトルアクティブステップはブランカーにも有効らしい。それで少しだけ自分に自信が持てるだろうか。
 そして、その高揚感を剣術大会で発揮できるように、と。半ば祈りのように自分に言い聞かせて空を見上げる。


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 やはり、人工ゲートの進捗状況が気になった俺は、ライトと合流し、王宮内に来ていた。確かに氷河のことも心配だが、個人的な興味もある。人工ゲートの詳細を知りたい。
「ゼクルさ、準備は大丈夫なのか?」
「…まぁ、現状は問題なさそう」
「そっか。ならいいんだけど。…あっ」
 ライトがなにかを思い出して声をあげる。
「そういえばゲイルさんがお前が大会出るって聞いて興奮してたぞ」
「あー……うん。ここで出会わないことを願うか…」
「フラグ立ったな。お疲れ」
「クソがよぉ……」
 確かに今思えば完全にフラグが立った状態だ。おそらく、いやほぼ確実に出会ってしまうだろう。俺がするのは祈りではなく、あのめんどくさいテンションにどう対応するかを考えることらしい。
「……ここだ」
 ライトが立ち止まったのは研究棟のはずれにある古びた建物。レンガで作られたその建物に俺たち二人でゆっくりとその建物に踏み入る。二階に上がって廊下を歩くと、なにか大きな音が響く部屋の前まで来た。大きな音とは言っても爆発音や破裂音ではなく、ずっと鳴り続ける重低音。ライトに無言で促されて、恐る恐る扉を開ける。開けた先では十数人の科学者が固まって突っ立っていた。その彼らの中心には机があり、上に乗るは小型の機械。
 白衣を着る彼らが俺たちに気付いて頭を下げる。それに答えて2人で頭を下げ返す。
 そのまま彼らの輪の中に加わる。彼らに声をかける。
「あれが、人工ゲート装置ですか?」
「はい。今は小型機械での試験中です」
「ということは、大型のものはすでに完成してるんですか?」
「いえ、実は、大型のものは失敗していて……」
 普通はこういうものは中の構造が複雑で、機械が大型になってしまうから、小型化に時間がかかるのかと思っていたが、そうでは無いのか…。
 そんな俺の考えを見透かしたかのように、白衣の男が続ける。
「私達も驚いたんですよ。理論だけ組み立てて、試しに小型化したら、現状こちらの方がうまく行っていて」
「想定外…ってことなんですね」
 と、横からライトが入ってくる。その横には白衣の女性。俺に向き直って、頭を下げようとして、止まる。じっと俺の顔を見て、驚いたかのように…そうか、この人はおそらく…
「私はメグルです。あなた、あの時の……」
「……はい。お久しぶりです」
 そのやり取りを見た他の科学者が首をかしげるため、なんとなくでごまかす。
「まぁ、昔王宮で仕事した時にお世話になったんです」
「…そうなの!あのときはすごい助けてもらっちゃって。やっぱり属性使いってすごいなって…!」
 俺の考えを読み取ってくれたのか、話を合わせてくれる。あのときも俺たち三人のことを気にかけてくれた。自分たちも辛かっただろうに。それでも、自分を後回しにして、俺たちのことを気にかけてくれた。そんな優しさがあのときも今も、俺の中に染みて、


 何故だろう、しみて、痛い。ツンと刺すような、鋭く、甘い、痛み。


 『あの時のあの子は?』なんて、聞かない。何かあったのなら、傷口をえぐってしまうことになるから。それを、恐れているのだろう。大丈夫、なんとも無いのに。

「……それで、今日は何の用で来てくれたの?」
「実は、俺の仲間がゲート発生に巻き込まれてしまって…」
「そうなんだ…それって…」
「いや、あの時いたあいつはまた別のところにいるんです。また他の仲間なんですけど」
「そうなんだ!その子はどっちからどっちに飛んじゃったの?」
「こっちから別世界へ、です」
 とライト。
「うーん、向こうの世界の物があれば行けるんだけど…無いよね…」
「そう…ですね。ちなみにどういう理屈で世界の選択とかするんですか?」
 ライトが聞く。確かに、それがなんとなくでも分かれば、手がかりがあるかもしれない。
「そうだねぇ…簡単に言うと、周波数かな。その世界の物にはその世界の周波数がついてるって感じ」
「なるほど」
 ライトが諦めるようにつぶやくが、俺の頭には一つのアイデアが浮かんでいた。
「これ、使えますか?」
「え?」
「この無線機、世界観を通じてあいつとつながるんです」
「そうか、つながるのも珍しいと思ってたけど…」
「それ、ホント?つながるの?」
 ちょっと借りるね!と言って持って行った無線機を機械で調べていく。しばらくしてから、PCに映し出された周波数グラフをみながら、何やらメモを取っている。近づいてグラフを眺めてみるが、何のことだかさっぱりだ。
 彼女は立ち上がると、そのメモを男の科学者に渡して、指示を飛ばし始める。何か、あの無線機によって進展したらしい。俺たちはこの状況に質問をせずに、見守ることにする。
「ごめんね、何が起こってるか説明だけするね」
 と、メグルさんが俺たちの元へと戻ってくる。
「いつもは物体を調べて、異世界の痕跡を出していくんだけど、今回は物体の移動がないんだよね。だから、電波を調べてみる」
「電波?」
「そう、電波。無線機がつながるってことは、電波がこの世界と問題の別世界を行き来していることになるから、無線機内部に残されてる帰ってきた電波の跡を調べようと思うの。だからこの調査をするなら、あの無線機を分解しなくちゃならないんだけど…」
 あれは俺のものではない。ライトから借りていたものだ。俺はその質問の意図を汲み取ると、ライトの方へと向き直った。が、俺が完全にライトの方に向くよりも早く、ライトが毅然とした声で答える。
「お願いします。無線機一つぐらいどうとでもなります。」
「おっ、あれは君のものだったんだ。わかったよ!」
 彼女は頷くと、また小走りで機械の方へと向かっていくと、いろいろと操作をし始めた。
 その時、ライトが俺に小声で話しかけてくる。
「あの人、もしかして王宮と戦った時の…?」
「……ああ」
「……そっか。あえてよかったな」
「…だな。」
 ライトはあの時のことを知っている。俺が以前話したことがある。知り合って間もない頃のことだ。レナに話さなかったのは信用していなかったからではない。俺たちの中で、この話を受け止めるのがつらいだろうと思っていたからだ。他のメンバーもほとんどは知らない話だ。単純に、こんな話をどんなタイミングで言えばいいんだ。聞かれたのなら普通に答えるが、自分から言い出すのも変な話だろう。
 ふと、机の上の機械を見ると、少しずつ光り始めている。青い光が広がり、空間がゆがんでいく。そんな神秘的な光景を見ながら、ふと考えを巡らせる。ゲートは空間の歪みによって起きる超常現象だ。そんな超常現象を、人間が操ることは自然なことなのか。
「自然なことじゃないかもね」
 隣に来ていたメグルさんが、俺の考えを読み取ったかのように話し始める。
「もともと自然にしかなかったものを人間が操るようになるのは。その後に何が
起こるかもわからない」
 俺もその不安のような感情には覚えがある。初めて剣を握った日、初めて実戦を迎えた日、『初めて』があるときは、だいたい不安があった。しかし、
「それでも、その先を見てみたい」
 俺が、ほぼ無意識につぶやいたその言葉に驚いたメグルは一瞬俺の方を見てから、青い光に照らされたまま、軽くにこっと笑った。
「…そう。見たいの。私達は、わがままだから」
 俺もやっぱり、そんな気がした。


 だとしても、心に降る、花びらをこの目で見てみたい。そんな願いは、果たしてわがままなんだろうか、わからない。
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