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第十七章

焔 ~前編~

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 九月12日。その日にアルヴァーン戦争が開戦してから、すでに半年がたっていた。今日の日付は三月四日。このごろ、俺たちは少しずつ戦争しているという状況に慣れ始めていた。別に油断し始めていたというわけではない。ただ、常に気を張りながら、来る日も来る日も人を斬るという現実を当たり前のことであると、そんな認識を持ち始めていた。しかしその認識が正しいわけがない。俺とライズは戦争の中で、少しずつだがタガが外れる感覚を覚える。どちらからというわけでもなく、俺たちは戦いの合間に、戦いとは無縁なものを趣味にして自分を保とうとし始めた。例えば、花の観察。おおよそ若い剣士が趣味に選ぶものとしては珍しい。が、俺たちにはそういう時間が必要だった。なぜなら、そうでもしないと、自分が果てしなく続く戦いに慣れていくことで、殺人マシーンとなってしまいそうだったから。自我を保ち、そしてなおかつ国を守る。そのためには必要不可欠な時間だった。やがて、俺たちのように穏やかな趣味を持つものが増えて行った。みんなの考えが俺たちと同じように変化していったのだ。このままではいけない、戦いに呑まれる、と。
 おそらくその考えはあっていたのだろう。俺たちのように趣味を持たなかった剣士たちは、少しずつだが確実に精神を病んでいったと思う。俺は彼ら本人ではないから断言はできない。

 だから、俺たちは何気ない会話を大事にしていた。
「ライズ」
「…なんだ?」
「お前、やっぱり派手な装備好きだよな」
「だって派手な方がかっこいいじゃん。お前はロマンが足りなさすぎるんだよ」
 そう言いながらライズは剣を抜き出す。白銀の刀身と柄。柄の一部には赤の金属部分があてがわれ、柄頭には青の毛の束がぶら下がる。世界最鋭の片手剣、神龍剣。そして、それに対応するかのように存在する黒一色の片手剣。200kgを超える重さを誇る特殊な柄を持つ。電龍刀は、未だ覚醒状態にない。
「その剣もツンデレだねぇ」
「その言い方やめろよ」
「でも全然答えてくれてないじゃん」
「なんか凹むわ」
「認められてないわけじゃないと思うんだけどな」
「…どうなんだろうなぁ」
  と、俺が嘆くようにつぶやく。
 だが、電龍刀が覚醒していなくとも、並の刀剣よりもはるかに強い。この剣に命を預けようと思える程には信頼をおける剣だ。おそらく今後ずっとこの剣を使っていくんだろう。愛剣として、メインウェポンから外れることは無いんだろうな、と思う。


 それからというもの、俺たちは自我を失わないようにしながら、ギリギリの戦線に生き続けた。こちらの部隊には国からの安定した供給があったから、重傷者はいても死者はずっと出なかった。確かにゼロではなかったし、手放しに喜べるような状態ではなかったが、それでも俺たちは生きるために戦っていた。

 しかし、戦況が不利になった時期があった。


 四月の、いつだったか。少しずつ勢いを増す敵軍に、対処が追い付かなくなっていた時期だった。俺は諜報部からの情報をもとに、敵軍に苦戦している政府防衛軍第三本隊の救援に向かっていた。
 到着した俺たちが見たのは、一時的に戦線を離脱し、限界を超えて疲労している彼らだった。

 本隊がここまでやられる敵を、ここから先へと通すわけにはいかない。だが俺たちも道中に戦い続けたのだ。こちらの部隊もボロボロだ。実際俺の鎧も傷だらけだし、マントも一部破れている。俺は伝声機に状況を話しながら、あたりを見回す。滑る視線がふと止まる。一瞬声が止まるが、すぐさま報告を再開し、増援の要請を済ます。伝声機を右腰のホルスターに戻すと、顔なじみの元へと歩み寄る。

 ほとんどの剣士が壁際にもたれかかり荒く息をしている中で、一人だけその状況を見回しながら今後の作戦についてなのか、考え込む男。彼の装備もまた、ひどく損傷しているのが見て取れる。だが、防具が完全に壊れているような様子はなく、得物が刀であるせいもあると思うが、丁寧な戦いをしていることがよくわかる。
 その背中から生える白い翼の持ち主に声をかける。

「久しぶりだな、天」
「あぁ、ゼクルさん!」
 驚いた声を出して一瞬笑顔になりかけるが、今の状態を考えて、またもや真剣な顔になる。
「ゼクルさんも駆り出されたんですね…」
「あぁ、俺だけじゃないけどな」
 俺は周りをみながら続ける。
「国にいたほとんどの剣士が駆り出されている。彼らをここで失うわけにはいかないから、国を上げて補給を確立させているけど、」
 俺はそこで自分の左手の籠手を見る。籠手は傷だらけだ。修復する暇はない。
「この安定にも限界がある」
 俺のその言葉を聞いて、声音を低くして、天が話す。
「……限界、どう見ますか?」
「…残り、持って半年だろう」

「半年以内に終わらせなければいけない」
「…あぁ、この戦いにはタイムリミットがある」



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 目の前にいる黒衣の剣士の寝顔を見ながら考える。ゼクルはここ最近で一気に疲労していた。だが、真の問題はそこではない。ゼクル本人には言っていないが、剣術大会当日にゼクルの身になにかあったのはなんとなく察している。ゼクルの剣気が一気に乱れた瞬間があったからだ。
 おそらくあのタイミング。あのときに何かあったのは間違いない。そして、予想はつく。ゼクルの過去を突きつけられる何かがあった、ということなのだろう。それが、果たしてライズ君の件なのか、それとも、また別に何かあるのか。

 そういえば。と、ゼクルが以前言っていたことを思い出す。

――国直属の特殊部隊に…

――今は解体されて…

 ゼクルが所属していた特殊部隊。すでに今はないとされる特殊部隊の情報がこうも知らないものなのか。あの場所において、もっとも知っている可能性が高いライト君でさえ、『そんな情報はなかった』と言っていた。
 政府にかなり近い立場である騎士団の、さらにその団長が知らない、特殊部隊。そんなものが本当に存在するのか。そんなレベルで情報を隠匿されてしまえば、もはや幻だ。

 だとすれば、もう一つ謎が生まれる。
 ゼクルを呼び出した人物。いったい誰なのか。もし、私が知る人物であるならば、その男を締め上げ情報を聞き出すことも視野に入れるだろう。もうなりふり構っている場合ではない。
 ゼクルは実際に過去と戦った。まだ決着はついていない。それでも、これから彼は少しずつそこのない闇へと足を進めていくのだ。彼の欲するものはその闇の向こう側にある。何と向き合い、どんな感情を抱き、なんと言葉を紡いだか。私は知らない。彼の過去を。
 彼の体に外傷はないようなので、私が突然気にかけるように話題に出すのも不自然だ。だが。

 もし、彼の内部に私も知らない側面があるのなら。いや、絶対にあるその側面を私が知ったとき。

 私は必ず。この、目の前の剣士を。

「ふふっ……私も馬鹿だなぁ」
 静かにソファから立ち上がると杖を手に取る。
「私は、あなたに助けられた。そんな恩なんて、返しきれるものじゃないから」



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 目を開ける。少しまぶしくて、目をしばたたかせる。朝日……ではない。夕日だ。窓から弱々しく、そして優しく入り込んでくる光に徐々に目が慣れる。
 目が完全に開くと、俺の目には天井が映る。俺は確か…レナと家に帰ってきて、そして……。
「…悪夢なのか、郷愁なのか…はっきりしろよな…」
 俺は手をつきながらゆっくりと起き上がる。ソファに横たわっていた俺の身体にかけられていた薄い毛布をはがしながら長い溜息をつく。
 夢を見ていた。昔の夢だ。
 アルヴァーン戦争。あの戦争では、色々なものを失った。そして得たものは少ない。しかしながら、何も得なかったわけではない。
「………」
 口が自然と動いて、無音の台詞をぽつりとこぼす。それと同時に、流れ込む斜光が、やけに目に染みた。
 俺が求めていたのは、彼との再会。ずっと一緒にいるなんて、そんなことは望まない。ただ、聞かなくちゃならないことがある。答えをもらわなくちゃいけない問いがある。


 わがままだ。



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「撃滅剣《ソードブレイカー》か」
「ああ…面白そうな奴ではあるが、俺が相手するのは野暮だな」
 この男、ガルスタは覇剣。その異名の由来は数十年前の魔神王討伐のさらに前まで遡る。三人がパーティーとして名を馳せた頃からだ。
「だが、そうだね…ここは私たちの出番じゃなさそうだ」
「リゲル、お前はそれでも手を出すだろ」
 そういわれると、つい頬が緩む。彼らは言うならば自分の子供のような感覚
だ。彼の戦いにはできる限り力を貸してやりたい。

 近頃、不穏な気配が漂っているのを感じ取ることがある。おそらくその気配の持ち主が近いうちに何か大きなことをしでかすのだろうと思う。だが、お空気宇それを止められるのは私たちではない。その敵の目の前に立ちふさがるのは私たちのやくではなく、すでに時代は彼らの時代へと変わっているのだろうと思う。


 そこそこに広い店内を見回す。酒場である故か、昼間でもそこそこの人数が入店しているこの場所で話すべきか、一瞬迷う。
「…どうした」
 ガルスタが自分のジョッキを一気に煽る。
「……黒龍について聞きたい」
「あいつか…」
 そういうと、ガルスタは目を細めて右へと顔を向ける。黒龍の出現が十年前から確認されていないのにも関わらず、ここ最近でたまに奴の気配を感じることが増えてきた。黒龍は何かしらの力で姿を変えて町中に潜んでいるというのだろうか。しかし、黒龍の気配とは特異なもので、奴本体だけではなく奴が長く触れていたものには気配がこびりつく。こびりついた気配は何をしても故意的に落とすことはできず、自然に消滅するのも数十年とかかるという。が、実際に黒龍と遭遇したことのある私やガルスタに黒龍の気配がついていないところを見ると、黒龍が触れてから気配がこびりつくまでは想像を絶するほどの気配が必要だと考えられる。
 どちらとも考えにくい。だが黒龍の気配は確かに存在している。だからこそ、このどちらなのかがわからない。私たちの中で、第六感が最も鋭いのはガルスタだ。この男に聞くほかに、真相に近づくショートカットは存在しない。
「あいつは、かなり近くにいる」
「本当か!?」
「ああ。だが…」
 ガルスタが珍しく言いよどむ。
「なんだ?」
「……たまに消える」
「……消える…?どういうことだ」
 私のその質問に対して、ガルスタは頭を掻きながら顔を正面に戻す。どうやら今の質問に対して、答えを持ち合わせていないようだった。
「…まぁ、なんだ」
「……?」
「……奴さんなら、派手なことはせんだろ」
 ガルスタの感覚ですら、たまに見失うほどの気配なのだろうか。しかし、ガルスタの索敵能力や第六感ですら探れないとなると、黒龍の居所は完全につかめない。黒龍が今から人類に対して何か攻撃的な行動をとるとは思えない。奴は龍の中でも最強格でありながら、人類と友好的な関係を築いてきた。確かに、黒龍を傷つけようとした国に対して報復をしていたことはあるが、それでも人類すべてに対する憎悪を抱くことはなかった。十年前に姿を消した理由にもよるが、それでもいきなり攻撃的になるとは思えない。違和感を抱きはするものの、この状態から絶対に対処しなくてはいけない状態になることはほぼないだろう。

「…また出るのか」
「あぁ。そろそろな」
「そうか。……そういえば一つ聞きたいことがある」

「……お前は彼に会う気はないのか」

「あぁ。まだ時期尚早だ」


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 俺は連絡を受けてその場にいた。憲兵団の特殊犯罪者収容房、目の前のソレには大きく穿たれた穴が開いており、向こう側の景色が見える。その向こう側の景色とは、東六区の街並みであり、穿たれた穴とは炎の熱量によって壁が溶けたことによって生じた穴である。
 今、俺と共に現状の確認をしている他十名ほどはそのほぼ全員が憲兵団の人間だ。実際、俺をよんだのは彼らではなく(元を辿れば彼らなのだが、直接的な呼び出しをした人間という意味では彼らではなく)、騎士団からの要請。もっと言えばライトからである。普段ならば巻き込むなという一言を投げかけるものだが、今回ばかりは事情が事情だ。無理もない。
 通常、属性使いの犯罪者はコアブレイクされた状態を保つ特殊な拘束具によって拘束された状態でこの特殊犯罪者収容房へと投獄される。見張りも厳重。凄腕の属性使い達が敷地内を絶えず巡回している。言わずもがなではあるが、警備は超がつくほどの厳重さなのだ。
 俺は焦げた地面に手を突きながらしゃがみ、足元に落ちていた鉄板を拾い上げた。焦げ付いた表面についた灰を手で払うと、文字が現れる。



『囚人番号1794256 カトラス・コ―バッツ』

 元反政府軍少将・紅蓮のカトラス。
 脱獄。

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