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第十九章

底 ~前編~

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 剣術大会は俺とライズが分かれてゲリラ戦に移行したことが功を奏したのか、順調に進んでいった。廃墟にいた相手は殆どいなくなり、俺はなんとなくの予感を持っていた。
 そろそろ残りの参加者が数名のみになるだろう。きっとライズもまだ残っている。俺はライズと戦う事になる。本気の彼に俺は勝てるのだろうか。彼自身は謙遜しているものの、実際彼は前回大会で上位入賞している。俺とは違うレベルにいたのだろうと思う。俺は彼の気さくな性格がとても好きだが、それとは別にここではもう一度会いたくない。そもそも彼の戦闘をほとんど見たことはないのだ。それを見てみたい気もするが、それ以上に前述した感想が浮かぶ。
「……行くか」
 同じ場所にとどまり続けるのは危険だ。完全な自論だが。そのため俺は常に移動しながら戦い続ける癖をつけている。そのせいだろうか、あまり長期戦を経験した事はない。想定上で訓練はしているが、実際に長期戦に持ち込まれればどうなるのかわからない。もちろんこの時にずっとそのことを考えていたわけではないが、この日に初めての長期戦を繰り広げる事になるのだ。


 激しい剣戟の嵐に目がくらむ。剣と剣の間に火花が散るのは当然、その景色に見せられるのも同じく当然。剣同士を激しくぶつけながら廃墟の中を駆け抜けていく。後ろ向きに走りながら索敵スキルを発動する。このスキルを応用して、見ていない方角の障害物を把握するためだ。地面に転がる鉄パイプや壁が崩れて散らばった破片の数々をかろうじて回避しながらも剣の応酬を続ける。
「ははっ……やっぱり君はすごいやっ……!」
「ふざけるなどこにそんな余裕があるんだお前!」
 ぶつけられる剣はとても重く速い。ライズの剣は俺の剣よりもずっと強かった。かれこれ五分ほども戦い続けているものの、ライズは疲労している様子を見せない。(体格のことは俺も人のことは言えないが)その華奢な身体のどこにそんな体力があるのか。まったくもって不明である。

 しかし。しかしである。
「ソニックバーストッ!」
 ライズはもちろん、この剣術大会に出ている他の剣士たちの大半が勘違いしている現実がある。この世界において、スキル発動に技名の詠唱は必要ない。剣術大会だけを見て剣士を志せばほとんどの人たちが勘違いするだろう。なぜかと言われれば、それは実際に技名をつぶやいたり叫んだりする人間が格段に多いからである。技名を叫ぶ理由は大まかに分けて2つある。

 一つ目に考えられる理由は、見栄えの問題である。もちろんのことながら剣術大会とは実践の類ではない。確かに実力は必要不可欠だし、形式は実践に近いが、それでも観衆の目を惹きつける娯楽の一つである。その性質を理解して、なおかつエンターテイナーとして参加している選手たちならばこの考えに基づいて行動するため、魅せるために技名を叫ぶ事が多い。
 2つ目に考えられる理由は、俺と同じタイプであるという理由。つまりは、必要のない詠唱をすることによって、自分の中でのイメージを固めやすくする技術である。俺もこの考えを持っていて、完全武装やスキルの名前を叫ぶ事がある。実際に今から起こす行動のイメージをどれだけ鮮明に持てるかによって変わる。と、信じている。実際に威力の違いを道場で経験したことがあるからわかる。この考えはかなり剣の核心に近い。


 だからこそ、俺は厳密にいうと詠唱の必要性がないことも知っているし、いざとなれば無詠唱でスキルの発動もする。

  無言で発動させた片手剣ソードスキル・グランドブレイブは、いわゆるスーパーアーマー技で、ライズが発動させたソニックバーストによって発生した風圧を関係なしに突破する。右下からの高速の斬り上げがライズの青のプレートアーマーに当たると同時に彼の身体は空中に浮き、そのあとの三連撃の命中を確実なものにする。左下からの斬り上げ、そのまま身体を捻って左からの水平斬り。最後に切り返して右からの水平斬り。四連撃がすべて命中したところでライズの身体が大きく吹き飛び、廃墟の壁へと向かう。しかし、彼はただでやられるような剣士ではないだろう。

 吹き飛んだ彼は剣を腰の鞘に直しながら、なんと空中で身体を捻り、壁を全力で蹴りだしてこちらへと戻ってきたのだ。

 ――そんな動きが人間にできるのか!?

 咄嗟に反応などできる訳もなく、そのダイブ抜刀攻撃をもろに喰らった俺は、そのままコアブレイク。そこで俺の2回目の剣術大会は終了した。

 結果は八位。俺と剣を教えてくれた2人は順位を大きく伸ばしたが、あの2人は同時にこの大会を引退することに決めたらしい。と言っても悪い意味ではなく、憲兵団にスカウトされたと言っていた。

 ライズに関しては、俺の一つ上の七位だった。本人曰く、俺との戦闘で体力をほとんど使いきってしまったという。

 俺とライズはこうやって知り合った。翌年の剣術大会ではライズが優勝した。俺とライズは既に立派な親友同士だった。ライズの優勝はこれ以上ないくらい嬉しかったし、それと同時に奮い立たせられるものがあった。その翌年、今度は俺が優勝。ライズも喜んでくれたし、当たり前だが、俺もとてつもなく嬉しかった。

 しかし、翌年の剣術大会を最後に、この二人の剣士は共に姿を消す事になる。

翌年の第十二回統一剣術大会が終わって五か月ほどで、アルヴァーン戦争が始まったからである。



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 にじり寄る足音に耳を澄ませながら、物陰で息をひそめる。手に握った剣は黒い直刀。特徴的な柄を持つこの剣を静かにに握り直しながら物陰から一気に飛び出る。

 相手は慌てて構えるが、すでに俺は全力の加速をかけている。加速しきった俺の剣から逃れることなどできるはずもなく、無茶苦茶な五連撃でその男をコアブレイクする。今の戦闘(と言っていいのだろうか)の音を聞かれたと仮定するなら、ここから一気に場所を変えなくてはならない。半年ほど練習してやっと手に入れた技術を使って足音を出さずにダッシュする。さすがに全力では走れないものの、そこそこのスピードを出せるようになった。

 ダッシュで崩壊したビルの内部から出た俺は、そのまま市街地跡の瓦礫群に身をひそめる。座り込んだ状態で細く息を吐くと、自分の左手を見つめる。小さな左手だ。

 この左手は他の誰かが思うよりも、そして自分が思うよりも強い。今までいろんな強敵と撃ち合ってきたこの手だが、なんとも不思議なことに、この手はいまだに耐えている。それどころか、まだ戦いを求めているような気さえする。俺も立派な戦闘狂の仲間入りだ。

「ふっ」
 心の中で自虐していると、思わず笑いがこぼれる。その瞬間、どこからともなく声が響く。
『現在の参加者が残り2名になりました』
 左手をぐっと握りしめる。俺はおもむろに立ち上がり瓦礫群から離れると、そのまま都市部分の中央を目指して歩いて行った。

 このフィールドの中央には、大きな闘技場跡がある。俺達は今そこへと向かっている。そう、俺とライズの2人である。以前、フィールドの下見中にライズがつぶやいた言葉を覚えている。
『最後はここで決着付けたらエモくない?』
『まぁ、そうだけどさ。そう上手くいかないだろ』
『まあねー!』
 今残っているもう一人が誰なのかを正確に知るすべはない。そのもう一人がライズであるという証拠など存在しない。けれどそれでも、なぜか確信があった。もう一人はアイツだと。

 歩きながら思い出すのは前回の剣術大会の最後のシーンだ。俺とライズがかなり初期の段階で出会ってしまったため、2人とも消耗しながら20分ほども戦い続けた。結果、俺がライズの渾身の一撃にギリギリでカウンター入れる事に成功し、何とか俺が勝ったのだ。その時点で残り2人を知らせるアナウンスが流れ、刀の男と相対した俺は彼に対してメテオドライブを放ち、吹き飛ばしてからグランドブレイブで追撃する。
 追撃の所撃は弾かれかけたものの、連撃の威力でごり押しして無理やり技を入れ込む。そのまま前へと突進して、もう一度突き技の構え。剣が一気に青に染まり、轟音を放ちながら流星を撃ちだす。

 アルビレオは、本気を出せば射程など関係ない。流星という技の異名に違わず、心に従って射程を伸ばせる。

 俺はアルビレオで突進しながら威力をさらにブーストし続けて、ついに相手をコアブレイクした。


 その瞬間に、俺を称えるブザーがすべての鼓膜を大きく震わせた。


 これが俺の初めての剣術大会優勝の記憶。前回の光景だ。
 目の前に現れた円形の建物に入る。この建物の内部構造は知っている。この建物は北と南に選手入場口がある。このどちらを選ぶか。これは直感的に正解が分かる。中のうす暗く狭い通路を左に右に曲がって進んでいく。

 立ち止まってしばらく待っていると、逆側入場口に人の気配が現れる。
「……カメラ、見えるようにしてくれませんか」
 一人でつぶやく。もちろんこの声は運営に向けたものだ。十秒ほど静寂が続いたのちに。俺のすぐ右側に浮遊するカメラが現れる。そのカメラを横目で見ながらニッと笑う。ピースすると同時に歩きだす。俺の目の前に広がる栄光の舞台。純光の向こう側へと。



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「……んん…」

 ゆっくりと目をしばたかせる。まぶしい光が俺の虹彩を瞼越しに刺激してくる。その光に耐えながら目を開けると、目の前には太陽……ではなく。
「あ、起きた」
  逆光の中で目の前に現れたのは、顔のシルエット。
「……顔、ぶつけるつもりか」
「ああ、ごめんごめん」
 笑いながら顔をどけるレナ。ゆっくりと上体を起こしてから、大きく伸びをする。

「ふぅ…」


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 彼は、いったいどんな苦悩を抱えて生きてきたのだろう。と言っても十七しか生きていないのに。それでも、その年齢に会わない苦悩と葛藤の中に生きてきたのは分かる。そのゆっくりとした伸びの動きに、あくびを噛み殺す後ろ姿に、無数の傷跡が見える。

 行方不明の父、病死した母、全滅した仲間、そしてかけがえのない親友。

 失ってきた数と同じ数だけ、傷跡があり。

 圧倒的な剣技、強い精神力、状況判断能力、超高速の二刀流剣技の適正。

 傷の数だけ、強さを持ち合わせ。


 私は、本当にこの人に必要な存在であれるのだろうか。聞いても無駄だ。そんなの『必要に決まってる』と返されるだけ。本人も心の底から思ってくれている。”魔法転送”なんてシロモノを使えるのは私とゼクルだから。でも私が言いたいのはそうじゃない。感情ではなく、実際に私がいなかったら。彼は戦えなくなるだろうか。”魔法転送”がなければ、彼は剣を置くだろうか。

 違う。彼はそんな事では止まらない。止められない。”魔法転送”なんてなくても彼は強い。彼なら、自分の力でデメリットを帳消しにしたはずだ。それに。


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 三月七日。
 アルヴァーン戦争の最中、その時、戦況はますます悪化していてこちらに対して不利になっている。
 そんなときに、敵襲の知らせが来た。この駐屯地に滞在しているのは第四遊撃隊と第五遊撃隊。並びに第三防衛本隊。つまりライズと俺、そして天がいる部隊だ。そして第五遊撃隊には龍牙、第三防衛本隊にはライトと氷河もいた。


 敵襲の知らせが来た瞬間に壁に立てかけていた真龍剣を握る。

 真龍剣。神龍剣という剣の対に存在する剣。


 敵襲に対して素早く準備して町中に飛び出す。この駐屯地があるのは西四区だ。この町は数々の争いによって既にほぼ廃墟となっている。

 そこで顔を合わせたのは刀を下げた男。ゆらりと構えた刀に対して一気に抜き放った剣を当てる。が、つけ焼き刃の抜刀攻撃ではいかんせん力が足りない。

 真龍剣の斬撃が弾かれ、当て身の衝撃を殺せずに勢い良く後ろへと吹き飛ぶ。そのまま体制を崩して倒れ込み、相手と目が合う。

 次の瞬間に迫ってくるであろう刃に、反応する為に相手の目と手に注目していたが、その時どこからともなく剣が飛んできた。同音異義の名前を持つ赤と銀の片手剣。

 神龍剣と、その使い手である俺の親友が飛び込んで来たのは、まさに俺からすると救世主であり、勇者そのものだった。

「僕の親友に剣を向けないでほしいな」
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