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第21章

ある日

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 地獄のような多忙の日々が終わり、やっと少しは羽を休める事が出来そうだと安堵している中、一つの知らせが届いた。それは手紙や電話などという穏便な方法ではなく、内容に関しても同様だった。

 レナの通信魔法によって状況を把握した俺は、文字通り街中を駆けまわっていた。常に索敵スキルは全開。単純な五感もフルに使いながら、街を走る。時折俺を見て声をあげる人々もいるが、今は構っている暇がない。

 俺が今探しているのは憲兵団本部を襲撃した大剣使いの男。通称”撃滅剣《ソードブレイカー》だ”。黒と赤のローブに身を包んだその男は、憲兵団を訪れると、突如として何名かに斬りかかり、彼らの剣を叩き折って、その場から逃走したらしい。逃走と言っても逃げ惑うようなものではなく、用済みと言わんばかりにその場から姿を消したということらしい。それにしても。事件発生から四十分ほどたった現在、さすがにこれだけの包囲網を組んでいるのだから、そろそろ見つかってもおかしくないはずだ。それでも男本人どころか目撃証言すら出ていないらしい。

 おかしい……とは、実は思っていなかったりする。

 理由は大まかに二つある。

 まず一つ目として、協力者の存在する可能性があげられる。こういう場合、基本的に内通者やそれに準じた協力者が存在する事が多い。この襲撃事件が突発的に起きた事件でない限り、内通者がいるのが普通ともいえる。そのためここまで隠れる事が出来るのも、別に不思議な事ではない。とてつもなく面倒な事態ではあるが。

 そしてもう一つの理由が、撃滅剣《ソードブレイカー》本人にある。奴は通り名こそ浸透していたらしい(ちなみに俺は知らなかった)し、危険視もされていた。それでも今まで捕まっていないのは、何故か。その方法までは知らなくても、その前例がある時点で、こうなる事は薄々分かり切っていたのだ。


 この2つの理由によって、この捜索が気休めである事はすぐにうかがえる。

「なんで俺がこれに駆り出されるんだ」

 そう、そもそも俺は王宮直轄の人間でもなければ、憲兵内部の人間でもない。しかも今説明した通り、この捜索は気休めだ。だからこそ何故俺が招集されたのかわからない。俺に連絡してきたのはレナだが、彼女本人は上記のような事を知らないと思われるし、レナに俺を呼べと言った人間がいるはずだ。レナは上記のようなことを考えていないだろうし、考えていたら俺を呼ぶ前に反論しているだろうと思われる。
 俺も、レナにそのあたりの事情を聞いたりしなかったが、その理由は単純で”その時にはこの考えに至っていなかった”からである。そんな速攻でそこまで考えられる頭脳は持ち合わせていない。



 この今の状況について考えていたその瞬間、索敵スキルに強い反応。その方向は、遥か前方。纏っている魔力を見る限り、男だ。戦闘にかなり慣れた人物。

 まさか、コイツが?

 俺は剣を抜きながら、ビルの上で止まる。風が吹く。優しくて、強い、命の風。

 その風に乗るように、ほとんど音を立てずに飛んできた刃を、ほぼカンで弾く。



 鋭い金属音が鳴り響き、飛んできた片手剣は高速で回転しながら宙を舞い、そのまま一本の手に収まる。

「やだねぇ…。超反応ってやつは」

「誰だ、お前」

「ベルドって呼んでくれ」

「ベルドくん、君、俺とやりあうつもり?」

 すると、その細身の男が高めの声で返してくる。

「そうだねぇ」

 俺はベルドに低い声で返す。

「お前、俺に勝てると思ってるのか?」
「無理だろうねぇ。けど……」
「時間稼ぎぐらいにはなr」

 俺はそのセリフが終わらないうちに抜いたままの剣を右手で投げつける。ベルドの喋りながら浮かべていた笑顔が一瞬で消え、逆手持ちしていた片手剣でギリギリ、ソレを弾く。空中でその剣をもう一度掴むと、左足をベルドの剣に乗せてそこでそのままソードスキルを発動させる。左足に無理やり体重をかけて身体を持ち上げると、右手の剣から光が迸《ほとばし》る。
 一瞬強く赤色に光った後に、それ以上に強く青色の光をたたえると、超高速でその剣先を撃ち出した。細剣用重突進技アルビレオは、ベルドの身体を大きく弾き飛ばしてはるか下、路地の奥の方へと消し去る。

 瞬間的に振り返り、索敵の反応にあった方向へと走る。20秒ほど走ってから、もう一度索敵のスキャンを使用する。
 その時、2つ前の路地から赤と黒の服を着た男が出てくる。索敵の反応をみるまでもなく、こいつが撃滅剣《ソードブレイカー》だ。その男は当然、鞘も持たずに大剣を右手に下げて立っていた。男は奇妙なほどにゆらりと動いて、俺の目の前五メートルまで近づくと、低いドスの効いた声で話し始めた。

「お前……全剣天王か…」
「……だったらなんだ」


「お前の剣ももらおう」

「……っ!」

 俺はそのセリフを効いた瞬間に大きく後ろに飛んだ。抜刀するときのような硬く鋭い殺意を感じたからだ。しかし敵は動いていない。

 こいつ、まさか生き残りか。

 そう考えた瞬間に、俺の右手に力がこもった。普段の自分では考えられないほどの力がそこに加わり、本来どんな衝撃にも耐えうるはずの電龍刀がきしむ音が聞こえた。


 この力の大きさはまずい。このままでは、俺はまた同じことを繰り返す。


 その俺の一瞬の逡巡を狙ったかのように、大剣が高速で上から落ちてくる。俺はほぼ反射的に右に飛んで回避する。右手の愛剣を咄嗟に逆手持ちに持ち変えて、超近接戦、いわゆる”ゼロレンジ”へと移行する。大剣という大きな武器に対しては、できる限りグリップに近い位置に攻撃を当てたほうがパリィが格段にしやすいためである。力を込めながら右手の剣を握り、一気に距離を詰める。大剣を引きずるかのようにこちらに振った。それを見ると、思い切り上に飛ぶ。左足を大剣に乗せて右手の剣を左から一気に振り切る。
 が、その動きを阻まれる。一気に上に大剣を動かしていたため、俺の身体が一瞬宙を舞う。左足を思い切り踏み切って、横向きに回転しながら地面に着地する。同時に逆手もちから順手持ちに持ち変える。今度は右側から剣を突き入れる。が、高速で斬り返された。その広い刃に防がれて電龍刀が弾かれる。弾かれた際に発生した慣性を利用して大きくバックステップ。

 こいつに関しては情報がない。記憶のどこか片隅にもいるような気配はない。だがなんとなく、こいつからは”同類”の匂いがする。

 血で血を洗う人間。すでにその手を汚した殺戮者。アルヴァーン戦争の生き残り。こいつはおそらくあの戦争を生きた人間だ。


「お前、一体何が目的なんだ?」
「…お前には関係ない」

「おいおい、冥土の土産に教えてくれよ」
「……話すメリットがない」

 ほーん。こいつ、極度に人間に興味がない。先程俺の剣をもらうと発言した瞬間はもっと強い”殺意”を感じた。こいつは俺のことを殺すんだと、命を奪うことに躊躇などないのだと。そんな気にさせるほど、強い殺気だ。

 その一方で、こいつは人間に興味がないらしい。つまり、”剣をもらう”ことの邪魔になるから戦っているだけなのか。

 ”剣をもらう”というのが言葉通りの意味なのか、隠さている意味があるのか、ソレはわからない。外見上は完全に叩きおられているようにしか見えなかったという。それもかけらも残さずに。が、『お前の剣ももらおう』という台詞から考えると、対象は複数いるらしい。ならば襲われた憲兵団員に、いや、彼らの剣に用があったのだろう。

 そして、その対象の中に俺の剣もいるということ。狙われる可能性が最も高い剣。ソレは言わずもがなである。

 右手の中の黒い片手剣に視線を落とし、しっかりと握り直す。雷属性での限界を超えた加速を使用し、一瞬で目の前まで移動する。右側からの全力の斬撃をギリギリのタイミングで回避された俺は体勢が崩れたソードブレイカーに右肩からのタックルを入れる。そのまま連続攻撃を仕掛けようとした瞬間。俺の耳に微かな異音が届いた。その音の正体は、足音。

 即座に右手を引き戻して背中に剣を回すと、金属音と共に背中に鈍い衝撃。この感覚は、背中に放たれた斬撃を背面でガードしたときの感覚に他ならない。

「……さっきの攻撃、めちゃくちゃに痛いよ…」
「……はっきり言えよ。もう一度ぶっ飛ばされたいんだろ」

 背中越しに皮肉のぶつけ合い。俺には全くそんな気はないが、この後ろの男。ベルドはこの戦闘を楽しんでいる。

 俺は身体を捻ってベルドに右足を押し付けて思い切り蹴りつけると、後ろから聞こえてきた風切り音に気付く。即座に右にローリングで回避すると、立ち上がりながら剣を左手に持ち変える。右手の指を音高く鳴らすと、どこからともなく三本の剣が飛んできてソードブレイカーとベルドを押し込んでいく。その隙に剣を左手で握ったまま特殊スキル【ウェポンチェンジ】を発動する。俺の右手の中にあった電龍刀が吸い込まれるように消え、代わりにその手の中に片刃の片手剣が現れる。簡素なグリップと刃とは裏腹に、その柄はとぐろを巻いた龍があしらわれている。

 この剣の名は真龍剣。世界最硬の剣ともいわれているこの剣ならば、ソードブレイカーの攻撃に耐えうるかもしれない。真龍剣を強く握り直すと、俺は一気に走り出した。ソードブレイカーに向かっていた剣をすべてベルドに向け、ソードスキルを発動。片手剣用突進技【メテオブレイク】。

 メテオブレイクの渾身の一撃は、ソードブレイカーの大剣の側面へと激しくぶつかった。火花を散らしながらも一瞬の硬直の後に、相手を大きく押し込んだ俺の剣はそのままソードブレイカーの身体を吹き飛ばした。

「うっそだろ…」

少し離れた位置から聞こえるのは首筋に剣を突き付けられた状態のベルドの声。ソードブレイカーの姿は見えない。

「…逃げたか……?」

俺はあの男の性格を知らない。だからこそ、なんとも言い切れない。だが、俺はなんとなく思ってしまうのだ。あの男が、そう簡単に逃げはしないのではないかと。その瞬間、脳内に聞き覚えのある声が響いた。

『右方向、火炎!』

「クソッ!」

 俺は即座に右手をその方向へと振る。振った右手から無数の雷撃がほとばしり、迫っていた火炎攻撃を相殺していく。その火炎の中を、素早く動く影を見つける。その影は、ベルドがいたと思われるところから素早く移動し、ギリギリ火炎から逃れた場所で、止まっていた。


 こちらを見ている。直感的にそう悟ると、背筋に何か冷たいものを感じた。















 俺は、この光景を見たことがある。









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