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第6章
第43話 血と汗と涙の結晶
しおりを挟む『まず、自分の身体全体を包み込むような、暗い色の円を思い浮かべる。その中心に魔法石のデザインを思い浮かべ、魔力をそこに流し込み、呪文を唱えながら一気に固定・結晶化させる』
「まだ駄目か……」
掌でころんと転がる、花弁の一枚欠けた薔薇のような形のそれを見て、俺は肩を落とした。
師匠による魔石の生成法の説明は非常にざっくりとしたものだった。
先に形をイメージして、そこに魔力を流し込む。
それは解る。
だけど、固定・結晶化ってどうやってやるんだ?
そもそも魔力とは定型を持たない。
魔力とは魔粒子の集合体だけれど、魔粒子がイメージ上でビーズのように見えるのですら、便宜上俺が勝手に想像しているだけに過ぎないのだ。
それを押し固めて実際に実体化するなんて、どうやってやればいいのだろうと頭を抱えた。
肝心の部分が不親切だ。
俺的には悩んでいても仕方ないとやる気を出せた事が奇跡に近かった。
そして、玉砕覚悟で実践した結果、意外にも簡単にそれは具現化してくれたのだが、これが落とし穴であった。
『なんだ、簡単じゃないか』と図に乗った俺だったが、そこから先が前途多難だったのである。
最初に試したのは一番ポピュラーであり、初歩の球体だ。
味は試していないので判らないが、見た目は母上のそれとそっくりである。
続いて本番に取りかかった俺だったけれど、薔薇の花を象った筈のそれは、凹凸のついた不格好な球体に仕上がってしまったのだ。
何度か試行錯誤を繰り返して判ったのは、部分部分に対する込める魔力の濃度の違いによって、色の微妙な彩あやや表面の質感、ひいては輝きに変化が見られるという事だった。
簡単に砕けてしまわないようにある程度硬度を高めるには、当然込める魔力の密度を高めなければいけない。
形のイメージを頭の中ではっきりと保ちながらの魔力の調整。
これが抜群に難しい。
おまけに魔力を圧縮しまくって注ぐものだから、消耗が半端無かった。
今の俺の体力と気力では一日に二回が精一杯だ。
失敗に継ぐ失敗。
一回試す度に身体中からごっそりと何かが持って行かれたような強い倦怠感に襲われて、だんだんと嫌気がさしてくるが俺はやめる訳にはいかなかった。
男が一度やると決めたら、それがどんなに困難であってもやるしかない。
男に二言は無いのだ。
失敗作から花びらを一枚折り取って、口に含む。
薄い、花の密みたいな味がした。
母上の魔石とは味は違う。
形とかイメージで味が変わるのだろうか?
それとも個々の魔力の性質の違いか?
普通はなんの味もしないと確か言っていた筈だ。
これはこれで美味しいと言う人もいそうだ。
特に薄味好みのディーとか。
俺はこれでは物足りないと思うけどな。
魔石には魔力濃度の高い場所で長い時間を掛けて自然に形成された天然ものも存在するらしい。
というか、そもそもその天然物の魔石に近いものをどうにかして人工的に作り出す事が出来ないかと編み出されたのが、この方法ならしい。
天然物はほとんどが含有魔力が高い代わりに、見た目があまり綺麗ではないものも多いが時に巨大なものが見つかるらしい。
一方、人工の物は人の保有魔力にも限界がある関係で、あまり大きなものは作れないらしい。
なんだか、天然もののダイヤモンドとキュービックジルコニアみたいな話だな。
失敗作を少しずつ口に含む。
子供の力でこんなに簡単に破損するなんてやっぱり硬度もまだまだだな。
結晶化の時にせっかく注いだ魔力が周囲に霧散してしまっている気がする。
集中力がまだ足りないという事か。
自給自足とまではいかないが、丸々一個を食べ終えた頃には疲労感が幾分か和らいでいた。
疲労回復にいいというのは本当のようだ。
今日もあと一回試して駄目だったら終わりにしよう。
目を瞑って、真っ黒な円を思い浮かべる。
そこへ自分の身体を投げ込み、次にその想像上の自分の手に薔薇の花を持たせる。
真っ赤な瑞々しい薔薇だ。
クラウゼヴィッツといえば赤が伝統だし、イルメラといえばよくやぱり、赤い服を好んで着ているように思う。
出来上がった魔石はアクセサリーに加工して渡すつもりだ。
しっかりと頭の中に赤薔薇を思い描いたところで、魔力を注ぎ始めた。
中心に向かって圧縮させるように調整を加える。
強く、硬く。
優しく、柔らかく。
薔薇が輝きを増すのと比例して、俺の意識が遠のいていく。
魔力の使い過ぎた。
身体に力が入らない。
だけど、あと少しだ、あと少しで……。
貝殻に耳を当てた時のように、ごうっと波のさざめきが耳元で聞こえる。
今だ!
「我が生よ、此処に具現化せよ」
カッと目を見開くと、思考が真っ白に塗り潰される。
眩しい光の中で幼い笑顔が見えた気がした。
「出来た……!」
手の中でキラキラと薔薇の魔石が煌めいている。
形も歪む事無く、欠ける事も無く、輝きにも一点の曇りも無い。
間違いなく成功だ。
本当なら飛び上がって喜びたいところだが、今の俺にはそんな気力は残されていなかった。
今にも気絶しそうだ。
しかし予想以上に綺麗だな、これは。
花弁の一枚一枚まで再現されている。
これまでの失敗作とは比べる事すら烏滸がましかった。
これ、食べようと思えば食べられるんだよな。
俺の魔力百パーセントだ。
添加物は入っていない。
個人的には食べるんじゃなくて身につけてほしいけどな。
萼がくの部分に金具をつけたら良い感じのアクセサリーになりそうだ。
と、その前にだ。
母上にもプレゼントするつもりだから、もう一個作らないといけない。
金具の方は俺一人じゃどうにも出来ないから、サプライズでプレゼントした上で巻き込んで、二つとも職人さんのところに持って行くつもりだ。
無理して自分でやろうとして、割れたり欠けたりしたら嫌だからな。
とりあえず、今からもう一個は無理だから続きはまた明日だ。
こうして俺は翌日、色違いの薔薇の魔石を完成させた。
二回目は一回目より幾分か楽に作れたと言っておこう。
「母上?」
「どうしたのアルちゃん?」
夕食後。
俺はそわそわと落ち着かない気持ちで母上に声を掛けた。
背中に回した右手には魔石が握られている。
いつもだっだらすぐにシャワールームへ直行する俺が話し掛けてきた事に母上はほんの少しだけ驚いているようだった。
僅かだが、瞳孔が揺らめいたのが見えたのだ。
女の人にプレゼントするのは、それが何であれ勇気がいる。
それがサプライズとなれば尚更だ。
誕生日や記念日なら相手もそれなりに察して渡しやすい雰囲気に持っていってくれるけれど、今回のような場合は自分でそういう雰囲気を作らないといけない。
心して贈り物をしなさいとは、前世の母の言葉だった。
『いい? プレゼントはその選定も重要だけれど、雰囲気作りも同じくらい大切よ? 女の子は皆ロマンチックな雰囲気で男の子から贈り物をされるのを夢見てるの。せっかく素敵なプレゼントでも、空気で台無しになる事があるんだから』
はっきり言おう。
まだお子様の俺にとってロマンチックな雰囲気作りはハードルが高過ぎる。
空気の操作となると、自分がその場の主導権を握る必要があるが、大人もいる場所でそんなものを易々と握らせてくれる訳がない。
そもそも、日本人の類いまれな空気読みスキルを持ってしても、それは難易度MAXレベルだ。
猫が飼い主の元に獲物をくわえて持ってくるイメージじゃいけないのか?
いや、渡す物はちゃんと選ぶけどさ。
女の子が虫や爬虫類を貰っても喜ばないのは俺だってさすがに重々承知している。
そんなものを渡しても、そこに愛や恋なんて芽生えやしない。
生まれるのは女の子の甲高い悲鳴と嫌悪の眼差しだ。
そして時にビンタによる頬の痛みと、失恋の痛手を伴う。
まずい、前世の実体験を思い出したら目に熱いものが込み上げてきた……。
「アルちゃん、どうかしたの? 何か怖い事でもあったの?」
「ううん」
後ろ手に両手を組んで立ったまま用件を一向に切り出さない俺を母上は辛抱強く待ってくれていた。
だけど、俺の目に光る物を見つけて慌てて駆け寄ろうとしたのを首を振って制する。
ロマンチックとか劇的な演出はまだ出来ないけれど、優しい母上なら許してくれる筈だ。
ええい、男は度胸だ!
「母上、これ!」
「まあ!」
勢いのままに右腕を前へ突き出し、握っていた手をパッと開くと、灰色の瞳が丸くなった。
「どうしたの? これは魔石かしら……?」
「うん、自分で作ったの! どう、びっくりした?」
「ええ、とても驚いたわ」
文字通り目を見張って明らかに心を乱した様子に得意げに鼻を鳴らす。
そんな俺の手には青薔薇の魔石が……。
「あれ?」
「どうしたの、アルちゃん?」
小躍りでも始めようかという気分だった自分の手元を見て動きを止めた。
浮かれ状態だった頭が急速に冷えていくのが判る。
「……青薔薇じゃ、ない?」
「アルちゃん、これは赤色っていうのよ?」
母上の優しい言葉が胸にずしりと重く響く。
「え、なんで? 俺はさっきちゃんと母上用にって青い方を選んだ筈……なっ!?」
こうなると雰囲気も何もあったものじゃなかった。
くるりと回れ右をし、母上に背中を向けた状態で自分のポケットをゴソゴソとまさぐる。
あまりの動揺に手が震えて引っ張り出したそれを落としそうになりながら、どうにかこうにか状況を確認した。
ポケットから出てきたのは、赤薔薇の魔石。
うん、どうやら間違えたらしい。
「アルちゃ~ん?」
背後から俺の手元を覗き込もうとする母上の気配を察知して、俺は急いで前に向き直った。
「何でもない! 母上、これあげる!」
笑顔を貼りつけて、ポケットに青い方の魔石を押し込み、もう一方を再び差し出した。
手違いで、イルメラにあげる予定だったものを母上に差し出してしまった。
だけど、ここでやっぱり間違いでしたと言うのは嫌だった。
男が一度出したものを引っ込められるか。
「いいの? これを私が貰っても……?」
「うん、いいの」
「そう。ありがとう、アルちゃん。母様、とっても嬉しいわ」
もたついていた俺の様子から察して、本当にもらっていいのかと確かめる母上に頷く。
男に二言は無い。
すると母上はそれ以上何も聞かないで赤薔薇の魔石を受け取ってくれた。
「これ、アクセサリーに出来ないかな?」
「まあ、素敵ね」
提案する俺に母上は大乗り気で胸の前で手を合わせ、頬を綻ばせた。
最後の最後でヘマをしてしまったけれど、母上は喜んでくれたし、驚いてくれてもいたから、母上へのサプライズは成功と言ってもいいかな?
そうして当初の狙い通り後日、母上と共に宝飾品の職人さんと会う事になったのだった。
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